【半歩先の世界】第2話:修行時代に学んだ「間」の大切さとは?(落語家・春風亭一花さん)

【半歩先の世界】第2話:修行時代に学んだ「間」の大切さとは?(落語家・春風亭一花さん)

ライター 嶌陽子

知らなかった世界や職業についての話をじっくり聞く特集「半歩先の世界」。今回お話を聞いているのは、落語家の 春風亭一花 ( しゅんぷうていいちはな ) さんです。

第1話では落語家を目指すようになったいきさつを伺いました。続く第2話では、修行時代に 寄席 ( よせ ) で働く中で気づいたこと、学んだことについて教えてもらいます。

第1話から読む

修行時代、落語の稽古と同じように大事だったのは?

▲出囃子の太鼓の楽譜と、師匠の春風亭一朝さんから借りた笛。「うちの師匠は笛の名手なんです」

2013年、 春風亭一朝 ( しゅんぷうていいっちょう ) さんの弟子となった一花さんは、翌年に「前座」になりました。

これは、いわゆる修行の期間。落語を覚えて稽古をするのはもちろん、実はそれと同じように大切なのが、寄席の楽屋仕事です。

出囃子※1 の太鼓の演奏、舞台上での高座返し※2 やめくり※3 をめくる仕事、そして時間の管理など。前座の人たちは365日休みなしで、寄席の楽屋運営を支えているのです。

一花さん:
「楽屋で師匠※4 や先輩方にお茶を入れたり、着替えを手伝ったりするのも大切な仕事です。

お茶ひとつとっても、お一人お一人好みが違うので、熱いのがいい人、冷たいのが好きな人、両方飲む人、それぞれの好みを覚えてお出しします。

出すタイミングは基本的に3回。私たちは『来て、着て、出て』と言っているのですが、まずは師匠が寄席に "来て" 一服、着物を "着て" 一服、それから舞台に "出て" 戻ってきた時に一服。

これも『俺は3回ともお茶が飲みたい』『俺はこの1回だけ飲めばいい』など、人によって希望が違う。そうしたことも全部、前座時代の3〜5年かけて覚えていくんです」

※1…演者が舞台に上がる時に演奏される音楽。※2…次の演者の為に座布団を返すこと。※3…演者の名前を書いた紙。※4…自分が弟子入りした師匠でなくても真打をこう呼ぶ

一花さん:
「業務マニュアルがある職場って多いと思いますが、実は寄席にもマニュアルがあります。

東京で活動する演芸家全員が載っている『東京かわら版 東都寄席演芸家名鑑』に、当時は一人ひとりの細かい情報を書いていました。お茶の好みや出すタイミング以外にも、着物の畳み方、どんな性格か……。そういったことを書き込んでいきます。

兄弟子や先輩からその秘伝書を受け継ぐ人も。私も兄弟子から譲ってもらい、そこにまた自分で書き込んでいったりしていました」


「マニュアル通りにうまくできてる!」と思っていたら……

一花さん:
「楽屋の仕事はもちろん体力勝負で辛いですが、私は寄席が好きだったので『こういう仕組みになってるんだ』と知るのが楽しくて。

それに、師匠方のマニュアルを覚えて、それをきちんとできるのが気持ちよかったんです。要するに、楽屋では “よく気が回る人” “気が利く前座” だったと思います。

ところがある日、楽屋でとある大御所の師匠にめちゃくちゃ怒られました。『動くな!』ってたった一言、怒鳴られたんです。

楽屋にいた人はみんな出て行っちゃって、私も固まってしまって……。頭は真っ白。自分ではきちんとやっていると思っていた分、ショックでした。でも、そのことをきっかけに、いろんなことを考えるようになったんです」

一花さん:
「おそらく私はマニュアルを覚えて、あれこれ動けるのが気持ちよくて、全部分かった気になり、その場を仕切ろうとしていた。

あの日叱ってくださった師匠は、それは傲慢だと気づかせてくださいました。お前にはお前のリズムがあるかもしれないけれど、俺には毎日違う俺のリズムがある。相手をよく見ないとだめだぞって。

