【すこやかに過ごそう】後編:人生は長いから。「ちょっと疲れちゃったな」というときに、知っておくといいこと
編集スタッフ 津田
2023年も残すところ、あとわずか。
クリスマス、大掃除、忘年会と予定が詰まっていますが、新しい年に向けて、願わくば「今年もよく頑張ったな」と気持ちよく締めくくりたいものです。
そこで産業医の杉山葉子先生と、ウェルビーイングの視点で「今年の自分を振り返る」というテーマで、おしゃべりしてきました。後編は、疲れが出やすい年末年始の過ごし方から、始まります。
慌ただしいと、「気持ち」が疲れてしまうことありませんか?
年末年始はイベントが多く、人とよく会うので、賑やかに過ごしたり、ご馳走を食べすぎてしまったり、その反動で、疲れを感じやすい時期でもあります。すこやかに過ごすために、気をつけるといいことがあれば教えてください。
杉山先生:
「いろんな人と会ったあと、なんだか気持ちがザワザワして落ち着かないのは、脳が疲れているサインです。そんなときは “涙活” をおすすめします。意識的に泣くことで心のデトックスをしましょう。
映画やドラマ、漫画、スポーツなどに感動してウルッとくるのは、他者への共感がベース。脳を休ませるには、この『共感の涙』が一番効果があります」
そういえば、涙活はストレス解消にいいと聞いたことがあるような……。けれど、自分ごととして考えたことは、正直ありませんでした。
杉山先生:
「よく『泣くとスッキリする』って言いますよね。実はこれ、科学的に証明されていることなんです。人は共感すると、脳の内側前頭前野の奥が刺激されます。そして涙がでる10秒前から、ここへの血流が急激に増え、脳内のさまざまなシステムを介して、副交感神経が優位になり、ストレスを下げることがわかっています*1。
ご自身の “泣けるツボ” を探すところからでもいいと思います。
わずか2、3分でも、ストレス低減効果は1週間ほど続きますよ。賑やかに過ごしたあと、ちょっと心が疲れているなと感じたら、週末に自宅で映画を観たり、漫画の世界に浸ったり、安心して泣ける環境を用意してみるのもありです。まずはやってみようかな、という気軽さで大丈夫です」
*1…https://www.jstage.jst.go.jp/article/stresskagakukenkyu/30/0/30_138/_pdf/-char/ja
ゆっくり呼吸したり、のんびりお風呂に入ったり
杉山先生:
「あと、年末年始はつい夜更かししたり、食事が不規則になったり、朝晩や室内外での気温差など、自律神経が乱れやすいタイミングです。
自律神経は、交感神経と副交感神経があり、互いに相反する役割を担っていて、ストレスがかかると交感神経が優位になり、緊張が続いたり、イライラしやすくなったり、うまく眠れなくなってしまうなどの不調にもつながります。
なので、自律神経を整えるときは、交感神経を落ち着かせて、副交感神経を優位にするように心がけてみてください」
杉山先生:
「たとえば深い呼吸。ゆっくり息を吐くことが、副交感神経を優位にするのに、とても効果があると言われています。
遠くにあるろうそくの火をチラチラ揺らすようなイメージで、『5秒かけて口から息を吐く、少し止める、5秒かけて鼻から息を吸う、少し止める』。このセットを10回ほど繰り返してみてください。
毎晩の入浴もいいですね。39〜40度ほどのぬるめお湯に10分ほど浸かると効果的で、シュワシュワする入浴剤があればなおいいです。炭酸ガスはお湯に溶けて皮膚から吸収され、血管を拡張して血行を促進しますから、リラックス効果と疲労物質を排出する働きが期待できます。
お風呂に入るのは、就寝予定からおおよそ1.5時間前を目安にしましょう。入浴で上がった深部体温が徐々に下がることで、眠りにつきやすくなりますよ*2」
*2…http://www.churou.or.jp/kenkoudayori/2013-12.pdf
仕事初めの日に、うまく起きられないのは……
もう一つ、お正月休みが明けたとき「エンジンかけなきゃ!」と思いながらも、ぼーっとしてしまって本調子になれないまま、毎年あっという間に1月が過ぎてしまうのですが……。
杉山先生:
「お正月のように1週間くらいのお休みがあると、日頃の睡眠不足を解消したくていつも以上に朝寝坊してしまい、体内リズムが崩れてしまうことって、皆さん経験があるんじゃないでしょうか。
これを、私たちは社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)と呼んでいます*3。
朝寝坊を続けてしまったことで、平日に戻ってもなかなかシャキッと起きられず、なんとな〜くだるい感じが残ってしまうんですよね。
体内リズムは、一気に戻そうとするのは結構大変で、徐々に平日の生活へと戻していくのがおすすめ。
