【カフェのマスターという生き方】第3話:いい時間を過ごしてほしいという思いで、29年間ずっと続けてきた

ライター 長谷川未緒

せわしない毎日を過ごす中で、気持ちのいいカフェでひと息つくのは自分へのごほうび。

この特集では、そんな時間を過ごすのにふさわしい「café vivement dimanche(カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ)」のマスター・堀内隆志(ほりうち・たかし)さんに、お話を伺っています。

第1話では、カフェを始めた20代、第2話では、転機になったふたつの出来事についてお聞きしました。

最終話では、1杯のコーヒーにかける思いが強くなったいまと、今後の展望について、語っていただきます。

第1話から読む

 

29年でいちばん大きかった出来事は…

いつか、と思っていた焙煎に取り組まざるを得なくなり、試行錯誤しながらようやく店で提供できるまでになったとき、東日本大震災が起きました。

震災後は、ブラジル雑貨を扱っていた2号店、ブラジル音楽を扱っていた3号店を畳み、カフェ1本に絞ることに。

堀内さん:
「29年続けてきた中で、震災はいちばん大きな変化でしたね。

この地域でも計画停電があり電気が使えなかったので、家から持ってきた手挽きのミルで豆を挽いて、ガスはついたのでお湯を沸かして。

ロウソクの灯をつけただけの薄暗い中でコーヒーを飲んでくれる人が、気持ちが安らいだって言ってくれて。1杯のコーヒーって、尊いんだなってすごく思いました」

堀内さん:
「それまではイベントとかで留守にすることも多く、スタッフに任せていた日もあったんですけれど、震災後はいろいろ考えて、お客さんが来たときにマスターである自分がコーヒーを淹れたほうがやっぱり嬉しいよなと。

40歳くらいのときだったかな。中年の鬱というか、人生折り返し地点に来ちゃったけれど、このままで大丈夫かな、このまま終わっちゃうのかな、とかいろいろ考えたときがあって。

でも、このときに自分の進む道はマスターであるということを再認識できたんです。

本当に1日1日を確実に、全力を尽くしてやっていくんだと改めて思って、そう過ごすようになりました」

 

体力は落ちても、気力は充実

ここ10数年は、閉店後に焙煎をして、寝るのは朝4時。8時から9時の間に起きて、店に立ち、コーヒーを淹れる生活が続いています。

定休日は週2日ありますが、取材対応したりと多忙な日々です。

堀内さん:
「50代になって、体力はどんどん落ちてきていますけれど、気力という部分では、充足というか、満足した日々を送っています。徐々に売り上げも伸びてきて、お客さまにも信頼してもらえるようになったんだなという実感がありますし。

これから体力をどう維持していくかが課題で、ジム通いも始めたんですよ。

去年、五十肩になっちゃって1年くらいで治ったんですけれど、年明けからシーズン2が始まり、今度は逆の肩が痛くて(笑)。もう少し痛みがおさまったら、筋トレを再開したいと思っています」

 

おいしい1杯のために水にもこだわって

マスターとしての道を再認識し、1杯のコーヒーの尊さを改めて感じたからこそ、いっそうコーヒーの味わいにもこだわりが出てきているのでしょう。

最近では、水探しにもハマっているのだとか。

堀内さん:
「お水にこだわるようになったのは、ちょうど去年の今ごろです。

年に1回、ビルの貯水槽の掃除があるんです。必ずゴールデンウィーク明けにやっていて、掃除をしたあとは、浄水器を使っても、コーヒーの味が少し変わるんです。

去年はその変化が例年以上に大きく感じて、モヤモヤして。

それがきっかけで、お水に興味を持ちました。湧水スポットとかに行き、汲んで持ち帰ったお水で家でコーヒーを淹れると、おいしいんですよね。箱根神社とか大山阿夫利神社あたりでも水が汲めるし、お水がおもしろくなってきて。

お客さんもお水をお土産にくれたりして、楽しんでいます。

お店では今、神奈川県秦野のボトルウォーターを使っています。飲み心地がいいというか、全然違いますね」

最終的には、豆選びから焙煎、お水選び、抽出、サービス、というサークルを完結させたいのだとか。

今年の春は、豆を買い付けにグァテマラに行ってきました。

堀内さん:
「3年ぶりに産地に行きました。行かなくても豆を仕入れることはできますが、その場合、商社が買い付けてきた豆から選ぶことになるので、うちみたいな小さいお店だと、個性を出していくのはなかなか難しい。

