【おおらかに暮らす小さな家】第3話:落書きも「なんかいいよね」の愛着になるような、新しいマイホームの作り方
ライター 藤沢あかり
家族5人、32平米の平屋に暮らす建築家の加藤直樹(かとう・なおき)さん。小さな住まいには、工夫とあたらしい考え方がみっちり詰まっています。その様子を拝見しながら、アイデアを自由にやりくりして住みこなす楽しさや、これからの家づくりの可能性について考えてみました。
最終話では、加藤さんの考える「許せる暮らし」に満ちている住まいへの愛着と、「仮住まい」から思わぬほうへ舵を切った、あたらしい家づくりについてお聞きします。
日焼けも傷も落書きも「なんかいいよね」
いまソファを置いている場所は、もともとは加藤さんの仕事机があったところです。
三男が生まれ、さすがに手狭になったことで仕事場は近くにある母屋を間借り。ここには代わりにソファを置くことにしました。キャンプ用の焚き火テーブルが、ちょうどいい大きさで活躍しています。
ふと、ソファの後ろの壁を見ながら加藤さんが教えてくれました。
加藤さん:
「ほら、机の板があった部分なので日焼け跡があるでしょう。キッチンの作業台には鍋の焦げ跡があるし、落書きなんかもそうですが、こうして暮らした跡がいろいろ残っているんです」
さらに隣に視線をやると、そこには子どもたちの身長を刻んだ跡もありました。よく見ると、子どもたちだけでなくお父さん、お母さん、さらには遊びにきた友だちの身長まで刻まれています。
加藤さん:
「昔は家の柱に書いていましたよね。これ以外にも、ビスを打って、またつけ替えて穴があいて…というのは、しょっちゅうです。模様替えのときに家具を動かして『あーあ、跡がついちゃった』とがっかりするんじゃなくて、『まいっか、なんかいいよね』って、こういうのがいいなあと思うんですよね」
▲脱衣所の鏡は、子どもたちが自分で身支度をするようになり、位置を低くしたそう。ここにもビス跡がしっかりと残っています。
家のあちこちに残る、この家で過ごした暮らしの跡。それはまさに、家族と時間が育んだ愛着そのものです。
さて、必要最低限の資金と面積で建てたこの小さな「仮住まい」も5年が過ぎ、加藤さんの気持ちに少しずつ変化があらわれたといいます。
賃貸でも住宅ローンでもない、あたらしいマイホームの可能性
加藤さん:
「5年前、住宅ローンを組まない代わりに、返済のつもりで年間100万円の定期積金を始めていました。いつか建てる家のためを思ってのことでしたが、これまでに貯めた500万円を使って、子ども部屋や仕事場の増築を計画しています。
いまの玄関や壁を生かしながらの増築なら、ビスや日焼け跡と同じように、家そのものにも変化の履歴が残っていく。それもおもしろそうだとわくわくしています。
人生って、ほんとうに予測不能なんですよね。僕自身、ここに引っ越してから家族が増えたし、コロナ禍でリモートワークがこんなにも世の中に浸透するとは想像もしませんでした。子どもたちもいつまでこの家にいるのか、どんな進路になるのか誰にもわかりません」
加藤さん:
「不確定な未来を想像しながら家をつくるのではなく、その時々で決まっている家族の状況に合わせて、5年ごとに増築していくプランです。5年なら軌道修正もしやすいし、世のなかや家族の変化にも対応できます。定期積金と増築を繰り返せば、住宅ローンを組まずに家を持てるというのも大きいです」
家をキャッシュで買うというのはなかなか現実的ではありません。購入なら住宅ローン、それを避けるなら賃貸。たいていは、そのどちらかです。
▲よく使う道具を見える位置に並べたキッチン。黒とシルバーを中心にしているので統一感があります。
加藤さん:
「住宅ローンか賃貸か。その2択じゃなくても家が建てられるという、あたらしい選択肢を提案したいです。もちろん、これは土地があることが前提の考えですから、都心では難しいと思います。でも地方に安くて広い土地を買い、最初は2人で住めるだけの小屋を建てて、いずれ子どもが生まれたら増築、という暮らしかたもアリなんじゃないかな。
そもそも僕たちも、この小さな家が誰にでも当てはまるとは考えていません。わが家にとっての『最低限』であり、自分たちに合わせたかたち。
ありがたいことに近くに実家があるので、季節外の洋服やキャンプ道具などの荷物を置かせてもらっているのが現状ですし、平日は実家で夕飯とお風呂を済ませる日がほとんどなので、それもあってバスタブなしの小さな家が成り立っています。『借りぐらしのアリエッティ』という映画がありましたけど、そんな感じなんですよ(笑)。
大切なのは、誰かが決めた家のかたちではなく『それぞれが自分たちの暮らしに合う家』をつくっていくことだと思います」
唯一無二のオリジナルな暮らしをつくるには
出産祝いにいただいた子どものイニシャル入りカップや、メキシコ土産のルチャリブレ(プロレス)マスコット、祖母の家にあった渋い一輪挿し。どれもテイストは違えど、この家ではちゃんと居場所をもらってイキイキと飾られています。
加藤さん:
「ふいに誰かから贈り物をいただいたり、親戚からファンシーなぬいぐるみが送られてきたり。テーマパークに行けば、やっぱりキャラクターのポップコーンケースをぶら下げたいし、それを含めて楽しみじゃないですか。
家は、そんな突発的なものが出入りする場所だし、それが生活なんだと思います。だから、その一つひとつが浮いた存在にならない『許せる暮らし』にしたいんです」
実はこの家におじゃましてすぐ、こんなことがありました。
取材陣が持参した手土産の箱を、加藤さんはしげしげと眺め、ここかな、あっちかなと少し迷ったのちに、雑貨が並んだ棚にひょいと置いたのです。「うん、ここがいちばん似合う」と言って。
たいてい、手土産の箱や袋は「撮影に写り込まない場所に」置かれます。でもその箱は、突然仲間入りしたのにもかかわらず、最初からそこにあったみたいな顔ですっかり加藤さんちになじんでいました。
思いがけないことや予測不能な変化が、つぎつぎにやってくるのが生活です。ふいに訪れるでこぼこを、どうせなら、おもしろがって許せるように暮らしていけたら。予定調和じゃないからこそ、未来の楽しみもふくらみます。
傷ができてもいいし、汚れてもいい。予定外のことが起きても、価値観が変わってもいい。家族の成長も変化も、変わりながらおおらかに受け止める。それが、加藤さん一家の「許せる暮らし」の正体でした。
(おわり)
【写真】上原朋也
もくじ
加藤直樹(かとう・なおき)
建築士。「N.A.O」ナオ 一級建築士事務所主宰。「許せる暮らし」をモットーに、生活感や経年変化、家族の変化などを豊かさに変えるアプローチの家づくりを得意とする。神奈川県秦野市在住。
https://www.n-archi-o.com
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