【あの人の生きかた】第2話:石橋だと気づかずに渡っちゃう。40代後半から、キッチンを飛び出して

ライター 嶌陽子

人生も後半に差しかかり、この先どんなふうに生きていきたいかと考えるようになったこの頃。前向きに自分らしく進んでいくためのヒントをもらいに、料理研究家の枝元(えだもと)なほみさんを訪ねています。

第1話では、偶然に導かれるまま料理の世界に進んだ経緯について教えてもらいました。今回は、40代後半から始めた料理以外の取り組みについて伺います。
1話目はこちらから

 

「早い、うまい、安い」はもう十分にやった

この仕事をしてもう30年以上経つ枝元さん。その間、たくさんのレシピ本を出し、テレビや雑誌にも度々登場したりと、ずっと忙しく活躍してきました。そんな中、少しずつ意識が変わってきたといいます。

枝元さん:
「自分は本当にいい時代に料理の仕事をさせてもらったなと思ってる。ただ、すごく長くやってきて、もう一通りのことはやったなって。“早い” も ”うまい” も “安い” も “見た目がいい” も、何巡もやっちゃったなと思ったんです。

今、私が料理に関してすべきなのは、もっと根源的なこと、 “飢えさせないこと” なんじゃないか。未来を生きる子どもたちにきちんと食べ物を残していくとか、そのために農業や社会の問題を考えることなんじゃないか。そう思うようになったの」

 

計画を立てても、その通りにはいかないから

そうして40代後半から、枝元さんはキッチンを飛び出し、次々と新しいことに取り組んでいきます。

一つは社会問題に取り組む「ビッグイシュー」※1での活動です。20年ほど前から雑誌『ビッグイシュー日本版』の連載記事を担当、現在はNPO法人「ビッグイシュー基金」の共同代表も務めています。

そして12年前に一般社団法人「チームむかご」※2を結成し、日本の農業を応援する活動も行っているのです。

※1…雑誌の発行・路上販売を通じてホームレスの人の仕事を作り、自立を応援する社会的企業。
※2…生産者と消費者との橋渡しをすることで、畑にある「おいしい」「楽しい」「もったいない」作物を食卓へつなぎ、売り上げを農家に還元する活動を行なっている。

50歳を前にして新しい分野に飛び込んでいった際、迷いや不安はなかったのでしょうか。

枝元さん:
「私ね、石橋を叩いて渡るどころか、石橋だって気づかずにだーってすごいスピードで渡っちゃうタイプなんです。それで渡りきったあとに、あれ、ここどこだっけ?ってなる(笑)。

あ、できるかもしれないって思いついたらすぐにやってみちゃうの。チームむかごを始めた時も『よく思い切って始めたね』なんて言われたなあ」

枝元さん:
「『パラサイト 半地下の家族』(2019年/ポン・ジュノ監督)っていう韓国映画があるでしょう? 私、あの中ですごく好きなシーンがあるの。

主人公一家が相当こじれた状況になってる中で、息子がお父さんに脱出プランを聞くと、『お前、今までプランを立ててその通りになったことがあるか』って言うの。『ないだろ? だから俺はいつもノープランなんだ』って。

本当にその通り。やる前からあれこれ計画立てたり考えたりしても、その通りになんて絶対にいかないもの」

枝元さん:
「とにかくやってみて、うまくいかなかったら撤退すればいい。でも私、なかなか撤退しないんだけど(笑)。

料理と同じで、目の前のものに対して、どうしたらうまくいくかを考えてやってみる。ダメだったら、次はこうやってみようって。それをずっとしてると、下りてる暇がないんです」

胸に響いた、「下りてる暇がない」という言葉。大それた理想を掲げる前に、とにかく目の前のことに一生懸命に向き合う。その繰り返しによって、枝元さんは一歩ずつ前に進んできたのでしょう。

 

好きなことだけ、とことん頑張ればいい

そんな枝元さんが力を入れていることがもう一つあります。2020年の秋から始めた「夜のパン屋さん」です。

「夜のパン屋さん」とは、ビッグイシューが手がけるプロジェクトで、パン屋さんから売れ残りそうなパンを買い取り、それを夜の時間帯に街中で販売しています。

パンのピックアップや販売を行うスタッフの中には、さまざまな事情で職を失った人々も。「夜のパン屋さん」は、ともすれば廃棄されてしまうパンを売ることでフードロスを減らすと同時に、雇用を生み出す取り組みでもあります。

