【余白のある家】03:暮らしながら巡った「好き」。この家が教えてくれたことと、次に住む築200年の家の話

編集スタッフ 藤波

街と自然、どちらも満遍なく楽しめる住まいはどんなふうだろうとよく考えます。

東京・八王子市の築50年の賃貸一軒家に住む金子朋子(かねこ ともこ)さん、哲也(てつや)さんのご自宅は、そんな暮らしをちょうどよく叶えた家でした。

第1話ではゼロからはじめたDIYと家庭菜園について、第2話ではキッチンをメインにお話を聞きました。第3話では、そんなふたりが今考えていること、これからのことを伺います。1話目からよむ

 

40代目前。習い事を3つはじめました

最後に見せていただいたのは、デザイナーである朋子さんの仕事部屋。

色とりどりのファブリックやモビールに飾られた空間には、仕事用PCのほか年期の入ったミシンがありました。

朋子さん:
「実は最近、およそ100年前のミシンを購入したんです。スカジャンの背に描かれる絵柄など繊細な刺繍ができる横振りミシンと呼ばれるタイプで、京都で修行した刺繍職人の師匠に習いながら目下練習中です。

大学を卒業してからずっとデザイナーとして仕事をしてきましたが、ここ数年関わっていた大きな仕事がひと段落したタイミングでこれからについて考える時間ができました。

クライアントワーク100%ではなく、自分でも何か作ってみたいな……と思っていた矢先にその師匠との出会いがあったんです」

朋子さん:
「大学は織物専攻でしたが、最終的には刺繍を主にやっていました。PC作業がメインの仕事なので長らく離れていたけれど、やっぱり自分で手を動かすことも好きだったなって。

今39歳。40代を目前に好きだったことを10年ぶりに頑張ってみようかな、新しいことをはじめてみようかな、と色々取り組んでいるところです。

横振りミシンのほかにもインドのカンタ刺繍(手縫い)と金継ぎ教室に通っているのですが、勢いのままに全部この1年ではじめたので逆にすごく忙しくて(笑)。嬉しいことですけどね」

▲長年各地で集めてきた、あざらし・ピラミッドコレクション

朋子さん:
「思い返すと、幼い頃はずっと下を向いて歩いていて、毎日石を拾って帰ってくるような子どもでした。

大人になってからも小さいものや用途がなくてかわいい形のものに惹かれて、細々と集めてきたお気に入りが家中に溢れています。

自分の好きを言語化することはいまだに難しいし、それをどうこれから形にできるかはっきり見えてはないけれど、好きが巡ってきているような感覚が確かにあります」

季節の野菜を作り、雑貨をのびのび飾る。仕事から離れてふっとひと息ついたときにそんなふうに思えたのは、暮らしの中にずっと余白の時間があったからかもしれません。

 

忙しくても、充実度が全然違います

哲也さんは、家庭菜園を通して感じていることを話してくれました。

哲也さん:
「5年前には雑木林だった庭をハンドのこぎりで開墾するところからはじまり、全部自分たちの手で育ててきました。

特に勉強したのは土のことです。なるべく自然に近い形で野菜を育てるために大切なのは土の中で微生物をいかに育てるか、そのためには水と空気の循環が重要だと学びました。

今うちの庭では降雨時の排水を良くするために溝をいっぱい掘っていて、そこに生ゴミを捨てて簡易コンポストのように使っているのですが、そうやって自分たちの小さな庭の中で循環が生まれるのが面白くて仕方ないです」

哲也さん:
「畑仕事をするのは仕事の前後。毎朝だいたい5時には起きて、出勤前に草むしりをするのが日課です。

特に種まきの時期にはやることが多く土日も埋まってしまうほどで、以前と比べると明らかに忙しくなっていますが、仕事だけしていたときとは充実度が全然違います。

ここ数年は、本気のにんにく作りをしているところ。青森の農家さんにタネをもらいに行って、土づくりや育て方についてじっくり教えてもらいました。まだまだ育ててみたい作物がたくさんあります」

 

この家での暮らしが教えてくれたこと

哲也さん:
「この家に住んでから、普段の生活が楽しくなりました。それまでは平日は仕事に忙殺されて週末のために生きているような感覚だったけれど、日頃から暮らしの営みそのものに目を向けるようになったのが一番の変化です。

遊ぶことがメインだったけど、暮らすことそのものが充実しているのはこんなに幸せなんだなと。そんなことに気がつけた家ですかね」

朋子さん:
「ここで暮らしの練習をさせてもらって、もっとこうしたいとか、これはこのままでいいとか、自分たちにフィットする暮らしの在り方を整理できた気がします」

朋子さん:
「間取りの面で言うと、特定の用途を持たせない、余白のある部屋を一つ設けたことはすごく良かったです。

友人が来たときに泊まってもらったり、我が家の場合は大量に収穫した野菜の支度をしたり。家具を置いていないスペースがあるのは何かと便利で、暮らしにゆとりが生まれました」

 

実は、築200年の家に引っ越す予定なんです

取材の途中で、ふたりから驚きの一言がありました。

哲也さん:
「実は来年、築200年の平屋に引っ越す予定です。次は高尾山の麓のあたり、もっと森の中で、まるで日本昔ばなしから出てきたような家を購入しました」

朋子さん:
「この家でも色々やらせてもらったけれど、賃貸なのでいつかは離れないといけない寂しさはずっと感じていました。

私たちのやりたい暮らしや家族の形としては買ってみるのが合っているかもと思い、1年ほど前から探していたんです」

朋子さん:
「家探しの条件に挙げていたのは、窓からの風景が緑だけで、隣接した家がなく静かに暮らせること。

それに加えて、交友関係を崩したくないので今の家から離れすぎず、街へのアクセスも悪くない立地……そんな条件を叶える、まさに理想の家に出合うことができました」

哲也さん:
「200年というと江戸後期なので、ライフラインや室内の整備など、住むまでにはさすがにハードルがありそうです。

だけど目の前に里山があり、300坪の畑も借りられるそうで。果樹にも挑戦したいし、家の半分を土間のように土足で歩きまわれる空間にしたい……次々に夢が膨らんでいます。

5年かけてやってきた畑もまた土壌を整えるところからのスタートですが、それでもやっぱり、楽しみの方が大きいです」

取材を通して惹かれた、自然とのちょうどいい距離感、居心地のいい住まいの空間、それから仕事と趣味のバランス。

おふたりの暮らしの随所に感じた「余白」が、それらを生む大切なキーワードなのかもしれないと感じました。

物理的なスペースだけでなく、暮らしを楽しむ柔軟な心持ち、つまり心の余白も同じくらい大切なはずです。

それを教えてくれたふたりの「理想の家」での暮らしを拝見するのが、私も今から楽しみでなりません。

 

【写真】メグミ


もくじ

 

金子朋子・金子哲也

東京都八王子市在住。朋子さんはグラフィックやWebデザイン、地域ブランディングなどを手がけるデザイナー、哲也さんは医療従事者。築50年の賃貸の一軒家で家庭菜園やDIYを楽しみながら暮らしている。Instagramは@cnc_ieから。


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