【レシート、拝見】一歩踏み出せば、そこは色とりどりの世界
ライター 藤沢あかり
秋山香奈子さんの
レシート、拝見
変わり続ける世の中に立ち会っている、今のわたしたち。東京・蔵前にある服と雑貨の店「SUNNY CLOUDY RAINY」のオーナー・秋山香奈子さんも、そのひとりだ。
「昨年はお店を2ヶ月閉めた時期もあり、当時はこの先どうなるんだろうと不安でいっぱいでした。でも、常連のお客さまたちから『どうしているかと思って』と連絡をいただいたり、オンラインでお買い物をしてくださる方も増えたりして。変化もありますが、いろいろな人に支えられながら過ごしています」
それよりも変わったのは、と秋山さんが教えてくれたのは、自分自身の内側だという。
とあるカフェの、テイクアウトのレシート。近くに立ち寄ると必ず買う野菜たっぷりのランチボックスが、最近のお気に入りだ。
「味つけが、海外の旅先で食べたような味なんです。ハーブとか香辛料とか……、普段食べなれた味というよりも、何度も通った北欧が目に浮かぶような気がします」
北欧に魅せられ、毎年のようにスウェーデンやフィンランド、デンマークなどを訪れるようになり10年以上が経つ。一昨年には初めてアイスランドにも足を伸ばした。こんなに美しい世界が広がっていたのかと感激し、再び訪れるのを楽しみにしているらしい。北の地は、故郷の秋田とどこか重なっても見える。
「秋田と北欧が似ているなんて笑われそうですけれど。でも、なんだか親近感と愛着を覚えるんです」
北欧の魅力は数え切れないくらいある。ストックホルムの街中で触れた、大きな雪の結晶。暗く厳しい冬の道を照らす、家々のあたたかな明かりと、窓辺のデコレーション。
「でも一番印象的なのは、色ですね。
空の色、木々の緑の色。どれも、日本にはないような色なんです。普段、接することのない色に出会えるから、また行きたくなるのかもしれません。四季を通じていろいろな景色を見てきましたが、どれも素敵で、あの色は日本で味わえないなと思います」
美しいと感じた色が、画用紙に広がる喜び
もう一枚のレシートは、銀座にある老舗文房具店。水彩用の画用紙を買ったときのものだ。
「ずっと習いたいと思っていた水彩画を、最近やっと始めました。
以前見に行った旅の風景画の展示がとても素敵で。その方のお教室に、いつか、いつかと長い間思っていたんです」
店が忙しく時間がない、定休日もやることがあるから。つい、そんな言い訳を並べては足踏みをしてしまうのは、誰しもよくあることだろう。
「でも夏頃だったかな、外出の機会も減ってしまったし、よし、思い切ってやってみようとサイトを見たら、オンライン講座になっていたんです。でも、せっかくやるなら直接教わりたいなと思ってしまって……」
時間がないからできないと思っていたのに、いざ時間ができたら今度は別の理由が気持ちを阻む。けれど「いつでも」は、「いつまでもそばにある」と同義ではない。
オンラインでもいいから、今やろう。秋山さんは、えいっと飛び込んでみた。
「そうしたら、すごく楽しかったんです!
花でも果物でも、わぁきれいだな、って思った色が自分で作れると、すごくうれしいし充実感があります。色に癒されるというか、やっぱり色が好きなんですね。
絵に苦手意識があるとか、まわりの人はもっと上手に描いているかもとか、そういうことが気にならないくらい、ただただ楽しいと思えるいい時間です。ただの自己満足なんですけどね」
自分の手から生まれた色が、自分をしあわせな世界へ連れていってくれる。変化の多い今の世の中で、なんと心強いことだろう。
「ほんとうは早く旅先の風景画を描きたいです。北欧の空を描いてみたいなぁ」
次の週末は、バイオリンの体験に行くらしい。
大好きなアニメーション作品に出てくる、少年が弾く『カントリーロード』。ひさしぶりに観ていたら、なんだかやってみたくなったと秋山さんが恥ずかしそうに笑う。
「好きなことはなんでも、まずはやってみようと思うようになりました。お店のスタンスは変わりませんが、自分のための時間をつくるのが上手になったのは、この一年で大きく変わったことです。直接仕事には関わりがなくても、そうしていろいろやっていたら、そのうちいい影響がでるんじゃないかなと思っています」
上手とか下手とか、仕事に役立つとか役に立たないとか、なにを頭でっかちに考えていたんだろう。やってみたい、行ってみたい、触れてみたい。そんな好奇心に素直にしたがう気持ちを、わたしはすっかり忘れていた。色とりどりの世界は、きっとすぐそばにある。
取材の帰り道、何度も前を通っていたのに「また今度」と思っていた洋菓子屋でカヌレを買ってみた。それは今まで食べたどんなカヌレより、とびきりおいしかった。
秋山香奈子
「古いものとあたらしいもの。お洋服から日用品、食にまつわるものも少し。毎日変わる天気のように変化のあるお店。」をコンセプトに、東京・蔵前にてセレクトショップ『SUNNY CLOUDY RAINY(サニー・クラウディー・レイニー)を営む。http://sunnycloudyrainy.com/
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ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。
写真家 吉森慎之介
1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。
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