だから一番の気づきは『マニュアルが正解とは限らない』ということ。言葉にすると簡単なことですが、本当に大切だし、実はとても難しいこと。時間が経つにつれて、少しずつ実感できるようになりました」


"間" を捉えるには、自分の頭と心を使わないと

一花さん:
「落語家は、入門したらまず自分の師匠の落語の型をいただきます。それは土台としてなくてはならないもの。でも、 "守破離" という言葉があるように、型をしっかり守った上でそれを破って、最後は離れていくことが大事です。

マニュアルも、寄席を運営するうえでの基本です。師匠たちだって、もちろん、本当は自分でお茶をいれたり着替えたりできるんですよ(笑)。でも私たち前座が、寄席の運営の型を覚えられるよう、ある意味私たちに付き合ってくださっているんですよね。

だからこそ、いったんマニュアルを覚えたら、相手をよく見て、そこから先は自分の頭と心をきちんと使わないといけない。そうでなければ、一人ひとりにきちんと接することは難しいなと思うようになっていったんです」

大事なのは、頭と心を使って、一人ひとりをよく見ること。そしてその人の「間(ま)」を学び、その間に入る勇気を持つこと。一花さんはそう話します。

一花さん:
「間とは、一人ひとりのリズムや呼吸みたいなものだと思います。うちの師匠(春風亭一朝)も、すごく間を大事にする人。いつもやさしい師匠ですが、間には厳しいんです。

たとえば師匠に質問したいことがあるとして、それをいつ聞くのがいいか。一緒にいる中で、気持ちよく返せるタイミングがあるはずで、相手をよく見て、感じて、考えて、それを見つけられるかどうかが大事。

寄席で師匠方のお世話をさせていただく時も同じです。マニュアル通りにお茶を出せばすむわけじゃない。そう思うようになってから、その日その日の相手を見て、自分がどう動けばいいかを考えながら行動するようになりました」


結局、すべてが落語につながっていた

一花さん:
「そうやって修行時代に散々学んだ "間" って、実は落語そのもの。全部落語につながっているんですよ。

噺に出てくる登場人物同士が会話する際の間も、その日の自分やその日のお客様によって変わることがあります。

たとえば同じ噺をしても、ウケる時とウケない時があります。自分の間がいいかどうかだけではなく、その日のお客さまとの間、波長が合っているかどうかがあると思うんです。相手あってのこと。

うまくお互いの間が取れる時は、お客さんに乗せてもらえて、いい意味で、思いもよらない自分が出ることもあります」

一花さん:
「これはけっこう勇気がいることだし、怖いことでもあるんですけどね。自分のペースを崩されてしまうかもしれないし、うまく噛み合わないかもしれない。

けれど、何でも分かった気にならず、目の前にいる相手を受け止めて、お互いに毎回新鮮な擦り合わせを楽しめるようになったら、もっともっと面白くなると思うんです。

落語って、型通りに演じるだけでは足りなくて、お客さまと同じ空間の中でコミュニケー ションを取りながら一緒に作っていくものなのかもしれません」

間とは、こちらのリズムだけでなく、相手と擦り合わせるもの。自分の毎日を振り返っても、当てはめて考えたくなるシーンがいろいろ浮かんできます。

最終話では、落語にとって必要な「時間をかけること」について伺います。

 

【写真】馬場わかな


もくじ

春風亭 一花

1987年生まれ。東京都台東区出身。立教大学経済学部経済学科卒業。2014年に前座となり、2018年に二つ目(前座と真打ちの間の身分)に。東京都内の寄席や全国各地の落語会などに出演中。2020年第19回さがみはら若手落語家選手権優勝、2025年に「NHK新人落語大賞」で優勝。2026年9月から真打に昇進する。

公式サイト:https://s-ichihana.com/
X:@ichihana_s

感想を送る