産地に行くと、たくさんある中から選べるので、ほかの店とかぶらないですし、自分好みのものを選べるので、やっぱり行ったほうがよくて。

今回は、来年でちょうど30周年なので30周年ブレンドにも使えるような豆を買い付けてきました」

 

いい時間を過ごしてもらうために

自分を表現する場としてのお店という考えはオープン当初から変わらないものの、20代で始めたときと比べれば、角が取れてきたように感じているそう。

堀内さん:
「90年代はとんがっていましたけれど、年齢を重ねて考え方もシンプルになってきました。

サービス精神というか、お客さんに喜んでもらいたいという気持ちは昔から強かったので、こだわっているコーヒーを出したらおしまいではなくて、どう喜んでもらえるかというのを常に考えていますね。

扉を開けてから出るまで、お客さんにとって『いい時間であるように』と思って、それはスタッフにも徹底しています」

堀内さん:
「たとえば、お客さんのオーダーを取って、ただ『わかりました』ではなく、せっかくディモンシュに来てくれているんだから、プリンパフェだったらこういうコーヒーに合わせるのが人気ですよ、とかね。押しつけにならない程度に、お好みをうかがっておすすめするようにね、とか話しています。

だじゃれはこう言うんだよ、って教えたら、スタッフもだじゃれを言うようになって、お客さまにも楽しんでもらえて、ウィンウィンですよ(笑)」

 

やめたいと思ったことはなかったのでしょうか?

堀内さん:
「やめたいと思ったことは、なかったですねぇ。

人生の半分以上をこの仕事に捧げてきて、やっぱり合っているんでしょうね、この仕事が。

何か月も自分へのお給料が出なくて、貯金を取り崩したようなときでも、辞めたいなと思ったことはない。この仕事が好きだからっていうのは、すごく強いと思います」

堀内さん:
「お客さんとの出会いが、力になるというのはありますね。

長く続けていると、始めたころにお母さんと来ていた女子高生が、子どもを連れて来てくれるようになったりもしていますし。

そういう時間の経過をこのお店を通じて見られているのは、すごく幸せです」

6年ぐらい前から、週に1回、ラジオの生放送に出演も。リスナーが来店し、新たな広がりができ、そういうつながりも楽しいといいます。

 

やりたいことは先延ばしにせずに

お客さまとの出会いを大切に、時間を積み重ねてきた堀内さん。今後については、どう考えているのでしょう。

堀内さん:
「今年56歳になり、この規模を維持するのは、体力的にも限界が近づいていると思うので、もうちょっと違う形になるのかなとは、嫁さんと話しています。

まだはっきりしたことは考えていませんけれど、週2、3日ぐらいの営業で、あとは焙煎をじっくりやって、メニューも絞ってとか。

いろいろ先延ばしせず、豆選びにしても水選びにしても、やろうと思うことは、やっていきたいですね」

店内はいつも混み合っているのに、不思議と居心地が良く、再訪したいと思うのは、堀内さんやスタッフのみなさんが、お客さまにいい時間を過ごしてほしいという一心で、その都度何をすべきか追求してきた積み重ねがあるからでしょう。

自分の興味関心にまっすぐで、夢中になったらとことんはまり、サービス精神旺盛な堀内さん。来年迎える30周年とその先にどんな空間を作っていかれるのか、楽しみにして、またお店に伺いたいと思っています。

(つづく)

 

【写真】小禄慎一郎


もくじ

 

堀内 隆志

カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュのマスター兼ロースター。カフェ業の傍ら、FMヨコハマ 毎週日曜 7:25〜「by the Sea COFFEE & MUSIC」、湘南ビーチFM 毎週日曜 15:00〜「Na Praia」、FMおだわら 最終週の火曜20:00〜「Radio Freedom」「Navio」でトークと選曲をしている。今年、お店は29周年を迎える。

Instagram @cvdimanche

 


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