【57577の宝箱】細腕のまま手を伸ばしてみればいい 指に触れるは新しい花

小説家 土門蘭


大学を卒業して就職したばかりのころ、ふと立ち寄った大阪の「ミドリ電化」という電気屋さんでこんな音楽が流れていた。

いつもニッコリほほえんで 「やってみます」のミドリです
「できません」と言う前に 「やってみます」のミドリです

ミドリちゃんというキャラクターが、このテーマソングを朗らかに歌っている。当時営業の仕事をしていて、なかなかうまくいかず悩んでいた私は、電気屋さんのフロアで立ち止まりこの歌に聞き入った。
何かをお願いされた時、すぐに「できます」と言えない。そんな自分を気に病んでいたけれど、「そうか、『できます』と言えない時には『やってみます』と言ったらいいのだな」と少し励まされたのだ。

今調べてみたら、「ミドリ電化」という屋号はなくなっているらしい。それなので、もうこのテーマソングも使われていないだろうけれど、今も私の脳内ではよく再生されている。

例えば、やったことがない仕事を頼まれた時や、私の能力ギリギリの部分を求められる仕事をいただいた時。「土門さん、これお願いできますか?」と聞かれて、「できるかどうかわからない」と怖気付くことは多々ある。そこで断るのは簡単だけど、やってみたい、チャレンジしてみたい。そんな気持ちがもたげると、私の中でミドリちゃんが歌い出す。

いつもニッコリほほえんで 「やってみます」のミドリです

私はミドリちゃんに背中を押され、正直に相手に話す。「初めてのことなので、できるかどうか心配なのですが、それでもよければぜひやってみたいです」。すると、ほとんどの方は「もちろん」と快諾してくれる。「できる限りサポートするので、一緒にがんばりましょう」と。そのたび私は、「そうだ、仕事は一人でやるものではないんだよな」と思い出す。

ミドリちゃんの歌には続きがある。

ときには勇気がいるけれど やってみなくちゃ始まらない
やると決めたらどこまでも 「やってみます」のミドリです

勇気を出して「やってみ」た結果、「できない」は「できる」に変わっている。そんなふうにして、私はこれまでいろんな仕事を受け、納めてきた。そんな私を支えてくれた方々、そしてミドリちゃんには、とても感謝している。

§

ただ、最近は「やってみます」をどこまで続けられるのかと悩んでいる。

30代も後半に差し掛かり、私は焦っていた。私にとって、40歳は「大人」というイメージがある。落ち着いていて、余裕があり、それまでの実績を元にした自信がある、そんなイメージ。

それに対して今の私はどうだろう。毎日毎日、相も変わらずドタバタして、余裕なんて一欠片もない。いつも何かと心配事があるし、締め切りに追われているし、自信だって全然ない。「やってみます!」と言い続け、なりふり構わず邁進してきたけれど、いつまでそれが通用するのだろうか……。

もしかしたら、これからは「できる」ことだけをすべきなのかもしれない。「できる」ことだけをじっくりやりながら、自信と余裕を持つべきなのかもしれない。それが大人というものではないだろうか?

そんなふうに思いつつも、私は気がついていた。恥をかきたくない、失望されたくない。体力も精神力も衰えているのを感じ始めていた私の中で、そんな気持ちがどんどん増していることに。

§

そんな折、先日新しい仕事をいただいた。とあるブランドのネーミングをしてほしいという内容の仕事だ。でも、ネーミングの仕事なんてしたことがない。私にできるのかどうか、とても不安だった。

私は迷った。やるべきか、やらざるべきか。やってみたい気持ちはあるけれど、期待に応えられなかったらどうしよう。
それで「できるか不安です」と、声をかけてくれた人に正直に伝えた。「ネーミングなどしたことがないし、満足いただけるかどうかわからない」と。
そうしたら彼はあっさりと、
「あなたは短歌が詠めるから、きっと大丈夫ですよ」
と言った。
「日常を限られた文字数で切り取る能力があるのだから、ネーミングもできると思います」

それを聞いて、目から鱗が落ちるようだった。そうか、だから私に声をかけてくれたのか。彼だって、何の根拠もなく私に依頼したわけじゃない。これまでやってきた「できた」ことを見て、「きっとこれもできるはず」と思ってくれたのだ。

その時私は、自分が「この腕をもっと長くしなくては」と思い込んでいたことに気がついた。腕を今よりもずっと長くして、もっと先にあるものをもっとたくさん掴み取らなくちゃと思い込んでいたことに。
でも、彼はそのままの腕の長さでいいという。その腕を、違うところへ伸ばしてみてほしいのだと。その時何が掴めるかを見てみたい。そんなふうに言われているように感じて、急に体の力が脱けた。

ふと、「できるかもしれない」と思った。この人が「できるのではないでしょうか」と言うのなら、そうなのかも。この腕の長さのままでどんなものを掴めるのか、私だって見てみたい。

「やってみます」
と、私は言った。自然とにっこり微笑みながら。ミドリちゃんが、私の中で歌い出す。

20代の頃とはもちろん違う。成長も止まっているし、体力も精神力も落ちている。だけど私には、精一杯伸ばし続けてきた腕があるじゃないか。
これからはその腕の長さのままで、新しい方角へ手を伸ばしてみたらいい。そのたび何か、新しいものを掴めるだろう。

それが私の、新しい「できる」こと。
そう思うとこれからは、もっと軽やかに「やってみます」と言えそうな気がする。

 

“ 細腕のまま手を伸ばしてみればいい指に触れるは新しい花 ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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