【母と化粧台と、自分と】前編:山本ふみこさん特別エッセイ「眉しごと」

編集スタッフ 松田 編集スタッフ 松田

今年の母の誕生日。わたしは一本の口紅と、いくつかのアイカラーを贈りました。

想像していた以上に喜んでくれた母。母娘でメイクのことについておしゃべりするのは、すこし照れくさくも、なんだか嬉しいものでした。

同時に、母の化粧台でこっそり口紅を塗る真似をした幼い日の自分や、大学入学で上京する際に、それまでスポーツ一筋でまるで化粧っ気のなかった私に、母が化粧道具を一式プレゼントしてくれた時のことを思い出しました。

離れて生活して10年以上。これまでいろんなことを見聞きし、自分なりに工夫を重ねながら暮らしてきたつもり。でも今改めて振り返ると、家事の仕方やものごとの考え方もそうであるように、実はメイクについても、その原点は母から影響を受けたものが多いのだと思うのです。

「母と自分とメイク」がテーマのこの特集。このテーマを企画した時、真っ先に思い浮かんだのは、随筆家・山本ふみこさんでした。

あらゆることをユニークに楽しみ、愛おしむ姿勢の大切さが伝わってきたメルマガ限定の連載エッセイには、たくさんの反響が寄せられました。当店オリジナルのメイクアップシリーズを愛用くださっている山本さん。その感想メールをいただいたことをきっかけに、メイクにまつわる思い出を、ひとつのエッセイとして書き下ろしていただけることに。

前編では、その特別エッセイをお届けします。

 

 


「眉しごと」

山本 ふみこ


「ねえふみこちゃん、眉を整えてほしいんだけど」
とつぜん母は云ったのです。

こんなふうに、何か頼みごとをするとき、わたしの名を「ちゃん付け」で呼ぶのが母の癖でした。
「ふみこちゃん、それいいわね。……着てみたいわ」わたしがはおっていたカーディガンを見て、欲しそうにするとき。
「ふみこちゃん、ホワイトソースつくって。……おねがい」銅鍋と木杓子を持って、近づいてくるとき。

眉を整えてほしいと云ったこのとき、母は70歳に迫っていました。老眼がすすんで細かい作業がめんどうになった、というのでしたが、わたしは「それだけじゃないわよね」と思って、母の顔をみつめました。眉を整えて、ボランティアに精出そう(当時母は、東アジアからの留学生のお世話をしていました)という気持ちと、娘のわたしにちょっと甘えたいという気持ちを受けとめたのです。

「オッケー」とふみこちゃんは云い、ハサミ、コーム、シェーバー、を求め、以来実家を訪れるたび、眉しごとをしました。

母の眉は左右で大きくかたちがちがい、カットするのにもかたちを整えるのにも苦労しました。「おかあちゃまの眉は、変な眉だねえ」とか「じっとしていて! シェーバーだって切り傷をつくらないともかぎらないから」なんかと云いながら、眉しごとをしたのです。

果たしてあれは化粧だったのか。化粧以前のことだったようにも思われますが、少なくとも母とわたしだけの小さな世界での出来事でした。

「眉をつくってもらうと、しゃんとするのよ。しゃんとして艶っぽくなるような心持ち。ありがとうね」
そんなことばを母から受けとりました。

母はいまから5年前にこの世から旅立ってゆきましたが、ふと思いだすのは、鏡を前にして母の眉を整えるひとときなのです。

母を見送って、鏡の前にひとり残されたわたしは50ん歳になっていました。そんなある日のこと、とつぜん「艶」ということばが胸のなかに灯りました。母がわたしに贈ってくれた「しゃんとして艶っぽくなるような心持ち」ということばがよみがえったもののようです。書くものにも、話すことばにも、はたまた料理にも、文字にも、佇まいにも、自分というひとの全体に艶は足りていない! と気がついたのです。

けれどもどうしたら艶は出せるのでしょう。

考えた末、ともかく……とばかりに、わたしは顔、髪、手足にクリームやオイルを擦りこむことにしたのでした。そうそう「艶!」と書いた小さな紙片を冷蔵庫のなかに貼りつけました。それを見るたび、「艶」を思いだすというわけです。艶、艶、と思い思ってクリームやオイルを指先まで擦りこみながら、これは自分への労わりだということに気がつきました。

この人生を60年も生きてきたけれど、あまり自分を労わらないできたのではなかったか。子どもの頃から装いもし、大人になってからは化粧もするようになったけれど、それは、決まりごとのような調子でした。

もちろんたのしみもあるにはありましたけれども、しかしそれは自分への労わりというよりも、どうしても作法の範疇なのでした。

せっかくひととして生まれてきたのだから、自分という存在を労って、励まして、応援して、あるときは讃えてもやらなけりゃ。

そう思って、わたしは化粧にも、装いにも、これまで以上に関心を寄せるように心がけました。拡大鏡(10倍)を買ってきてじっと自分の顔を見ることからはじめました(初日はぎゃーっと叫びました)。指の腹をつかってトントンとていねいに下地クリームやファンデーションを塗ります。
「お疲れさん」
「きょうはよくやったね」
なんて声をかけながら。

装いに関してはトレンドに左右されず、シンプル&エレガンスを心がけるようになりました。まだまだ「自分らしさ」の確立への途上です。

さて、どうでしょうか。こうして書くものにも、話すことばにも、料理にも、文字にも、佇まいにも……、すこおし艶が出てきたらしく思えます。これはまさしく労わりの、励ましの、応援の、結果のもののようです。

「ねえふみこちゃん、眉を整えてほしいんだけど」
そう云った70歳の母も、あのとき、自分への労わりを考えていたかもしれないなあと思うのです。それを自分ひとりでしきれなくなって、云ってみれば舞台裏を娘に見せてきたのでした。女の舞台裏です。

ああ、とわたしはいまさらのように思い、あの舞台裏をもっとにぎやかなものにすればよかったと悔やんでいます。眉を切って整えたり、眉まわりを剃ったりするだけでなく、色をのせたり、顔全体の化粧をすればよかったのではなかったでしょうか。

合理的ということになるのかもしれませんが、こういうところにゆとりがないのがわたしです。もう一歩進んで、右にも左にもはみ出すような勢いがあれば、もっと愉快であったのに。そうしていまのいま、こう書きながら色気不足を思うのです。

「艶」につづいて「色気」とくれば、いよいよ宿題もむずかしくなりますが、60歳代の……、70歳代の……、許されれば80歳代の……、艶と色気を求めてみるのは、おもしろそうです。

ついで、と云っては申しわけないようだけれど、ついでに後輩たちや娘たちに向かって「年をとるのはわるくないよ。それらしい艶と色気を、そら、ご覧なさいな」と云えたなら、どんなに愉快でしょうね。


【写真】本多康司

 


もくじ

第1話(11月17日)
山本ふみこさん特別エッセイ「眉しごと」

第2話(11月18日)
お母さんに贈ったのはどの色?当店スタッフにききました

 

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山本ふみこ

1958年北海道小樽市生まれ。随筆家。料理や子育て、片づけなど、暮らしにまつわるあらゆることを多方面から「おもしろがり」、独自の視点で日常を照らし出す。エッセイ講座の講師としての活動も。著書に『忘れてはいけないことを、書きつけました。』(PHP研究所)、『家のしごと』(ミシマ社)など他多数。
http://fumimushi.cocolog-nifty.com/


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