【半歩先の世界】第1話:自分で埋められる「余白」がある。そんなやさしい世界に惹かれました(落語家・春風亭一花さん)

【半歩先の世界】第1話:自分で埋められる「余白」がある。そんなやさしい世界に惹かれました(落語家・春風亭一花さん)

ライター 嶌陽子

知らない世界についての話。それは、料理のレシピや収納のノウハウのように、明日からの生活にすぐに役立つわけではないかもしれません。

けれど、普段の暮らしの半歩先に目を向ければ、そこにはワクワクするような発見や、自分自身を見つめ直すきっかけが待っているはずです。

ひとつの職業や世界についての話を聞く特集「半歩先の世界」。今回登場するのは、落語家の 春風亭一花 ( しゅんぷうていいちはな ) さんです。

落語家になって12年、今年の秋には落語家の最高位、 真打 ( しんうち ) になることが決まっています。

なぜ落語に魅入られたのか。続けるうちに気づいたことや、大切にしていることは? 伝統芸能の世界に身を置く一花さんのお話には、私たちの日常と重ねて考えさせられる部分もたくさんありました。全3話でお届けします。


子どもの頃から「人が笑っている空間」が好き

一花さんは現在39歳。東京都内にあるいくつかの 寄席 ( よせ ) に出演するほか、全国各地で開かれる落語会の数々にも出演しています。人を笑わせるのは、幼い頃から好きだったそうです。

一花さん:
「子どもの頃、親戚の男の子とお正月の集まりなどで漫才をやってたんですよ。おばちゃんの真似とか、おじちゃんの口癖とかを織り交ぜたもので、演芸好きの父親が台本を作ってくれました。

それを聞いたみんなが喜んでくれるのがうれしくて。 "人が笑っている空間" が好きだったんですね」

中高時代は、「人前に出るのが急に恥ずかしくなって」人形劇部に所属し、大学時代は、演劇サークルで活動。芝居は大好きだったけれど、演出家から怒られることもあったそうで……。

一花さん:
「つい、台本にないことをして笑いを取りに行ってしまうんですよ。お客さんを笑わせようとしたり。でもお芝居って基本的には台本と演出家のものだし、役者はそれを体現するもの。私の性分とはちょっと違うのかもと感じていました」


初めての寄席。隣のおじさんと同じタイミングで笑って

そんな大学時代に、一花さんは落語に出会います。落語好きの先輩に連れられて、池袋演芸場に足を踏み入れたのが最初でした。初めての寄席、その独特の雰囲気にびっくりして戸惑ったといいます。

一花さん:
「演劇の場合、目当ての舞台を観るとなったらチケットを握りしめて、気合を入れて行くんですが、寄席は、なんというか、お客さんのやる気がない(笑)。

私の隣に座っていたおじさんも、カップ酒を飲んでいて、聴いているのかいないのか分からなかったんです。

でもしばらくして、そのおじさんと同じタイミングで笑う瞬間があったんですよ。その時、不思議とものすごい幸福感を味わったんです。自分とは全く違うような人と、笑いでつながれた気がしたんですかね」

寄席は1回の公演につき3〜4時間。何人もの落語家が代わる代わる登場し、さまざまな落語のネタを演じます。ほかにも漫談やマジック、紙切りなど、落語以外の、いわゆる「色物」もあってバラエティ豊か。

好きな時に入って好きな時に出てよし、客席で飲んだり食べたりもできるという自由な世界です。

一花さん:
「最後になるにつれ、なんとなくバラバラだった客席が不思議とまとまってきたんです。後半に出てくるベテランの師匠方の力なのか……。

それでいて終わった時に、舞台も客席も、ものすごくあっさりしているのも不思議でした。芝居みたいにわーって拍手するわけでもなく。

あの時、どの落語家が、どんなネタをやっていたか、実は記憶がほとんどありません。でも、その空間がとても心地よかったことはよく覚えています」


それぞれが、余白を自分で埋めていける

当時は演劇に打ち込んでいた一花さん。そんな中で落語という演芸にとりわけ強く惹かれた、その理由は一体何だったのでしょう。

一花さん:
「落語ってオチはあるけれど、話を無理やりまとめすぎないというか、結論を提示しきらないんです。演者にも、観客にも、余白があって、その余白をそれぞれが自分で埋めていくところがいいなあと。

