【短歌に出会って】第3話:書き留めることは、世界と能動的に向き合うこと

ライター 嶌陽子

歌人の東直子さんに短歌の魅力や言葉にすることの効用を教えていただく特集。第1話では東さんが短歌に出会うまでのこと、第2話では短歌を作るようになって起こった暮らしや心の変化について伺いました。

最終話の今回は、短歌の楽しみ方についてじっくり聞いてみました。

第一話から読む

 

読む時は「よく分からないけれど好き」でもいいんです

言葉にすることで、ずっと後になってもその時の感情のエッセンスを繰り返し味わえる。ネガティブな感情に無理して蓋をせずとも、歌にすることで心を整理して前に進んでいける。短歌の魅力について、東さんは自身の体験からそう教えてくださいました。

そんなお話を聞けば聞くほど、もっといろいろな作品を読みたくなってきます。初心者はどんなものから手をつければいいのでしょう?

東さん:
「まずはアンソロジーを読んでみるのもおすすめです。さまざまな歌人の代表作が載っているので、その中で面白いなと思う人がいたら、その人の歌集を読んでみるといいかもしれません」

▲左・『はつなつみずうみ分光器』(瀬戸夏子著、左右社)。2000年以降に発表された歌集を紹介。右・『短歌タイムカプセル』(東 直子/佐藤 弓生/千葉 聡 著・ 編集、書肆侃侃房)。現代歌人115人の作品を集めたアンソロジー

もうひとつ、東さんに聞いてみたいことがありました。なんだかいいなと思っても、全体の意味はよく分からないという短歌もあります。分からないまま、短歌を味わうというのもありなんでしょうか?

東さん:
「うまく説明できないけれど、なんだかいいなあと感じることってありますよね。その感じ方で全然いいんです。

作品の中にある余白の部分から、読者がそれぞれ想像して世界を広げていけばいいし、言葉で説明できない感覚を味わうのも面白いんじゃないかな」

 

不安な気持ちと生きている実感が混ざり合って

その言葉を聞いてほっとひと安心。気になっていた東さんの作品についても聞いてみることにしました。

 「ママの手ってわかっていたよしめってて」脱皮したての蜘蛛に朝露

『春原さんのリコーダー』

人間や蜘蛛が生きているリアルな気配に惹かれるものの、上の句と下の句の関係を含め、どんな意味なんだろうと考え込んでしまいます。

東さん:
「娘が幼稚園の時に、舞台の幕の下から出ている手で自分の子どもを当てるという遊びに参加したことがあって、ぶじに娘の手を当てることができた。その時のことを詠んだ歌です。

手だけ見て触って判断したときの不安な気持ちと、でも確かに生きている実感のようなものが混ざった気持ちがあって、それが帰り道に見た自然の姿と結びついたんです。脱皮したての蜘蛛は弱々しいけれど、朝露がかかっている蜘蛛の巣はみずみずしい生命感があるなって」

東さん:
「俳句は五・七・七と短いので一つの場面を切り取るように描きますが、短歌はその後に七・七がある分、片方で情景を描いたらもう片方で心情を述べるとか、一つのエピソードに別のエピソードを組み合わせて広げるとか、組み合わせの響き合いを楽しめる詩形だと思います。

でもこの作品全体をどんなふうにとらえるかは、読む人それぞれの自由でいい。読み手が新たな魅力を引き出してくれるのも、すごく楽しいんです」

 

まずは鼻歌を歌うような感覚で

さまざまな作品を読んでいくうちに、自分でも短歌を作ってみたいという気持ちも芽生えてきそうです。でもいざ作るとなると、とても難しそう……。

東さん:
「あまり身構えず、リラックスして作ってほしいですね。まずは五・七・五・七・七のリズムに乗って鼻歌を歌うような感覚でいいと思います。一首完成させると達成感も生まれて、病みつきになるかもしれませんよ。

