【40歳の、前とあと】第3話:欲しいのは「評価」じゃなかった。42歳の出産で変わった、幸せの視点
ライター 一田憲子
連載「40歳の、前とあと」第6回は、音楽家でアコーディオニストの良原リエさんにお話を伺っています。
第1話、第2話では、音楽、英語、料理、DIYと、その時々で自分が「できること」と見つけ、夢中に取り組んできた良原さんの歩みについて伺いました。
ひとつに絞らなくてもいいんだ!
良原さんが、40歳を前にふつふつと心に湧き上がってきたのが、「あれこれ手を出し過ぎて、人生が散漫なんじゃないか?」「ひとつのことに集中できない自分が後ろめたくて、恥ずかしい」という思いだったのだと言います。
良原さん:
「フランスに新しいCDのプロモーションに行ったとき、CDをイメージして写真を撮って、ポストカードにして持っていったんです。それを見せたら『写真もやるの? 音楽も写真もできるなんてすごい!』と言ってくれて……。
その時初めて『あ、ふたつやっていいんだ!』って思えたんです。日本だと、ひとつのことに集中し、ひとつのことに長けているのがよし、とされるじゃないですか?
自分がそうではないことに後ろめたさがあったんです。でも、『ひとつのことをするために、ふたつの表現でやっているなんてすごいね』と言ってもらえて、そんな見方があったんだ、と思えたんですよね」
▲洋服をリメイクしたりと、すぐにミシンが踏めるよう、ダイニングの片隅にソーイングコーナーを
今までの経験は、「子育て」のためだったのかもしれない
もうひとつ、リエさんの心の支えとなった友達の言葉がありました。
良原さん:
「友達が、趣味で手がけていた占いで、こんな風に言ってくれたんです。
『今、いろんなことに興味が広がり過ぎて、そんな自分が嫌になっているかもしれないけれど、気にせず、好きなだけやった方がいい。42歳になった時、それまでやってきたことがひとつになって辻褄が合う。そのあとは末広がりだから。あなたの人生は80代が全盛です』
その言葉を大切にしながら、時々不安になったけれど、『大丈夫、42歳で辻褄があうから』って自分に言い聞かせて……」
そして、リエさんは42歳で出産。すると、「あ、これだ!」と思ったのだと言います。
▲友人の大工さんにお願いした小屋。ペイントして庭の片隅に息子さんのための秘密基地を
良原さん:
「それまで、『辻褄が合う』って言われていたのは、仕事のことだろうと思っていたんです。仕事で認められて、私はもっと売れちゃうかもしれない(笑)って密かに期待していたんですけど、42歳になってもあんまり変わっていなくて……。
そうしたら、ある日ハッと気づいたんです。今までやってきたことすべてが、子育てに役立っているじゃない!って。子供を育てることに、料理も庭仕事も写真も音楽も、今まで学んできたことすべてが生かされていたんです」
なんとなんと!意外な結末に「え、そこ?」と驚いてしまいました。
今までやってきたことすべてが実を結び、辻褄が合う。その答えが子育てだったとは!
