【憧れの、大人に会いに】ファーマーズテーブル店主 後編:モノ選びの目を磨いたのは、「暮らす」ことへの憧れ
ライター 本城さつき
自分のやりたいことに素直でいる人は、いつも輝いています。そんな気持ちに従って、ある程度年齢を重ねた「大人」になってから、新しいスタートを切った方々にお話を伺うこのシリーズ。
今回は、東京・恵比寿で雑貨店「ファーマーズテーブル」を営む石川博子(いしかわ・ひろこ)さんにお話を伺っています。
もの選びに定評のある石川さん。どうやってセンスを磨いたの?
▲ディスプレイの仕方も、ものへの愛情に溢れています。
オープン以来25年を過ごした原宿から、新天地・恵比寿へ引っ越す、という大きな変化を経験した石川さん。それでも変わったことといえば、単に、お店の立地だけでした。
どこにあっても「ファーマーズテーブル」。そうあり続けられるのは、石川さんのブレないセンスの賜物です。
東京で生まれ育ち、20代後半で結婚するまでは実家暮らしだったという石川さん。モノ選びの確かな目は、どのように磨かれてきたのでしょう。
▲恵比寿に移って広くなった分、洋服の扱いも増えました。
▲下の段には古い旅行カバンが窓辺にずらり。なんともいい味わいです。
石川さん:
「実家の器やインテリアは、ごく普通だったと思います。ただ、ずっと実家暮らしだったので、『自分の好きなものに囲まれて暮らしたい』 と、生活まわりのモノへの憧れは強い方でした。
好きな器に出会うと 『これでごはんを食べたら楽しそう』 と、すぐに使う予定がなくても買っていましたから」
学校を卒業後に就いたのは、スタイリストの仕事。石川さんは、働きながら自分の中にあった “モノへの関心” に気づき、仕事でたくさんのモノを扱いつつ知識を深めていきます。そして……。
石川さん:
「スタイリストをやめてお店を開いたことと、結婚したことで、器やインテリアへの関心がバーン、と高まりました。まるで少しずつストックしてきた思いが、爆発(!)したかのように。
それで、自分が好きだと思うものを集めて 『これ、いいでしょ』 とお客様に話しかけるようなお店になったんです」
▲ボーイッシュなスタイルがよく似合う石川さん。
そんなお店のスタンスは、今もオープン当時のまま。
石川さん:
「かわいいよりかっこいいものが好み。自分の『好き』のベースが変わらないので、恵比寿へ引っ越した後も品揃えに大きな変化はありません。
スペースが広くなったので、前よりさらに作家さんの企画展に力を入れたり、アンティークももう少し置けるようになったかな、というぐらいですね」
石川さん:
「昔から古いモノが好きなんです。朽ちた感じや、人に使われていたぬくもりのある感じ……、どこかのんびりした表情とか、新しいものにはない独特の質感に惹かれます」
そんな石川さんの「好き」は、お店にも凝縮しています。
ドアを開けると真っ先に目に飛び込んでくるのは、大きなカウンター。長年使い込まれたような、ちょっとアーティスティックなような、独特の表情です。
恵比寿のインテリアは、どちらかといえばナチュラルな雰囲気だった原宿時代とは違い、工場のような無骨で男っぽい雰囲気。ただ、パッと見はそうでも、そこに流れる楽しい空気は以前と同じ。やっぱり「ファーマーズテーブル」だ、とホッとするのです。
日々の暮らしに欠かせない、2つの愛用品
▲お店に置いているものは、自分でも愛用しているものがほとんど。
「好きなものを見つけたら、家に3個、お店に10個置きたい。売るだけでなく、自分で使ってみたいんです」という石川さん。
彼女の「好き」のエッセンスを知るために、日々の暮らしで手放せない愛用品について、聞いてみました。
石川さん:
「まず何といっても、ケメックスのコーヒーメーカー。最初に惹かれたのはデザインですが、これでコーヒーを淹れてみたらおいしくて。もう20年以上使っています」
出会ったのは1988年。ご主人が1年間NYに滞在することになり、石川さんもNYと東京を行き来しながら生活をしていた頃のこと。ふたりともコーヒー好きなので、いい道具はないかと探していて出会ったのが、ケメックスでした。
今でこそおなじみのケメックスも、当時の日本では無名の存在。でも、すっかり気に入った石川さんはお店で扱うようになり、一時は輸入総代理店もしていました。
▲よく使い込まれたケメックス。ムダのない形が美しい。
石川さん:
「バーバラ・アイガンさんのマグカップも手放せません。手にしっくりとなじんで、使いやすくて。このマットなタイプは、後に作るのをやめてしまって残念。手元にあるものはもう残り少ないですが、大切に使っています」
▲バーバラ・アイガンさん作のマグカップ。赤×緑の色合いがりんごを思わせます。
これもNYの、まだ小さなデリだった頃のディーン・アンド・デルーカで見つけて一目惚れ。あまりに気に入って、「ファーマーズテーブル」用に別注色も作ってもらったほどです。おおらかな佇まいが、使う人の気分を和ませます。
実際に使ってみて、使いやすいか。そして何より、見て触って、心地いいか。石川さんが信じているのは、心がよろこぶモノ選びといえそうです。
出会いは偶然。だから計画はいらない。
▲これまでに開催した個展の案内状を、ポスターのように張って。
終始朗らかな笑顔で、インタビューに答えてくださった石川さん。愛用品のこと、好きなインテリアのことなど、次々と出てくる楽しいお話に、自分が選んだモノやお店への、溢れるような愛情が感じられました。
最後に、これからのことを尋ねてみました。この先、どんなことをしたいですか?
石川さん:
「計画は立てないんです。小学生の頃から、夏休みになると綿密な計画を立てては、守れたためしがない子で。20代の頃、もう立てるのをやめました(笑)。今は、先のことはざっくりとは考えますが、自分にあったやり方で進めばいいと思っています」
そんな石川さんにとって「出会いはいつも偶然」といいます。今のお店の物件とも、カウンターにした板とも、作家さんだってそう。ふと入ったギャラリーで運命の出会いがあったり、たまたま知り合いに紹介されたご縁が、長く、太くなっていったり。
計画は立てない。でも、だからこそ、新しいモノやこと、人との偶然の出会いに、柔軟に心を開けるのかもしれません。出会いを軽やかに受け止める笑顔の奥に、ぶれない芯の強さを感じました。
(おわり)
【写真】 千葉充
もくじ
石川博子
「ファーマーズテーブル」店主。スタイリストとして活躍の後、1985年に生活雑貨の店を立ち上げる。表参道の同潤会アパート、原宿キャットストリート脇の路面店を経て、2010年に恵比寿へと移転。2017年6月に著書が発売になる予定。http://www.farmerstable.com
ライター 本城さつき
出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。雑誌と書籍でライフスタイル系の記事を手がける。得意なテーマは雑貨、手仕事、旅、食(特にパンと焼き菓子、冷たい甘いもの)。最近は園芸も修行中。いろいろな人に会って話を聞くのが好き。
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