【57577の宝箱】何歳になっても損なわれないまま 心に残る少女の領域

文筆家 土門蘭


この間、スーパーで一人買い物をしていたら、ふとお菓子売り場の一角に目が留まった。

子供の頃大好きだったアニメ『美少女戦士セーラームーン』のマスコット付きお菓子が並んでいる。30周年を記念して今いろんなグッズが展開されているみたいなので、その一つかもしれない。思わず「わっ」とマスクの内側で小さく叫んだ。

私は子供の頃から可愛いものが好きで、セーラームーンのグッズもよく集めていた。だけど大人になるにつれ、「自分はもう大人なんだから、こういうのは買わないでおこう」と距離を取るようになっていた。

でも、本当は今でも可愛いものが大好きだし、グッズが欲しい。それを自覚して以来、たまにファンシーショップで買い物をしているのだけど、それでも無意識にブレーキがかかる。例えばこういう、スーパーのお菓子売り場で突然出会った時なんか。

私はお菓子売り場に近づいて、商品を手にした。キャラクターを模したマスコットは、全部で8種類あるらしい。もちろんどれが当たるのかわからないのだけど、箱に印刷された写真を見る限りどれもとっても可愛いくて、つい笑顔になってしまう。

「買おうかな」と思う。値段を見ると390円。「390円かぁ」と悩んだ。

うちには二人の息子がいるが、彼らもこういうマスコットやおもちゃの付いたお菓子が大好きだ。仮面ライダーとか、ポケモンとか。でも、私は彼らにはいつも「200円まで!」と言っている。セーラームーンの商品は、その約倍だ。「買えない」と思う。

もちろん、財布には買えるだけのお金がある。もう自分は大人で、ある程度自由に買い物ができるはずなのに、なぜかこういう時には子供側の気持ちになる。それに加えて、「もう大人なんだから」という声も心の中から聞こえてきて、八方塞がりだ。

私は逡巡した挙句、その商品を元の場所に戻した。だって200円超えちゃうし、だってもう大人だし。その390円で野菜か肉でも買って、栄養のあるものを家族に作った方が、いいお母さんでいられるような気がして、私はお菓子売り場を離れた。

他のものを買うべく、スーパーを1周する。ふりかけとか、オリーブオイルとか、トイレ掃除用の洗剤とか、買い物メモに書いていたものを次々とカゴに入れていき、さて野菜売り場へ行こうかなという時にまた、お菓子売り場に戻ってきた。

「そういえばスーパーのポイントカードに、200ポイント溜まっていたような」
ふと、そんなことを思いつく。それを使えば、200円以内に収まるじゃないか。

そう気づいた瞬間、私はお菓子売り場にしゃがみこんだ。自分の中で、GOが出たのだ。

どの箱を選ぶか、真剣に考える。見ても触ってもわかりっこないのだけど、なんとなく後ろの方を取ることにした。でも実際はどのキャラも好きなので、どのキャラが出ても嬉しい。

私は、選びとった箱を買い物カゴに入れて立ち上がる。そして、息子たちへの謝罪も込めて、彼らが好きなグミやキャンディなどもカゴに入れた。そっちの方は値段も見ないで。

内心は早く箱を開けたくてそわそわしていたが、さも子供のために買っているお母さんのような顔をして、エスカレーターを降りていく。まるで自分の中に少女が住んでいるようだ。欲しいものを買ってもらって喜んでいる、小さな女の子が。

§

家に帰ってすぐ手洗いうがいをして、エコバッグから一番にセーラームーンの箱を取り出した。「うわー、なんかすごいドキドキする!」と独り言を言いながら、箱の蓋を慎重に開ける。

中に入っていたのは、セーラージュピターというキャラクターだった。「ジュピターだ!」と声が出る。木星を守護神にしている、力持ちでお料理上手な女の子。とても可愛くて、「めちゃくちゃ可愛い!」とまた独り言を言った。

リビングに響く声は紛れもなく自分の声なのだけど、それを発しているのは自分じゃないように感じる。私の中の少女は「すごく可愛い、すごく嬉しい」とウキウキと喋り続ける。こんなにも喜ぶだなんて、内心ちょっとびっくりしていた。大人ぶって我慢しなくてよかった、素直になってよかったな、と思う。

セーラージュピターは、仕事机のすみに置くことにした。
ふとした時に眺めると、自分の中の少女が喜び、心がじんわりと癒されていく。仕事をしているといろいろ大変なこともあるけれど、まぁいっかという気持ちになってくる。可愛いものを見ていると、子供の頃の気持ちが蘇り、なんとなく無敵な気持ちになってくるから不思議だ。

§

帰ってきた息子たちが、リビングに置きっぱなしだった空き箱を見つけて「お母さん、これ買ったん?」「どこにあったん?」と聞いてきた。近所のスーパーの名前を挙げると、「よかったなあ!」と心から喜んでくれる。彼らは私がセーラームーンを好きなことを知っているのだ。

「でも、これ高かったんだ」
「え、いくらやったん?」
「390円……」
「いいよいいよ、お母さんのお金なんやから!」

私はその言葉を聞いて笑ってしまった。なんて優しい子達なんだろう。

「で、何が入ってたん?」
そう聞かれたので、仕事部屋から持ってくる。すると二人は「可愛い!」と一斉に声を上げた。
「ねっ、めちゃくちゃ可愛いよね? すごいよくできてる!」
そんなふうに子供たちと笑う私は、やっぱり少女の顔をしていただろう。

お母さんだったり、少女だったり、仕事をしている大人だったり。
私の中にはいろんな自分がいて、日々、その間を行ったり来たりしている。それぞれの自分の喜びが増えるほど、心の拠り所が増える気がして、なんだかとても心強い。

 

“ 何歳になっても損なわれないまま心に残る少女の領域 ”

 

1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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