正直に告白するならば、私はちょっと物足りなさを覚えたのでした。だって、あんなにもリエさんがいろんなことに夢中になって、眠らないで努力して、挫折して、それでもと立ち上がって……。それが実を結ぶとするなら、もっと華々しい「成功」というものを期待していましたから。
そんな私の無言の想いを察したかのように、リエさんはこう語ってくれました。
欲しいのは評価ではなかった
良原さん:
「子育てをしながら、自分が今までやってきたすべてが役に立っているなあと、日々実感していたら、『どうせやるならもうちょっと有名になりたい』とか『両親が理解できるぐらいの仕事の功績を残したい』といった欲が、不思議となくなっていったんです。
私はたぶん、今までトライしてきたことを役立てたかったのだと思います。ずっとそれは「評価される」ことだと思ってきたけれど、どうやら違うらしい、と気づいたんですよね。
今、子育てをしていたら、誰かに評価されなくても、確実に役に立っている、と実感できますから」
ここが、リエさんの「40歳の、前とあと」でいちばん変わった視点でした。
「散漫でいいじゃん、それがお母さんなんだし」と教えてもらって
良原さん:
「『いっぱい勉強して、いっぱい努力した。だから私を評価して!』というのが40歳よりまえ。
やってきたことを、『こんなことできるよ』『こんなのどう?』と差し出したら、『わ〜っ!』と喜んでくれる人=息子がそこにいる。それで満足できる、評価はいらないや、っていうのが40歳より後でした。
子供ってね、親のことが100%好きなんですよ。いや、200%、500%かもしれない。それぐらい息子は私のことが大好きなんです。
そして、私が与えたものを、それ以上の大きな愛で返してくれる。だから、評価されていない、なんて全く感じなくなったし、逆にこんな私を無条件に愛してくれるなんて、過大評価だと思えるぐらいなんです」
離乳食も、アレルギーを持つ息子さんが食べられるレシピを考えることも、大好きな料理のおかげで楽しく取り組めたそう。庭仕事の経験から、子供目線で一緒に草花を楽しみ、たくさんの質問にも答えられます。子供服やおもちゃ作りに手作り欲を爆発させたら、『たのしい手づくり子そだて』(アノニマ出版)にも繋がりました。ふと気づくと、取り組んできたことの全てが子育てに役立っていたのだといいます。
▲リメイクで作る子供服や、遊び方の工夫などをぎゅっとまとめた著書『たのしい手づくり子そだて』(アノニマ・スタジオ)
良原さん:
「自分が作ったものを息子にダイレクトに手渡すことができ、息子はダイレクトに評価を返してくれる。ものすごい充実感と満足感を与えてもらいました。
そんな日々を過ごしていたら、いつの間にか、散漫であることの後ろめたさや恥ずかしさが消えてなくなっていました。『売れないと』とか『結果を残さないと』という焦りのようなものも、どうでもよくなって、ただ好きなことに邁進していれば大丈夫、という気持ちに変わってきたんです。
不思議なんですが、そういったネガティブな思考がなくなったら、こちらが一生懸命アピールしなくても、仕事が向こうからやってくるようになりました。
息子は、私の散漫を全て受け止め、それを愛で返してくれるだけでなく、『散漫でいいじゃん、それがお母さんなんだし』と教えてくれた気がします。友達の占いによると、これから私は末広がりで、80代が全盛なはずなので、面白いおばあさんになれるよう、ますます毎日を楽しめたらいいなと思います」
大切なのは、何を成し遂げたかだけじゃない
リエさんは、いつ会っても明るくて、ニコニコ笑って、おおらかで、太陽のような人です。でも、きっととても柔らかな心の持ち主で、どこか傷つきやすい脆さも持っている……。そんな風に感じました。
だから、不器用に、迷いながら、惑いながらしか進めなかったのかも。私も、「ガハハ」と笑いながら、実は「気にしい」のところがあるので、いつも心おだやかに過ごせる場所を求めてきたような気がします。そして、リエさんにとってそんな「場」が、どんな自分でも受け止めてくれる息子さんと過ごすひと時にあった……。
同じフリーランスで仕事をする者同士として、お話を聞きながら、ついリエさんの仕事人としての「サクセスストーリー」を聞きたくなったけれど、最後にたどり着いたのが「子育て」だった、という結論がやっとストンと胸に落ちました。
何を成し遂げたか、だけが大事なわけじゃない。結果が出なくても、今の自分を丸ごと愛してくれる人がいればきっと幸せになれる……。
何かを成し遂げなくちゃと焦るより、周りの人をホッと安心させられれば、それでいいのかも。リエさんの長い物語が、そう教えてくれたようでした。
(おわり)
【写真】鍵岡龍門
もくじ
良原リエ
音楽家。アコーディオニスト、トイピアニスト。トイ楽器奏者として、映画「ターシャチューダー 静かな水の物語」をはじめ、TV、アニメ、CM、ミュージカルなどの演奏、制作に関わる。著書に「たのしい手づくり子そだて」(アノニマ・スタジオ)「トイ楽器の本」( DU BOOKS)など。Instagramのアカウントは『@rieaccordion』 http://tricolife.com/
ライター 一田憲子
編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り、著名人から一般人まで、多くの取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/
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