真面目な人ほど、すごく丁寧に状況を説明しようとするのですが、短歌というのはあくまでも自分の感情や感覚を表現するものなので、説明し過ぎないほうがいいんです。

でも、あまりに分かりづらいと伝えたいことが伝わらない。そういう詩としての塩梅が、作っていくうちに少しずつ分かってくるかもしれません」

 ▲魅力あふれる短歌をたくさん紹介しながら、短歌の歴史や作り方を分かりやすく解説した入門書『短歌の詰め合わせ』(アリス館)と、雑誌『公募ガイド』で連載されていた選歌欄の書籍化『短歌の時間』(春陽堂書店)。どちらにも創作のヒントがいっぱい。

東さん:
「そのうち短歌教室に通ったり、雑誌や新聞などの選歌欄に投稿してもいい。ひとりでコツコツと作るのもいいですが、人の感想や意見を聞いてみるのも楽しいと思いますよ。

私もカルチャースクールの短歌講座でもう10年以上教えていますが、生徒さん同士でお互いの作品の意見や感想を言い合ったりして、とても楽しそうです」

 

言葉を探る、モヤモヤした時間を持つことも大事

東さん: 
「かっこつけずにダメな自分も隠さずそのまま書いてみるとその人らしさが出るし、より共感してもらえる気がします。

自分の気持ちと向き合いながら言葉を探っていく楽しさも味わえるし、言葉を探る中で気づかなかった自分が見えてくるようなところもあると思います。

ぴったりの言葉がなかなか見つからなくてモヤモヤすることもありますが、短歌って、さあ作るぞと思ってすっと出てくるものではない。モヤモヤする時間を持つことも大事なんじゃないかな。そのうえで、ふとした瞬間に言葉が出てきたりすることがあるんです」

 

日常の消えそうなことをすくいとって

 東さん:
「あまり大上段に構えて立派なことを言おうとせず、ごく身近なことで大丈夫。日常の消えそうなことをすくいとって形にするのが短歌なのかなと思います。

そういう意味でも、日頃から気になったことを書き留めるのはおすすめです。私も街中の人の会話だったり、芝居のチラシに書かれていることなど、ちょっと心が動いたことがあると書き留めています。そうしないと、どんどん忘れてしまうので。

それが短歌にならなくてもいいんです。書き留めようと思っていると、身の回りの物事を能動的に汲み取るようになる。人が言ったちょっとした言葉も、より面白いって思えたり。

意識して物事や世界に向き合うことで生活の中の楽しさ、豊かさが深まっていく気がします」

取材後、東さんおすすめのアンソロジーをはじめ、いろいろな短歌集を読むのが楽しくなりました。生活のごく身近なことが作者ならではの視点や表現で詠われていて、短歌って本当に自由なんだとあらためて感じています。

同時に、これまでなら通り過ぎてしまうだけだった物事を「こんなこと短歌になるかな」と想像したり、ときにはメモしてみるように。いつも歩いている道でも、何か心に留まることはないかなと思って、つい辺りをキョロキョロ見回してしまいます。

気持ちを表すぴったりの言葉はなかなか見つからないし、もちろんまだ短歌を作れるまでには全く至っていないのですが、自分の感情とじっくり向き合えるようになっただけでも嬉しい収穫でした。

何かと忙しない毎日のなか、世界をほんの少していねいに見つめ、言葉を探ってみよう。そうしてその瞬間の自分の気持ちを立ち止まって味わってみよう。そう考えると、もうすぐ訪れる新しい1年も面白くなりそうで、ワクワクした気持ちになっています。

 

(おわり)

【写真】井手勇貴


もくじ

 

東 直子(ひがし なおこ)

1963年広島生まれ。歌人・作家・イラストレーター。 1996年「草かんむりの訪問者にて」で、第7回歌壇賞受賞。 歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』など。2016年、小説『いとの森の家』で第31回坪田譲治文学賞受賞。 他の小説作品に『ひとっこひとり』『とりつくしま』『さようなら窓』、絵本に『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子)、エッセイ集に『レモン石鹸泡立てる』『千年ごはん』などがある。ミュージカル脚本やイラストなども手がけるほか、講演会やメディア出演など、幅広く活躍中。インスタグラム:@higashinaokoh

 


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