【半歩先の世界】第3話:芸を磨くのも、味わうのも、時間がかかるものです(落語家・春風亭一花さん)

【半歩先の世界】第3話:芸を磨くのも、味わうのも、時間がかかるものです(落語家・春風亭一花さん)

ライター 嶌陽子

知らなかった世界や職業について知る特集「半歩先の世界」。落語家の 春風亭一花 ( しゅんぷうていいちはな ) さんにお話を伺っています。

第1話では落語との出会い、第2話では修行時代に学んだ「間(ま)」の大切さについて伺いました。最終話の今回は、落語を演じる側にとっても聴く側にとっても大切な「時間」について教えてもらいます。

第1話から読む

台本はなし。すべて口伝えで受け継がれてきました

日々、 寄席 ( よせ ) などでさまざまな落語を披露している一花さん。いくつもの噺を一体どうやって覚えるのでしょう。

一花さん:
「私たちの世界では、落語は師匠や先輩から 口伝 ( くでん ) で教わります。

つまり、台本に書いてあるものを読んで覚えるのではなく、師匠や先輩がその噺をしゃべるのを聴いて覚えるんです。古典落語はそうやって江戸時代から今まで受け継がれ、磨かれてきました。

自分が弟子入りした師匠以外の人に教わることもできます。前座の修行中にたくさんの師匠の落語を聴く機会があるので、『この噺はこの人に教わりたい』って日々考えておくんです。

どの師匠に教わるかは人それぞれで、自分の師匠以外にも、一門や所属団体の垣根を超えて教わることができます」

▲一花さんが師匠の噺を書き起こしたノート。音の高低やアクセントなど、注意点も書き込んでいる

一花さん:
「昔は録音する機械もなかったので、師匠が目の前で話してくださるのを聴いて覚える方法だったそうです。 落語の世界では "三遍稽古" といいます。私の場合は、きっと3回では覚えきれないと思いますが......。

今はレコーダーがあるので、録音させていただき、帰ってからそれを自分でノートに書き起こしつつ、繰り返し聴いて覚えます。

完全に頭に入ったら、教えてくださった師匠のところへ行って聴いてもらいます。合格なら、お客さまの前で演じていい。私たちは『アゲの稽古』と呼んでいます。合格できないと、いつまで経っても人前では演じられません。けっこう時間がかかる場合もありますね」


師匠に言われた「 "私の噺" を持ちなさい」

たとえ噺を覚えたとしても、それで終わりではないはず。東京だけでも数百人もいる落語家たちの中で、どうやって自分だけの色、自分らしさを出していくのか。それもまた、芸を磨くための、長い道のりのように思えるのですが……。

一花さん:
「十数年前に(春風亭) 一朝 ( いっちょう ) に弟子入りした時、『 “私の噺” を持ちなさい』と言われました。どういう意味を込めて言ったのかはいまだに分からないし、あえて聞かないようにしてますが、ずっと自分の中にある言葉です。

私は一時期、師匠から噺を教わったら、本当に教わった通り、一言一句、同じようにしゃべっていました。 "てにをは" から息継ぎ、音程まで、全部そのまま同じように。

でも、それだとずっとは続かないんです。自分の体が持っている間と違ったり、違和感を抱く言葉があったりすると、それは自分の言葉になっていかないんですよね。だから最近は、口にして違和感のある言葉は自然と言い換えています」

一花さん:
「一時期、女性の自分がやるのは難しいかなと思うような噺、たとえば 廓噺 ( くるわばなし ) みたいなものを無意識に避けていたこともありました。

でも、ある時兄弟子の(春風亭)一之輔兄さんに『自分に合う、合わないとか決めつけないで、好きな噺をやれば?』って言われて。それからは落語がもっと楽しくなったんです。以前の自分だったらできなかったような噺も気にせずやるようになりました。

"自分らしさ" について語るのは、まだ先のことだと思いつつ、こういう一つひとつの経験が “私の噺” につながるかもしれないと思っています」


時間がかかる。だからこそ幸せもひとしお

聞けば聞くほど、落語は本当に時間をかけてものにしていくものなのだと分かります。一人ひとりが長いキャリアを通じて、自分なりの "正解" を探っていくものなのかもしれません。

さらに、時間がかかるのは演じる側だけでなく、聴き手にとっても同じこと。それもまた、落語の特徴でもあり、魅力なのだと一花さんは語ります。

一花さん:
「今流行ってるものって、ショート動画みたいに短いものが多いですよね。一瞬で笑わせるというか。そういうものは私も面白いと感じるし、独特のパワーがあると思います。

一方、落語はひとつの噺が通常でも10〜15分、ときには1時間ほどかかるなど、比較的長い。その中に "仕込み" があって、オチがあります。つまり、後半で笑ってもらうための伏線が前半にあるんです。

最近は、この仕込みの時間が耐えられない、オチまで待てないという方が多い気がします。でも、仕込みをじっくり聴いてもらうと、オチの部分で笑う時の幸福感は格別。それをたくさんの方に楽しんでほしいですね」

一花さん:
「落語は、時間をかけながら、演者と聴き手との間のコミュニケーションによって作られていくものです。

私自身、落語がすっと耳に入ってくるようになるまでは時間がかかりました。でも深く考えず、構えずに聴いた落語は単純に面白かったし、一度聴けるようになると、その押し付けがましくない感じ、ゆるくてやさしい世界が、また心地よかったんですよ。

しかも落語には、年齢を重ね、失敗も含めていろいろな経験をしてきた人のほうがぐっとくるテーマが多い気がします。そういう意味でも時間をかけて味わうものなのかもしれないですね」


失敗は「仕込み」。恐れず「オチ」まで持っていけばいい

一花さん:
「落語って、登場人物がうまくやろうとして失敗する噺が多いんです。

私は今『失敗』を大切に思っていて。以前は傷ついたり嫌なことがあったりした時に、落ち込んで深刻になってしまいがちでした。でも、それでいい方向に行くことってあまりないと思ったんです。

失敗は、落語でいうところの "仕込み" =伏線だと考えればいいんじゃないかなって、最近は思っています。

私も修行時代に『動くな!』と叱られた事件*がありましたが、最近、あの時叱ってくださった師匠に高座を褒めていただく機会がありました。一生懸命やってゆけば「オチ」があるんですよね。あの時から約10年、見ていただいていたんだと思える幸せは格別です。

時間はかかるもしれないけれど、自分で伏線を回収していけばいい。オチは誰かが作ってくれるわけじゃないから、自分で作るんだよって、後輩たちにもよく言ってるんです」

*……第2話参照

聞いているうちに、寄席に行きたい気持ちがムクムクと湧いてきました。あくせくしていたり、何かに行き詰まったりしている時に、一花さんのいう「ゆるくてやさしい世界」に身を委ねたら、肩の力が抜けていくかもしれません。

秋から始まるという一花さんの真打披露興業も今から楽しみです。

何でも早いスピードで進んだり、結果を急いだりしがちな今、時間がかかるからこその楽しみや喜びを味わえたら。じっくり腰を据えて物事を受け止めることで、自分の世界がもっと豊かに広がっていく気がしています。


【写真】馬場わかな


もくじ

春風亭 一花

1987年生まれ。東京都台東区出身。立教大学経済学部経済学科卒業。2014年に前座となり、2018年に二つ目(前座と真打ちの間の身分)に。東京都内の寄席や全国各地の落語会などに出演中。2020年第19回さがみはら若手落語家選手権優勝、2025年に「NHK新人落語大賞」で優勝。2026年9月から真打に昇進する。

公式サイト:https://s-ichihana.com/
X:@ichihana_s

感想を送る