【あのひとの子育て】藤田あみいさん〈後編〉記録する。誰かの苦しみに寄り添う力になれるように。

ライター 片田理恵

自身の産後うつ体験を綴った著書『懺悔日記』で多くの共感を呼んでいる、エッセイスト・漫画家の藤田あみいさん。

前編では日記やブログを通じて暮らしや気持ちを「記録する」ことについてお話を伺いました。

後編では藤田さんが病気を通じて抱いたという新たな思い、かつての自分と同じように苦しんでいるお母さんたちへの気持ちをお聞きします。

前編はこちら>>

 

苦しさに寄り添ってくれるものが、どうしてないの?

妊娠中の体重の変動、その日食べたものや体の調子、診察で言われたことなどを記録して、撮影してもらった胎内のエコー写真を貼る。

出産準備の過程でそんな記録をしたためた人も多いはず。藤田さんもそんなお母さんのひとりでした。

一文字一文字ていねいに綴られたノートを拝見していると、どれだけ赤ちゃんに会うのを心待ちにしていたかがよくわかります。

前編では記録する理由を「忘れないため」と語ってくれた藤田さんですが、実はこの妊娠中の日記には、ほかにも大切な理由があったそう。

藤田さん:
「日記を完成させて渡したいと思う相手が3人いたんです。それが妹と、娘と、数年後の私自身。

妹には、いつか出産するときにリアルな姉の記録が何かしらの役に立つんじゃないかなと思って。

娘には、これから先壁にぶつかって悩んだり苦しんだりしたときに、自分がどれだけ愛されて生まれてきたかを知ってほしいなと思って。

そして数年後の私には、ふたり目を産むときの参考になるだろうと思って。その頃はまさか自分が産後うつになるとは考えてもみませんでしたから」

症状が改善した今も、苦しかった記憶は鮮明。産後にまた同じことが起こったら……。そう考えると怖さが先にたち、ふたり目の妊娠・出産には容易に踏み切れないといいます。

藤田さん:
「『悪い結果だったらどうしよう』と右往左往しているときの気持ちって、悪い結果になることよりもキツいんですよね。上司に怒られるかもしれないとビクビクしているときのほうが、実際に怒られているときよりもつらいのと同じ。

『予期不安』というらしいんですけど、私はうつの頃、自分のそういう不安をカバーしてくれるものを求めていました。本でもいい。webでもいい。もちろんリアルでも。

私と同じような体験をした人の記録が読みたかったんです。だけど、見つけられなかった。

子どもに発達障害という診断がついて、そこからどうするという内容のものはたくさんあるんですけど、診断がつかなくて苦しいという気持ちには寄り添ってくれない。どうしてだろうと思いました。きっと私のようにつらい気持ちでいる人がいるはずなのに」

 

私と同じようなお母さんたちの力になりたい

苦しみを和らげてくれるものがないという新たな苦しみ。病状は一進一退を繰り返しつつ、けれど悪化の一途をたどっていました。2016年の秋には入院も経験。その頃の心境を藤田さんは「怒り一色だった」といいます。

藤田さん:
「イライラしてましたね。なんで私が入院しなきゃいけないの?って。立ち直りたいのにその方法がわからない。元の自分に戻りたいのに戻れない。変わりたいのに変われない。

自分にも、病気にも、猛烈に腹が立ってきて、『じゃあせめてこの経験を書いてやる!』と思ったんです。『転んでもタダじゃおきないぞ!』って」

病院で過ごした1週間。藤田さんは出産以降の自身の育児記録をもとに『懺悔日記』を書き上げます。忘れてしまいたいことも、二度と思い出したくないことも、痛みも悲しみも、すべて言葉にしよう。いつかこの体験がきっと役に立つときがくる……それは絶望の中で見つけた光でした。

「自分が心底欲しかったものを、私が作る。産後うつで苦しむお母さんたちの気持ちが少しでもラクになるように」

 

そうだったんだ。母になっても、私は私。

藤田さんは『懺悔日記』の中でこう書いています。「命を生み育てる子育てが不安でないわけがない」と。

一度ONになった母というスイッチは、二度とOFFになることはありません。そしてそれに気づいて驚くのは、いつだってことが始まったあとなのです。

母になっても、私は私。

出産前、その言葉はそのままの意味でした。母と私はあたかも切り離せる存在、自由に行き来できる関係なのかと思っていました。でも、そうではなかった。

藤田さん:
「完璧な母親になりたい、ならないといけないと思っていました。やさしくて、寛容で、いつもにこにこしていて、料理がうまくて。そう思えば思うほど、自分で自分の首を絞めていることに気がつかなかった。私は私のままではいけない、変わらなきゃって気持ちでいっぱいでした。

でもある日、カウンセラーの先生にいわれたんです。

『泣いたり怒ったり、そのままのお母さんでいいんです。子どもはそれを見て、人間がどんなときに泣くのか、どんなふうに怒るのかを学びます。だから変わる必要なんてない。そのままでいいんですよ』。その言葉を聞いたとき、ああこれで救われたと思いました。

それまでは自分でも気づかないうちに、あらゆることで無理をしていたんだと思います。

たとえばずっと明るい色の髪が好きで染めていたのに、母親になってからは真っ黒にしていたこと。それが母親らしいと勝手に思いこんでいたんですよね。だからその時ようやく『もう一度、髪を染めよう』って思えました」

 

母から母へ。記録というバトンをつなぐ

先日、藤田さんの妹さんが出産をされたというブログがアップされました。生まれたのは、かわいい女の子。娘のてーたんと姉妹のように成長してほしいという言葉に、母としての願いや祈り、消えることのない葛藤を見た思いがしました。

藤田さん:
「犬を飼い始めたのも、娘と一緒に育っていってくれたらいいなという気持ちがあったからなんです。私が産後うつになったこと、とても苦しかったこと、家族にも悲しい思いをさせたことは、消そうと思っても消せません。

当時2歳だった娘は、私が救急車で運ばれたときのことを憶えているんです。それで夜中にときどき泣いてしまう。申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

だから、もう無理はしない。病気をしたからこそ一番大切なものがわかったし、大切なものを大切にする自分でいるためにはどうすればいいかということもわかってきた。自分にとっての幸せってなんだろうと考えることができた。

つらかったけど、病を経験してよかった側面もあると今は思っています。だって、私の記録が誰かに寄り添えるかもしれない。苦しみの中にあるお母さんの力になれるかもしれないから」

記録はバトンとなって引き継がれていきます。お母さんから、次のお母さんへ。そこに書かれた体験をシェアすることで気持ちが軽くなったり、孤独ではないと安心できる。そうして私たちはようやく、母であることを少しずつ楽しめるようになるのかもしれません。

藤田さんは今、自身のホームページで新しい日記を始める構想を練っているとのこと。これからのてーたんとの日々がどんなふうに綴られていくのか、とても楽しみです。

(おわり)

【写真】神ノ川智早

 

藤田あみいさん

エッセイスト・漫画家。女性誌やwebにてコミックエッセイを連載中。2014年1月に「無印良品」三鷹の家大使に就任。著書に『ぜんぶ、無印良品で暮らしています。』(KADOKAWA)『懺悔日記』(マガジンハウス)がある。夫と娘が生き甲斐。

ライター 片田理恵

編集者、ライター。大学卒業後、出版社勤務と出産と移住を経てフリー。執筆媒体は「nice things」「ナチュママ」「リンネル」「はるまち」「DOTPLACE」「あてら」など。クラシコムではリトルプレス「オトナのおしゃべりノオト」も担当。

 


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