【手の届く範囲で暮らす】第3話:どこに住んでも、自分らしい暮らしは組み立てられる

ライター 藤沢あかり

「手の届く範囲」という言葉には、手との物理的な距離だけでなく、じゅうぶんに目を配り、自分の力で無理なくできるようなニュアンスを感じます。

今回訪ねているのは、5坪(約16㎡)の一軒家に暮らす、建築家の東端桐子さん。限られた空間をめいっぱい活用し、自由に、変化を繰り返していくその様子は、まさに手の届く範囲の暮らしという言葉がぴったりです。

小さな家を建てた理由とその工夫をお聞きした1話目、ものの手放し方と選び方についてご紹介した2話目に続き、最終話では、自宅のダイニングが仕事場だという東端さんのワークスタイルを見せていただきました。

 

仕事も暮らしも同じ場所、気持ちの切り替え方は?

2階の窓辺は、東端さんが1日のうちでいちばん長い時間を過ごす場所です。リノリウム天板のダイニングテーブルは、家具デザイナーの夫がデザインしたもの。

大きな窓から差し込むやわらかい光と、その日の空の色、静かな住宅街。それらを切り取る窓枠は、家を建てるときに真っ先にこだわったパーツでもありました。

東端さん:
「自分で建てるなら、古い建築にあるようなスチールサッシを取り入れてみたかったんです。スチールは、アルミや樹脂サッシに比べてメンテナンスの手間はかかりますが、そのぶん時間の流れによる変化も味わいになります。

ここに座り、1日中ずっと仕事をしていますが、やっぱりこの窓があると気分が違います。ふと視線を上げると窓があって、景色が見える。隣の庭の木が色づいてきたとか、小さい子どもが歩いているなあ、ご近所のおじいちゃんどこかへお出かけかなあとか。なんでもないことですが、ちょっと気分が切り替わるんです」

▲ペーパーコードの椅子には、革作家・華順さんのレザークッションを合わせて、より快適に長い時間を過ごせるように。

さらに室内に視線をやると、お気に入りのアート作品や、国内外で出会った大小のユニークな雑貨、のびやかに育った観葉植物。1日のリズムを知らせる鳩時計は学生時代の友人らが新築祝いに贈ってくれたものです。ダイニングテーブルから見える光景には、東端さんの好きなものがたくさんありました。

▲壁はすべてベニヤ板のペイント仕上げ。額縁やフック、棚板などを好きな場所に取り付けられます。ダイニングの照明はデンマークのFog&Morup社のもの。

 

いろいろ試して見つけた、自分の手が届く範囲の働き方

ひとつ不思議なことがありました。せっかくの新築一戸建て、自分で設計を手掛ける東端さんが、どうして仕事部屋を作らなかったのか、ということです。そこには、2話目でもお聞きした「全部を決めてしまわない」いう東端さんらしい答えがありました。

東端さん:
「15年の間には、このフロアの一角にデスクを置き、仕事をしていたこともありました。夫が外に仕事場を借りていた時期もあります。このダイニングテーブルを仕事場にすると決めて家を建てたのではなく、たまたまここが定位置になったという感じです。

いまはひとりでやっていますが、もし資料や書類が増えすぎたり、スタッフを雇うことがあれば、家の外に倉庫や仕事場を借りてもいいと最初から考えていました。すべての本を自分で所有しなくても図書館をうまく使えばいいように、仕事や暮らしも家の枠をはみだしてきたら外部を活用し、この中だけでの完結を目指さないことが前提だったんです」

東端さん:
「ただ15年やってみて、わたしはこのテーブルの上でできるサイズの仕事が合っているみたい。仕事の幅を広げて誰かと一緒に働くよりも、自分の手が届く範囲のことをやっていくのが好きなんですね」

自分の手が届く範囲のこと。たくさん引き受けて、たくさん人を雇うことだけが働き方のゴールではないし、必ずしも広い家だけが豊かというわけでもありません。狭い家に暮らしてみたら、読みきれない量の本を抱え込まなくても必要なときに外から借りるかたちが見つかったように、手が届く範囲を見つめ直すことで、新しい何かが見えてくることもあるようです。

