【50代のこころいき】第2話:幸せを自給自足するには

ライター渡辺尚子

大人が心を掴まれる『海のアトリエ』という素敵な絵本を生み出した、画家の堀川理万子さん。前回は、子どもの頃におちいったスランプからどう抜けていったのかを、お伺いしました。

2話目の今回は、30代から40代にかけてのお話です。

どんな悩みをかかえ、また、どんなことを大切にしてきたのでしょう。

第1話

 

もしも無人島に、一冊もっていくなら

画家の堀川理万子さんは、読書家でもあります。子どもの頃から本が大好き。

堀川さん:
「もし無人島に一冊持っていくなら、ウィリアム・サローヤンの本って決めているんです。『パパ・ユーア クレイジー』(新潮文庫、絶版)。パパと息子がひと夏を二人で過ごす話なんですが、伊丹十三の翻訳がまた素晴らしいんです」

堀川さんがこの本と出会ったのは、20年ほど前。知人からボロボロの一冊をもらったのだそうです。以来すっかり気に入って、絶版になったいまも、古書店で見つけては買い求めて、友人にプレゼントしているのだとか。

堀川さん:

「ロダンの『考える人』を見て、この親子が話をする場面があるんです。『彼はなにを考えてるの?』ってきくと、パパが『自分のことさ。あらゆる考える人が考えることというのはそれなんだ』って言うの。

アートを味わうことを、言葉で伝えている作品だと思います」

 

思い切って「お休み」した30代

20年前というと、堀川さんは30代。美大に進み、大学院のときに早くも挿絵の仕事を始め、一生の仕事に邁進していたとき……と思いきや。

堀川さん:
「仕事の過積載で、疲れてしまったんですね。手足が動かなくなってしまいました。医師にもそれが原因だろうと診断されて。

周りの人からは『どう言う形でもいいから絵を描けば』とも言われたけれど、絵は満々な気持ちじゃないとできない。

もう絵はあきらめて、かっこいい車椅子をデザインしようかなと思っていました」

仕事もすべて休んで、ベッドと車椅子で過ごす1年4ヶ月。でもそれが、堀川さんの栄養になったようです。

堀川さん:
「どん底を知ったおかげで、『これより下には落ちない』とタフになれました。

それにやっぱりわたしは、絵が好きだったんですよね。ベッドの上で、2本の指でやっと鉛筆を持って、お見舞いにもらったバラをスケッチブックに何枚も描いて。ぱらぱらぱらっとめくると『あ、きれい』って満足したり。それが楽しかった。

絵をあきらめるつもりだったのに『もうちょっとやってみたい。まだやりかけなのに惜しい』という気がしたんです」

思い切って休むことって、とても勇気がいることだと思います。

でも、十分に心も体も休めることで、本来の自分を取り戻せるのかもしれない。そのあとの人生を、もっとタフに、もっと健やかに過ごせるようになるのではないか……。

お話を伺って、そんな気持ちになりました。

 

幸せを、自分で見つけて喜んでみる

たっぷりと休んだおかげで、堀川さんの手足は動くようになり、もとのように生活できるようになりました。

そして元気になってからも、絵の世界はかわらず堀川さんを包んでくれたのでした。

堀川さん:
「絵の世界に戻ってきたとき、周りの人が『おかえりー』って声をかけてくれたんです。戻る場所があって嬉しかった……」

変わったのは、自分の気持ちです。

堀川さん:
「休んでいる間に思ったのは、『自分がしっかりしないと、周りを不幸にしちゃう』ということでした。もっと自分を信じて、自分に頼ろうと思ったんです。

そのためにも、大事にしようと思ったのは、『幸せの自給自足』!

バラの絵を描いて『きれい〜』って満足するのも、幸せの自給自足ですよね。あとは、好きな句を読んだりするの」

 

鰯雲人に告ぐべきことならず

第一句集「寒雷」より加藤楸邨 初出:昭和14年 、交蘭社

 

堀川さん:
「空を指差して、大きな声で『いわしぐもー!」って、この句を言うと、ドーパミンがブシュー!って出てくるんです」

幸せの自給自足。なんていい言葉!

考えてみれば、さもない一日のなかにも、自分を機嫌よくさせることって、いろいろあるものです。人に与えてもらうのを待つより、自分で見つけに行ったほうがいい。

それで自分が元気にしていたら、周りの人たちも安心してくれる。幸せの自給自足、大事にしたいなと思いました。

 

自分を信じたら、人にも頼れるように

40代になった堀川さんは、挿絵だけでなく、自作の絵本を頼まれるようになります。

堀川さん:
「はじめて、絵と文を一緒につくるようになって。編集者にダメだしされながらつくっていくんですよね。何度も何度も繰り返していくうちに、あるとき、針みたいに小さな凸凹がピタッとおさまるように、一冊が見えてくるんです。

人と一緒にやっていく楽しさを知りました。

自己完結すると世界が小さくなってしまうけれど、誰かと一緒だと、思いがけない世界につれていってくれるんです」

人に頼れるようになったのは、自分に頼ることを覚えたからでもあるのでしょう。

自分も人も信じながら、絵本をつくる。見たことのない世界に向かって、全力で走っていく。新しい世界にたどり着いたのも、1年4ヶ月のお休みのなかで、「幸せの自給自足」を知ったからなのだろうな、と思いました。

 

【写真】長田朋子

 

もくじ

 

堀川理万子

1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科に在籍していたときに挿絵の仕事を始める。画家として絵画作品の個展を定期的に開きながら、絵本作家、イラストレーターとしても作品を発表している。おもな絵本に『ぼくのシチュー、ままのシチュー』『くだものと木の実いっぱい絵本』ほか。最新作『海のアトリエ』(偕成社)が、第31回Bunkamuraドゥマゴ文学賞(選考委員・江國香織)に選ばれた。


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