【大人になるってなんだろう?】第一話:私の中にいる「子どもの私」となかよくすること(料理家・エッセイスト 藤原奈緒さん)

ライター 片田理恵

大人になったら、やさしくなるよ

大人になる。それを一言で説明するのはとても難しいことだと思います。成人を迎えたとき。初めてお酒を飲んだとき。仕事に就いたとき。ひとり暮らしを始めたとき。確かにどのタイミングでも「大人」を意識してきたけれど、だからといってそれを境に突然大人の実感を持てたわけではなかったから。

ある日、新聞でこんな記事を見つけました*。「次に来るときは、もっと大きくなっているかな」と声をかけられた5歳の男の子が、にっこりして手を上げ「やさしくなるよー」と答えたというものです。

「人は何歳になっても、大人になれる。どこまでも、やさしくなれる。大人とは、そう信じ、もがき続ける存在だろうか」と文章は結ばれていました。ああ、そうでありたい、と思います。

*朝日新聞「天声人語」2024.3.21

ならなければいけないと誰かに言われたわけではないし、なりたいと自ら選んだわけでもない。でも私たちは大人になりました。そして大人になってからもなお「大人」になろうとしているような気がします。

大人になるってなんだろう? そんな正解のない問いを携えて、私たちは3人の女性を訪ねることにしました。そうね、なんだろうねと、一緒におしゃべりをしてくれる先輩たちのもとへ。

 

ものさしって、ひとつじゃない

「あたらしい日常料理 ふじわら」を主宰する料理家であり、エッセイストの藤原奈緒(ふじわら・なお)さんは、今秋、生まれ育った北海道に引っ越しをします。

東京・東小金井に自らの店を開いて今年でちょうど10年。家庭のごはんをおいしく、手軽にするびん詰めのブランドを立ち上げ、日々の食事作りを手助けする活動をしてきました。次のステージに選んだのが故郷・北海道での新たな暮らし。

そんな藤原さんに昨年、札幌にある母校の高校で授業をする機会が訪れます。卒業から25年の節目に、OB会で幹事を務めることになった同級生からの誘いでした。

藤原さん:
「『今はすごくまじめな子どもが多いんです』と、事前に先生方から聞いていました。とても自由で自律した校風の学校なのに、テストの結果が悪いと学校に来られなくなってしまう子もいるって。

でも成績とか点数のような、学校で基準になるものさしって、あくまでもひとつの指針でしかないですよね。失敗や悩みはうまくいくための種のようなものだから、どんどん失敗して自分の研究をして、得意なことをやっていけばいいんだよ、という話をしようと思いました。

私自身もそういうものさしから落ちこぼれてしまうタイプなので、気持ちがわかるんですよ。遅刻の回数が多すぎて呼び出されたり、人と同じようにできない自分をずっと苦しく思ってきたので」

 

新しいことを始めるときの怖い気持ち

授業の終盤、生徒からこんな質問がありました。「新しいことを始めるときの怖い気持ちをどうしていますか?」

藤原さん:
「いい質問をするなぁ!と思いました。

その時は『何もしないで時間が経ってしまうことの方が怖いです』と答えたんです。でも、ほかにももっと言えることがあったんじゃないかという気がして。今も時々思い出して考えています。

私も学生の頃は、知らないことやわからないことが多すぎてあらゆることが怖かった。でも、失敗すると自分のことが少しわかりますよね。それを積み重ねたときに、『怖いけどやってみる』を選べる時がくるんじゃないかな」

10代の藤原さんにとって、突破口になったもの。そのひとつが「料理」だったといいます。

藤原さん:
「とても味覚の鋭い子どもだったんです。実家の料理があまり口に合わなくて。それで自分で料理を作ってみたら、圧倒的に自由を感じたし、好きな味を自分で作れることが楽しかった。誰にも気を遣わないでいられることもうれしかったです。

今、大人になってつくづく、食事が作れるって自分の心と体を守ることにつながっていると思います。だから自分自身のために、簡単な料理ができて、自分を満たせる大人になってほしいということも伝えました。

何かができるようになると、できなかった頃の気持ちを忘れてしまうものだけれど、高校の後輩たちと会って話ができたおかげで、怖かった当時の自分を思い出しました。ああ、こんな気持ちだったなって」

 

子どもの頃の気持ちを認めることができたから

大人になったからといって、子どもの頃の気持ちが消えるわけではない。大人になったからといって、自分の中の子どもがいなくなるわけではない。

あの頃の気持ちに触れ、藤原さんは改めてそう強く感じるようになりました。

藤原さん:
「私、母との関係があまりよくなかったんです。子どもの頃から家族の中で大人の役割をしなくちゃいけない気がしていて。

甘えることができなかったし、甘えたいという自分の気持ちに気づかないようにしていたんでしょうね」

藤原さん:
「でも40歳を過ぎたあたりから母との関係がよくなってきて、『お母さん、やってよ』と言えるようになりました。それはきっと、これまで見ないようにしていた子どもの頃の気持ちを認めることができたから。そしてそれを、母と共有できたから。

大人になるって、子どもの頃の自分と違うものになることじゃなくて、本来の自分にもう一回戻っていくことじゃないかと思うんです。戻っていって大人の自分が話を聞いてあげたり、思いに応えてあげたりできると、楽しく生きていけるんじゃないかな」

 

びん詰めと「あの頃の私」はつながっている

藤原さんが作るびん詰めの中に「おいしい唐辛子」があります。

作った当初はカレーの辛さを調整するためのものだったそうですが、サンプルを配った友人たちから、思わぬ反響が届きました。それは「子どもも食べられるように作った料理にかけるだけで大人が満足できる! どこで買えるの?」という声。

藤原さん:
「味覚の差を埋める役割を果たしてくれているんだなとわかりました。家族のなかでも味覚が違って不自由なことがあるというのは、私自身も子どもの頃から感じていたことだったんです。辛いものが好きな人もいれば苦手な人もいる。でもびん詰めがあれば、同じ料理をみんながおいしく食べられる。

意図してできたわけではないけれど、『おいしい唐辛子』も、子どもの頃の私の気持ちに応えて生まれてきたものなのかもしれないですね」

北海道でやりたいことがたくさんあるんです、とうれしそうに話してくれた藤原さん。子どもの頃の気持ちをいろんなふうに思い出しながら、同時に今の自分の気持ちも大切にしながら、故郷での日々に向けて準備を進めています。

「大人になるほどにやさしくなっていける。私もそうありたいです。人に対しても、それから自分自身に対しても」

大人になるってなんだろう? 明日公開の第2回では、編集者・ライターとして活動しつつ、昨年「こころの本屋」を開いた石川理恵さんにお話を伺います。

(つづく)

 

【写真】神ノ川智早


もくじ

 

藤原 奈緒

料理家。エッセイスト。“料理は自分の手で自分を幸せにできるツール“という考えのもと、商品開発やレシピ提案、教室などを手がける。「あたらしい日常料理 ふじわら」主宰。2025年、北海道の長沼町に自宅とアトリエ、ギャラリーをオープンするべく準備中。

Instagram  @nichijyoryori_fujiwara
WEBサイト https://nichijyoryori.com/

 


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