【白髪に憧れて】第2話:伸びては染めての15年。違和感なく白髪がなじんだそのワケは。(のみやパロル 桜井莞子さん)
編集スタッフ 岡本
すっと伸びた背筋、体に馴染んだ装い、柔らかな眼差し。そして、収まり良く整えられた白髪(はくはつ)。
人生そのままを表すような立ち姿には、しなやかな白髪がよく似合います。
一方で、なかなか白髪に踏み切れず長年モヤモヤと付き合っている人も。もっとも身近な女性である私の母が、まさに今悩みの渦中にいます。
母に影響されるように私まで悶々としていたところに、するりと白髪を受け入れた女性たちの存在を知りました。
第1話で尋ねたのは、株式会社イーオクトの高橋百合子さんです。つづく第2話では、「のみや パロル」の桜井莞子(さくらいえみこ)さんにご登場いただきます。
長年、食にまつわる仕事に携わり、一度はリタイアしたものの、70歳で一念発起。外苑前にパロルを再オープンさせました。
連日お店には桜井さんをはじめ、パロルを支える女性たちに会うため、たくさんのお客さんで賑わっています。
この日も、白いエプロンに快活な笑い声、そしてうつくしい白髪姿の桜井さんが迎えてくれました。
▲笑顔を見せつつも、てきぱきと動く仕込み中。
▲パロルのサービス担当、出村明美さん。桜井さんのトークに明美さんの軽快な合いの手が相まって、笑いの輪が広がっていく。
40代から15年。カラーリングに通い続けたこともありました
キッチンの棚には愛用している作家・黒田泰蔵(くろだたいぞう)さんの器がずらり。その前に桜井さんが立つと、澄んだ白の世界が広がりました。
今では当たり前のようにこの髪色が馴染んでいますが、ちらほらと白髪が気になりはじめた40代から、約15年カラーリングをしていたそうです。
桜井さん:
「ケータリングで忙しくしていた頃だから、40代後半かな。
黒に白が混ざってごま塩っぽくてね。それまで好きだったこげ茶色の服も似合わないし、母からも『なんだか斑(まだら)ね〜、染めないの?』なんて言われたのよ。
それから染めては伸びてを繰り返していました。ひと月もたたないうちに伸びるから美容院は3週間に一度のペースでしたね」
「染めてると少し伸びるだけで気になるのよね〜」と話す桜井さんですが、ささいな思い立ちから63歳で長年のカラーリング習慣をやめることに。
桜井さん:
「60歳になったとき伊豆に移って、憧れののんびりライフを始めたんです。若いときからなんとなく惹かれていて、好きな場所だったから。
はじめの数年は東京まで通って染めていたんだけど、3年もするとおっくうになっちゃって。もういいかなと思って染めなくなりました」
ずっと続けていた習慣をやめる、見た目が大きく変わる。
白髪に切り替える決断を「えいやっ」と舵を切るようなイメージでいた私としては、拍子抜けしてしまうほど意外な理由でした。
一時は黒と白、まだらな時期をごま塩と表現してカラーリングを選んだ桜井さんです。きれいな白髪になるまでの移行期間をどう過ごしたのでしょう。
案外、やめてみたらなんてことなかった。
桜井さん:
「根元からちょこっと白が見えると目につくけれど、ある程度伸びてしまえば全然気にならなかったわ。
それに上と下、半分で色が分かれることってないの。どんどん境目が曖昧になるからね。
なりゆきで染めなくなったけれど、自分自身がもともと持っている髪色になるわけだから、そりゃ違和感なんてないわよね」
濃いめの茶色に染めていた髪がゆっくりと白髪になっていく間、毎日目にする桜井さん自身も、たまに会う家族も、その変化に心が揺らぐことはなかったそう。
これまで重ねてきた表情に合わせてしわが刻まれるように、白髪もまた、その人のその歳に現れる自然な髪色。
桜井さんが話す違和感のなさは、そんな理由からだったのかもしれません。
桜井さん:
「白髪になってからはとにかくラク。お金も時間もかからないし、こげ茶の服もまた着られるようになったわ」