できたら仕事初めの前の日から、ちょっと頑張って、いつもと同じ時刻に起きるようにしてみてください。1月4日が仕事初めだとすると、できるだけ3日は平日と同じ時間に起きましょう。そうすることで、翌日の朝がちょっと楽になるはずです」
*3…https://e-kennet.mhlw.go.jp/wp/wp-content/themes/targis_mhlw/pdf/leaf-sleep_a5.pdf?1699920000118
よく生きるって、どういうことなんだろう
取材がまもなく終わろうとしていたとき、杉山先生はふと遠くを見ながら、精神科医として患者さんと向き合いながら感じることについて、ゆっくりこんなふうにお話をしてくれました。
杉山先生:
「病院では、他の疾患をお持ちで入院されている方と、精神科医としてお話しさせていただく機会もあるんです。余命わずかの方もいらして、皆さん、走馬灯のように、本当に人生のあれこれを聞かせてくださる。そして感謝を伝える人がすごく多いんです。
自分の生きた証を残したい。どういうふうに生きてきたかを誰かに託したい。人間は、多様だけれど、意外と同じような思いを持っているのかもしれませんね。皆さん、お話をしながら、ちょっと安心したような表情をされるんです。
……『よく生きる』というのは『よく亡くなる』とも通じている、と言うんでしょうか……。ウェルビーイングは『自分が良いと思える状態でいること』ですけど、それって人の生き方そのものなんだなぁ、と感じるようになりました。
体のことは、健康診断を毎年受けますし、仕事のことは、半期に一度などで評価面談をしますよね。それらと同じように、心や生き方ということについても、定期的に振り返りをしてみてもいいのかもしれません。
小さなできごとをあれこれ思い出して、自分にはこんないいことがあったと嬉しくなったり、周りの人たちへの感謝の気持ちが湧いてきたら、それが一番だと思います」
私たちは現在進行形。考え続けることに価値がある
この一年を振り返るというテーマでお聞きしてきましたが、それが「よりよく生きる」ということにも通じているとは、想像していなかったので驚きました。
杉山先生:
「そうですね。振り返れるって、生きているってことですよね。
ウェルビーイング(Well-being)は、ゴールではなくプロセスです。考えること、考え続けることに価値があります。
人生にはいいこともあれば、そうじゃないこともある。でも、その出来事にどんな意味があるのかは、もっともっと、先まで生きてみないとわかりません。長い人生の『どこにフォーカスするか』だけの話じゃないでしょうか。
振り返りでは、嬉しいことも、ネガティブに感じることも、両方あった方がいいと思うんです。緊張や不安を味わったということは、言い換えれば、それだけ今年も挑戦してきたってことですから。
日常は、どうしたって流れていきます。ゆっくりできる年末に振り返って、1月1日からまたやっていこう、よりよく生きよう、と気持ちを新たにする。振り返りは、一人ひとりが生き方を見つめる、きっと良い機会になるはずです」
今年も一年、おつかれさまでした
「振り返れるって、生きているってこと」。杉山先生とのおしゃべりで、特別に心に残った言葉です。
私も、この原稿を書きながら口にしてみたら、今年も一年なんだかんだで生きてきたんだなぁという思いが湧いてきました。
ついつい堅苦しく考えがちですが、振り返りは学校のテストではないし、点数が良ければいいというものでもないはずです。
「もっともっと」と上を目指していくのではなく、「奥へ奥へ」とまなざしを深めていく。そんなふうに、周りの人や今年の出来事から、自分を知るきっかけにすればいいと気づきました。
今年もバタバタと終わっていきそうですが、大晦日は少しだけ自分の時間をつくって振り返りをしたい。そして年始はゆっくり休んで、ストレスや疲れを溜めすぎないようにすこやかに過ごしたい。そんなふうに思います。
最後まで読んでくださった皆様へ。今年もおつかれさまでした。何か一つでも、よりよく生きるヒントを見つけていただけたら嬉しいです。
(おわり)
【写真】鍵岡龍門
もくじ
杉山 葉子
精神科医、産業医、労働衛生コンサルタント、ヘルスシード合同会社代表。保健師として働いたのちに大学で教育心理学を学び、その後、学士編入学制度で医学部(3年次)に進学。産業医としては「健康経営」さらに「Well-being経営」につながるようにサポートすることをモットーとしている。健康安全管理指導にくわえて、メンタルヘルス、セルフケアに関する健康相談など、Well-beingを目指した「健康を通して人と組織を活性化していく活動」に取り組んでいる。
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