【私だって、春を】前編:「なんでもない」を楽しめるのが生活の実力。山本ふみこさんが春に続けていること
編集スタッフ 岡本
暖かい日差しが降り注ぎ、草木が芽吹く春。季節に後押しされるように、お花見やピクニックなど自然と気持ちが外へ向く季節です。
さて私も、と思うものの、春はきまって気持ちがざわざわ、地に足がついていないような不思議な感覚に。クラス替えにどきどきした学生時代や一人暮らしを始めたあの頃など、これまでに感じた居心地のわるさが染み付いて、いつからか春が苦手になってしまったのでしょうか。
とはいえ、この先何度もやってくるおなじみの季節。長年培ってきた価値観はきっとそう簡単に変わらないだろうけれど、私なりの春の楽しみ方を見つけられたらと思っています。
そこで当店にもたびたびエッセイを寄せてくださっている、随筆家の山本ふみこさんにお話を伺ってきました。
読み返すたび心にぽっと明かりが灯る山本さんのエッセイは、「眉しごと」や「一杯やらない?」など、私自身いくつもお気に入りがあります。時おり訪れる記憶に留めておきたい暮らしのワンシーンを、面白くリズミカルな言葉で綴る山本さん。そんな山本さんは春ならではのモヤモヤをどんなふうに捉えているのか、揺らぎやすいこの季節の楽しみをどう見つけているのか、前後編でご紹介します。
一年には、72の季節があるんです。
山本さんが暮らすのは、のどかな畑に囲まれた埼玉県・熊谷市北西部。都内から夫の実家である今の家に移り住んでもうすぐ2年が経ちます。
山本さん:
「目の前の田んぼでは、昨年夫と二人で米をつくり収穫しました。今は麦が育っています。あそこに30本くらい並んでるのは、私担当のブルーベリーたち。
作物と向き合い土の上に立っていると、一層、季節を意識して過ごすようになりますね」
山本さん:
「思えば幼少期の頃から、旬の食材や季節の行事を軸に生活していました。お正月には書初めを、節分には豆まきを、そしてそれに合う料理を母が用意して。年中行事を大事にする両親の姿を見ていたので、私自身が家族を持ってからも季節を意識せずにはいられませんでしたね」
なかでもこだわったのが、旬の食材を楽しむことだそう。短い旬を堪能するために取り入れたのが、旧暦の七十二候でした。
山本さん:
「七十二候って知っていますか? 春夏秋冬、それぞれの季節を6つずつ分けたのが、二十四節気。『春分』とか『夏至』も、そのうちです。
二十四節気をさらに三等分したのが、七十二候。ようするに、1年を72の季節に分けているの。ひとつの季節はそれぞれ5日間でね、そこに名前がついています。それが面白い」
山本さん:
「例えば、春の訪れを表す2月4日の立春。七十二候では、2月4日からの5日間は『東風解凍(はるかぜこおりをとく)』という名がついています。春風が厚い氷を溶かし始める頃ですよという意味で、この文字を見ると『まだまだ寒いけど、春風が吹き始めるんだな。氷が溶けてきているのね』って想像できるでしょう。
他にも、3月のはじめ頃は、『蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)』といって、冬のあいだ眠っていた虫たちが動き出す頃。『冬眠の動物や草花も目覚める頃かしら』と思うと、春の中にも色々な季節があって、日々刻々と変化しているんだって感じるんです」
七十二候。一度は聞いたことがあるぞ、という程度でしたが、こんなにも面白いものだとはこの日初めて知りました。この季節を「春」という言葉だけで過ごすのと、移ろいを細やかに捉えた七十二候を頭の片隅に置いて過ごすのでは、随分と心持ちが変わりそうです。
山本さん:
「春は居心地がわるい感じがするの、分かりますよ。だから時々自然のなかに身を置いて、『春ってモゾモゾしちゃうよね』って、同じように土の中でエネルギーを溜めている草木にことさら気持ちを向けますね。風にあたったり土に触ったりすると、心も体も整っていく気がします。
陽気に過ごすのもいいし、そうでいられない人は無理しなくていい。