取材当日、パロルのドアを開けて立っていた桜井さんは濃い紫色のワンピース姿でした。お店ではいつもエプロンにパンツだから、出かけるときはスカートを履くよう決めているのだとか。
今の自分に似合う服を楽しんでいる、その様子がなんともチャーミングに映りました。
年齢や時代の変化にあらがわない
白髪はおしゃれなひとつの選択肢。桜井さんの装いに少しの変化が起こったことからも、そんなふうに感じられます。
桜井さん:
「さいきんはシルバーヘアって言って、白髪に染める人もいるでしょう。ブームみたいになってるものね。
電車で知らない人から『きれいな白髪ですね』なんて声をかけられたときもあるの。
私は小さなきっかけで白髪になったけれど、こうして年齢を受け入れて居直るって、ラクなのよ」
以前桜井さんにお話を伺った特集「チカラの抜き方」で、キーワードになっていた “居直る” こと。
姿勢を正す、急に態度を変えるといった一般的な意味合いではなく、年齢を重ねたからこそ行き着いた自分にも人にも正直なあり方です。
60歳を越えてしばらくした頃。桜井さんは白髪をすんなり受け入れた他、お店やお客さんとの向き合い方も心地よさに重点を置く形へと徐々にシフトしてきました。
訪れるたびに新しいメニューがあるよりも、長く愛されている味をていねいにこしらえて提供する。
疲れをひきずって毎日お店を開けるよりも、週4日、元気な顔でお客さんを迎える。
そうやって作り上げた空間には、いつ来てもとびきり楽しそうな声が響いています。
桜井さん:
「私だって昔は几帳面で、物を置くときなんか角を揃えておきたかったんだけど、この年齢になるとそういうの疲れるし、いい塩梅で気にならなくなるのよ。
なんでもパーフェクトにはできなくなるけど、それもまあいっかって。
自分がいらいらするなら揃えたらいいし、疲れるならやめちゃえばいい」
桜井さん:
「白髪だって、カラーリングしてみたり、やっぱり疲れちゃったり、全然パーフェクトじゃなかった。
人生なんて選択の繰り返しで作られてるものでしょう。だからなにがいい悪いじゃなくて、自分の満足度で決めていけばいいって私は思うのよ」
自分自身の本質的な幸せに軸足を置くこと
年齢にあらがわず、自分の満足度で選ぶこと
今回の取材を通して “なにが自分の心を満たすのか” その判断軸で人生のあらゆる選択の場面と向き合う大切さを教わりました。
きれいな白髪姿もその選択のひとつなのかもしれない。
晴れやかな笑顔で送り出してくれた二人の女性を思い出して、そんな思いが巡ります。
「今日の髪型、いいかんじ」
朝、鏡に映る自分を見てそう思えると、一日中晴れやかに過ごせるくらい、髪型は私たちの気持ちの近いところにあるもの。
白髪(はくはつ)に踏み切れないでいる今の母も、きっとそれは変わらないはずです。
それに、何十年も家事や育児に奮闘してきたからこそある今の姿は、娘の目にはとても誇らしく映っています。
ロングヘアを楽しんでいた頃のように、ひとつのヘアスタイルとして、白髪を選べたら。
今回出会ったすてきな女性たちに母や未来の自分を重ねて、私まで心が軽くなったように感じています。
(おわり)
【写真】鍵岡龍門
もくじ
桜井莞子(さくらい・えみこ)
東京・青山「のみやパロル」店主。デザイン会社などを経て、1988年にケータリングの会社を設立。1994年、西麻布に最初のお店をオープンする。その後、2004年に伊豆高原に拠点を移し、料理教室をはじめるが、2014年、71歳の時に再び「のみやパロル」を開く。
桜井さんの密着ドキュメンタリー映像もご覧ください。
*スマートフォンでご視聴の場合、再生後、縦向きのまま、右下の全画面表示を押してご覧ください。
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