 

家は、生活や仕事を受け止める「箱」のようなもの

東端さん:
「最初からすべての持ち物に合わせて完璧に作り込んだ収納システムがあれば、入居した直後から快適で住みやすい家だと感じるかもしれません。それもひとつのかたちです。

ただ、家をつくるときや住まいを整えるときに、先手、先手で考えても、必ずそうなるかはわからないんですよね。お客さまを見ていても、だいたい10年単位くらいで家や家族の在り方は変わります。ワークスタイルが変わって仕事部屋が必要になったり、子どもの成長に合わせて個室をつくったり。そのとき、そのときで家族に合うかたちを探っていけたらいいですよね」

東端さん:
「家は、生活や仕事を受け止める背景だと思っています。それ自体が主役にならなくていい。外観も、一軒家なら庭に木を一本植えてもらって、それが育っていくことで素敵に見える。そのくらいでちょうどいいんです。設計したお客さまの家を訪ねたときも、この照明を選ばれたんだ、こんなテイストもお好きだったんだなあと、自分の想像を超えて家を楽しまれていると、とてもうれしくなります。

最近観た『VORTEX』という映画に出てくる老夫婦のインテリアがとても印象的だったんです。リビング、トイレやお風呂などのいたるところに本があって。『この部屋には私たちの人生すべてがある』というようなセリフも心に残っています。ものがあるからこそ家は家らしくあれるし、ものがあるっていいことだなあとしみじみ感じました」

東端さん:
「わたしも小さな家に住みたいと思っていたわけではないし、アーティスティックな広い空間も素敵だとも思います。でも、家が変わっても暮らしは変わりません。

この箱の中で、自分たちの暮らしをどう作るか。箱の中をどんなふうに生かしていくのかが大切だと感じています」

箱の中で、どう暮らすか。何ができるか。なんだか、先ほどの「ダイニングテーブルサイズの仕事」という話にもつながるような言葉です。

▲「こんな空間も素敵ですよね」と見せてくれたのは、ドイツの写真家・ベッヒャーのアトリエを写した1ページ。

 

自分の家を、きっと、もっと好きになれる

東端さんがこの家に住みはじめ、15年が経ちました。つい最近、スチールサッシと外壁の塗り直しを終えたばかりです。

背丈よりも低かったダイニングの観葉植物は、いまでは天井を覆いそうなほど大きく枝葉を伸ばしています。見事だなあと見上げていたら、天井や壁の色が部分によって違っているのに気がつきました。

東端さん:
「白がずいぶん黄ばんできたので、塗り直している途中なんです。ペイントするには養生が必要だから結構大変で、途中でストップしちゃったままで……お恥ずかしいです」

東端さんはそう笑っていましたが、住まいを自分たちでつくるってこういうことなのかな、と思います。住んでいる限り、途中段階も完成もなく、家と人とがゆっくり一緒に変化していくということ。

▲キッチン脇のカレンダーは、新しい年の一冊を上へ上へと重ねているうちに、8年分の厚みに。この家の生活そのものを表すようなたたずまいです。

自分の家が、もっとこうだったら、ああだったらという願望や妄想は尽きることがありません。ダイニングテーブルで仕事をしているわたしは、自分だけの仕事机がないことを、いつも残念に感じていましたから。でも、家族とご飯を食べるこのテーブルの上、手の届く範囲だからこそできることがある気がしてきます。

住まいという箱の中で、いったいどんなことができるだろう。いちばん大切にしたいことは、なんだろう。

背伸びをせずに、手の届く範囲で。なんてことをぐるぐる考えていたら、それに応えるようにダイニングの鳩時計が鳴きました。

 

【写真】吉田周平

 

もくじ

 

東端桐子

建築家。「straight design lab」代表。主に住宅を中心とした建築の設計・監理、戸建てやマンションのリノベーション、店舗やオフィスのデザインなども手がける。2015年にから家具デザイン製作の大原 温 / campと共同で、プロダクトのブランド「 SAT. PRODUCTS」(www.satproducts.net)も運営している。Instagramは@straightdesignlab。www.straightdesign.net


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