【私の宝石箱】10 : 私が思う、良い物を探して
編集スタッフ 齋藤
誰もが持っていそうな洋服だとしても、ジュエリーを合わせるだけで、ふいにその人らしさがあふれだす。まるでおぼろげだった輪郭が、急に鮮明になるように。
それは例え、一目惚れで選んだものでも、誰かが選んでくれたものでも、等しく。
私はなんだか宝石箱の中には、持ち主の大切な人生が詰まっているような気がしてならないのです。例えおもちゃの指輪であったとしても、何かが揺り動かされて選んだのであれば、その人にとっては何にも替えがたいもののはずだから。
あなたの宝石箱には、何が入っていますか。
そんな質問を、当店スタッフにしてみました。誰かが集めた物たちの愛しさに、ちょっとだけ、触れてみたくて。
▲ブランド名不明
▲quarant’otto(クアラントット)
Episode 10:Kinoshita
15歳からの顔は、自分で作るものだからね。
これはある日、母が私に言った言葉です。おそらく母が私に伝えた中で一番あたたかく、そして一番厳しい言葉でもありました。
なぜ私がこの言葉を思い出したのかというと、今回ジュエリーを紹介してくれた木下は、自分の力で自分の顔を作ってきた人だなと思ったのです。
苦労を重ねてきた人だからこそだせる、物腰の柔らかさと落ち着き。木下の声を聞いていると不思議と豊かな音がするような気がし、私はそれを聞く度に、木下が経験してきたさまざまな出来事が幾層にも重なりあってできた音なのではないかと思うのです。
この人は何を見て、どんなアクセサリーを集めてきたのだろう。静かでどっしりとした存在感につい惹かれ、話を聞いてみました。
物を見る目を教えてもらった、
メーカー時代
▲ブランド名不明
木下:
「最初は飲食系、そして次に入社した会社はワイングラスなど業務用グラスを販売する老舗のガラスメーカー。
輸入品も取り扱っている会社で、海外の展示会のついでに好きなところに行き、好きなものを見てきなさいと言ってくれる社風でした。
おかげでさまざまな経験を積め、当時の社長にアドバイスをもらいながら、ものを見る視点を磨くようになったんです。
社長と一緒に展示会に行くと、ポイントを教えてくれました。例えば同じ白い食器でもそれぞれ違いがあり、どう違うのか、どこが良いのか。
なんに対しても自分の好きか嫌いか明確にしなさい。そして常にその理由を考えなさいと言われましたね」
▲ブランド名不明
木下:
「ブラックの石がついたピアスとリングは、初めて海外に出張するときに買いました。当時は指輪と言えば結婚指輪くらいしか持っていなくて。昔は晴れの日用でしたが、今では日常使いしています。
最近娘が私の指輪を見たくて触ったようなのですが、その時にぽろっと石が取れてしまったようなんです。焦った彼女は咄嗟に接着剤でくっつけてしまったらしく、微妙に石が台座からずれています。
ピシッとはまっているところが格好良いし、こういうところに物の良さって出るのよと、ついつい娘に熱弁してしまいました」
苦しかったけれど、
成長できる環境で
▲ISSEY MIYAKE(和田智デザイン)
木下:
「ガラスメーカーに7年勤め、次に入ったのは家電のメーカー。当時4~5人目くらいの社員だったので、仕事も多岐に渡り、なんでもやりました。
そこでも、ものを見る目を養わせてもらったと思います。例えば曲線の美しさについて。
製造していた家電のRの付け方にすごくこだわりがあり、ちょっとした違いでかわいいと感じられる見た目にもなるし、美しいと感じられる見た目にもなるのだと教えてもらいました。そしてストレスを感じさせない機能性もデザインなのだと。
こだわりが強い分やりがいもありましたが、自分の感性を問われることも多く、歯を食いしばって仕事をしていることもあったように思います。だから仕事を離れるとき、支えてくださっていたデザイナーのご夫婦に『よくやった』と声を掛けて頂いた時はうれしかったですね。
そのときにお二人にいただいたのが、ISSEY MIYAKE(和田智デザイン)の腕時計でした」
息子の無事を祈って
願掛けで買ったアクセサリー
▲ブランド名不明
木下:
「仕事をしながら2人の育児をし、今長男は大学生です。PASS THE BATONで購入したリングとブレスレットは、息子が留学するときの安全祈願として買ったもの。
おそらく、子どもが私の手から離れることに対して不安だったのだと思います。17年間同じ屋根の下で過ごしたのに、もしかしたらもう2度と一緒に住むこともないかもしれないと思ったら、子育てが終わったんだなぁと急にしんみりとしてしまって」
▲ブランド名不明
木下:
「きっと私も何か支えが欲しかったんですね。
華奢でもないゴツすぎもしないデザインがつけやすく、お守りのように寄り添ってくれたジュエリーです」
今日咲いている、花を摘め
▲quarant’otto(クアラントット)
木下:
「一番最近購入したのは、quarant’otto(クアラントット)のピアス。
書かれているのはラテン語。『今日咲いている花を摘め』と書いてあり、いまを生きろという意味です。
『いまを生きる』というアメリカの映画があり、同じ言葉が出てくるんです。見た瞬間にその映画を思い出してシンパシーを感じてしまい、購入を決めました」
木下:
「これを買う前までは、シンプルなものを買うことが多かったです。けれど40歳を超えたら、少し派手にして良いかなと思うように。
洋服もピンクや赤とかを着はじめました。そうして着るもので華やかさを出さないと、気持ちが負けてしまう気がして」
▲vintage Tiffany
木下:
「私は身長が169センチあるので、華奢なアクセサリーだと体格に合わないなぁと思っています。似合う人に憧れてはいるんですけれど。存在感やちょっと主張があるものの方が自分にはしっくりくる気がして。
メンズライクで、重さを感じさせるものが好きです。重さがあるのものは、手に持ったときに良いものだと感じさせる力があると思うんです。
そうやって感じたられたなら、自然と大事にしようという気持ちも芽生えてゆくと思います。
そんなに量は持っていませんが、どれも自分なりの物を見る目で選んできたジュエリーたちです」
この連載で10人の宝石箱の中を覗かせてもらいました。
おしゃれをしたいという気持ちはもちろんだけれど、ジュエリーを手にする理由や想いは人それぞれ。目標に近づきたいためだったり、お守りのようなものだったり。
ジュエリーを通して、まるで色とりどりの人生を眺めているような気分でした。
あなたの宝石箱の中には、何が詰まっていますか?
またの機会に、ぜひ。
(おわり)
Photo : Kazumasa Harada
Styling : Maki Taniyama
木下
休日に蕎麦屋で冷酒を飲み蕎麦を食べるのが至福のとき。「鍋島」と「菊水」が好き。料理の腕をあげたくて料理教室に通い始めたら、器が欲しくてたまらない。最近、ヒースセラミックの白い大皿を格安で手に入れてほくほく。このごろは植物のお世話も楽しくてしかたがない。
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