寄席という空間も、寝ている人もいればお弁当を食べている人もいて、やっぱり逃げ場というか、なんとも言えない不思議な "余白" がある。落語も寄席も、やさしいんですよ。

落語の登場人物たちはそそっかしかったり、間が抜けていたりするんだけれど、 "そういうことってあるよね" と思ったり、人間の感情が見えてくるものだなと思いました。一人で演じられるのもいい。好きなものが全部詰まっていると感じて、落語家になりたいと思ったんです」

落語家に弟子入りしたいと親に相談したところ、意外にも演芸好きの父親が大反対。勘当騒ぎにまでなり、一度は落語家への道を諦めます。

大学卒業後、別の仕事をする中、数年ぶりに池袋演芸場を訪れました。

一花さん:
「びっくりしました。前に来た時と怖いくらいに何も変わってなかったんですよ。演者も、空間も、においすらも。変わらないものが存在していることに、なんだかすごく感動したんです。

やっぱりこの世界が好きだと思ったし、落語家になりたいという気持ちを諦めきれなくなりました。私の決意が揺るがないのを知ってか、今度は父親も許してくれました」


とっさに出た「また明日来ます!」という言葉

落語家になるには、まず真打の落語家に弟子入りしなければなりません。一花さんが弟子入りを望んだのは、大ベテランの 春風亭一朝 ( しゅんぷうていいっちょう ) さんでした。

一花さん:
「寄席で師匠の落語を聴いた時、江戸弁がとても気持ちよくて。私は台東区の生まれで、祖母がチャキチャキの江戸っ子でした。それもあって、師匠の高座に惹かれました。

何より ( はなし ) が楽しかったんです。古典落語で、当時の言葉をそのまま使っているので意味が分からない部分もある。それでも師匠の落語は面白かったんですよね」

弟子入りする際も、いわゆる決まった日時に面接試験などがあるわけではないのが落語の世界。多くの人がそうするように、一花さんも一朝さんが寄席での出番を終えて出てくるところを待ち構えて、直談判しようと考えました。

そこで「まずは偵察のつもりで」、寄席の入り口で一朝さんを待っていた一花さん。ところが出てきた師匠を見た時、つい体が動いて目の前まで出て行ってしまいます。

一花さん:
「その日は声をかけるつもりはなかったので、いい加減な格好で、髪もボサボサで。

目の前に立った私を見て、師匠が口を開きかけて、『ちょっと……』って顔をしたんです。まずい、これは断られる!と焦って、師匠が何かを言う前に出た言葉が『明日来ます!』(笑)。

そう言ってその日は帰りました」

一花さん:
「翌日、きちんとスーツを着て履歴書を持ってあらためて弟子入りをお願いし、許してもらえました。

その時は仕事も辞めて退路を絶っていた状況だったので、本当にうれしかったです。

今考えると、一度目に師匠の前に出て行った日は雨も降っていたし、何だか間(ま)が悪かった。やっぱり間が大事なんですよね」

インタビュー中、一花さんが何度も口にした "間" とは、一体どんなもの? さらにはそれをどのように学んでいったのか、第2話で聞かせてもらいます。


【写真】馬場わかな


もくじ

第1話(3月30日)
自分で埋められる「余白」がある。そんなやさしい世界に惹かれました(落語家・春風亭一花さん)

第2話(3月31日)
修行時代に学んだ「間」の大切さとは?(落語家・春風亭一花さん)

第3話(4月1日)
芸を磨くのも、味わうのも、時間がかかるものです(落語家・春風亭一花さん)

春風亭 一花

1987年生まれ。東京都台東区出身。立教大学経済学部経済学科卒業。2014年に前座となり、2018年に二つ目(前座と真打ちの間の身分)に。東京都内の寄席や全国各地の落語会などに出演中。2020年第19回さがみはら若手落語家選手権優勝、2025年に「NHK新人落語大賞」で優勝。2026年9月から真打に昇進する。

公式サイト:https://s-ichihana.com/
X:@ichihana_s

感想を送る