特別なことは何もいらない。いつもの場所でなんでもないようなことを楽しめると、生活の実力がついてきたぞって嬉しくなるのじゃないでしょうか」
朗らかな笑顔で目の前の出来事を柔軟に受け止める山本さんとお話をしていたら、私のなかにも春風が吹いたように気持ちが軽くなってきました。春の見方が少し変わったところで、七十二候をベースに山本さんが続けていることについてご紹介します。
春の渋味も味わう、
菜の花のおひたし作り
山本さん:
「旬なものを食べるって、季節を楽しむ一番身近な方法だと思うんです。なかでも春はね、菜の花のおひたしが好き。美味しいのはもちろんだけれど、作る過程が興味深いの。
他の青菜のおひたしは茹でたら水に取るけれど、菜の花はザルに広げて冷まします。それは、花も大事にしながら春の渋味も一緒に食べるってことかなあと思ったんです。
忙しかったりボーッとしていると、旬はあっという間に私の横を通り過ぎて行っちゃう。その時しか食べられない美味しいものは……、と気をつけていると、食卓にその季節のものが並んで、楽しいですよ」
旬をぎゅっと詰めた、
お手製サンドイッチを作る
山本さん:
「春めいてくると、なぜだかサンドイッチが作りたくなりますね。食べたくなる、というより、作りたくなるの。
菜の花もそうだけれど、春キャベツに新玉ねぎに、春野菜はふんわり軽やかなものが多くて、サンドイッチがよく似合うなあと思います。
ちょっと気取った時は、食パンの耳を落として定規で高さを測って作るの。きれいにできると気分がいいし、落とした耳は揚げ焼きにしてクルトンしたり、並べてピッツァにしたりすることも」
▲にんにくを効かせた卵焼き+菜の花のおひたし、紫蘇の葉+わさび漬け+ハムの2種類のサンドイッチ。
一人でも、誰かと一緒でも。
春はたくさん、歩きます
山本さん:
「歩くのが大好きで、2駅くらいは日常的に歩いています。春は特別、散歩に出かけたくなりますね。
冬は北風に負けて出かけられない日もあったけれど、『歩きたいなあ』という時にさっと出かけられるのは嬉しいし、暖かい日差しのなか歩いていると考え事もはかどります。
まだ空気が澄んでいて、山の向こうまでよく見渡せる。新潟のあたりに雪を降らせた雲がこちらにやってきて、この風を吹かせているのかななんて思いながら歩いていると、遠くの誰かさんと繋がっているようで、ね」
山本さん:
「友だちと並んで歩くのも好きですよ。お茶やお酒を飲みながら話すのもいいけれど、前を見て進みながら話すと心がふわっと広がります。あたりの景色や空の雲を見たりして話しに集中し過ぎないからか、ぽろっと本音が出ることもあってね。
家人はみな歩き屋です。ことに今カナダで暮らしている三女とは、就活の時期に歩きながら本当によく話しました。彼女がアルバイトをしているお店の最寄駅から自宅まで約3駅分。あの時も春だったかしら。いつも以上に、モヤモヤや焦り、期待やどきどきを感じる春は、余計に歩きたくなるのかもしれません」
お話を聞きに行ったのは、まだ肌寒い風が通る2月の半ばでした。装いはまだ冬のままだけれど、どこかの氷はもう溶け始めていて、隠れていた虫や動物たちも顔を出そうとしているのかも。
山本さんのお話から絵本のページをめくるように季節を捉える七十二候に触れて、今まで知らなかった春の顔を見られたような気がしました。
後編では春のモヤモヤの正体を軸に、山本さんが感じていることについてお届けします。
(つづく)
【写真】木村文平
もくじ
山本 ふみこ
1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。料理や子育て、片づけなど、暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。エッセイ講座の講師としての活動も。著書に『忘れてはいけないことを、書きつけました。』(PHP研究所)、『家のしごと』(ミシマ社)など他多数。
http://fumimushi.cocolog-nifty.com/
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