▲東京の神楽坂で週3回、田町で週 2回開かれる夜のパン屋さん。合計23のパン屋さんが参加。さまざまな店のパンの中から選べるのが魅力(写真:浅野カズヤ)

枝元さん:
「かなりの率で赤字なんです。でも、売れるためにはどうすればいいかは、いつも考えてるかな。

たとえばこの前、期間限定のイベントに出店したんだけど、暑い時季だからバインミーや冷え冷えプリンパンはどうかなって考えて。1日目にバインミーが売れたから2日目はもっと作ろう!とか、普段の夜のパン屋さんでもバインミーを売ろう!とか。

その時、どうやったらおいしくて体にも優しいものになるかとか、こだわりたいところはすごく考えるし、トライしてみる。でも全部についてあまりに思い悩みすぎると大変でしょう。

自分の好きなことだけとことん頑張る、それでいいんじゃないかな。そうすると、ほかのことはきっと誰かが助けてくれるはずだから」

 

「混ざり合ってる」場をもっと増やしたい

▲毎月第二土曜日に東京都練馬区のけやきの森の季楽堂で開催される夜パンB&Bカフェ。築150年の古民家 には縁側や庭もああり、誰もが自由に楽しめる(写真:浅野カズヤ)

「夜のパン屋さん」は1年ほど前から毎週第二土曜日に、都内の古民家で一日限定のカフェ「夜パンB&Bカフェ」も始めました。パンの販売をはじめ、枝元さん監修のカフェ、花屋さん、野菜マルシェやマッサージ屋さんなどが出店し、時にはトークイベントなども開催。大人も子どもも、何時間でも過ごせます。

枝元さん:
「夜のパン屋さんでは、お金を介してパンを売り買いするでしょう。それとは別に、何も食べたり買ったりしなくても、人と話ができたり、ゆっくり過ごせたりするような空間を作りたかったんです。

自分以外の誰かのためにランチ代などを先払いしていく “お福分け券” っていう仕組みもあるの。お子さんを連れた若い女性が『私はお金がないからこれを使います』って堂々とお福分け券を使っていったこともあるし、小学生がお年玉を持ってきてくれたことも。

そうやって、お金のあるなしとか、支援する側・される側とか関係なく、みんながフラットに混ざり合っているのがすごくいいなあと思って。そんな場所がもっと増えたらいいなと思ってます」

 

真正面から打ち返さず、違うやり方を見せていく

自分らしいアイデアで、人と人をつなげる活動を次々と実行している枝元さん。その原動力はどこから来るのでしょうか。

枝元さん:
「今の世の中に対して残念だなと思ってしまうことはたくさんあります。でも、それを一つひとつストレートに打ち返してばかりだと、自分もすごく傷ついちゃうんだよね。

だから、真正面から反対する代わりに、違うやり方を実践して、見せていく。夜のパン屋さんもチームむかごも、すごく小さな規模ではあるけれど、利益ばかり追求しがちな風潮に対して、オルタナティブなことを通して  “これが本流だよ!” って示しているつもりなの」

枝元さん:
「普段の生活でも同じなんじゃないかな。相手のやり方がおかしいと思う時、真正面からおかしいって責めてもなかなか通らない。相手にも理由や事情があるものね。

だからすごく知恵を絞って、マイルドな形で伝えたり、違う方法を提案したりする。そうやって工夫しながら、めげないってことが大事なんだと思う」

ほんわかとした優しい雰囲気の奥に、太くて折れない芯がある。枝元さんと話しているうちに、こんなふうに格好よく、しなやかに世の中と向き合っていきたいという気持ちになりました。

第3話では、数年前に体調を崩し、生活も変化したという枝元さんの「今」について伺います。

 

【写真】井手勇貴

もくじ

 

枝元なほみ

劇団の俳優、無国籍料理レストランのシェフを経て、料理研究家としてテレビや雑誌で活躍。農業支援活動団体である「チームむかご」の代表やNPO法人「ビッグイシュー基金」の共同代表も務め、雑誌「ビッグイシュー日本版」では連載も持つ。著書に『捨てない未来―キッチンから、ゆるく、おいしく、フードロスを打ち返す』(朝日新聞出版)など。最新刊『枝元なほみのめし炊き日記』(農山漁村文化協会)が9月30日に発売予定。


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