【40歳の、前とあと】第2話:40歳になって、自分が「できたこと」をポケットから出してみた

ライター 一田憲子

連載「40歳の、前とあと」第6回は、音楽家の良原リエさんにお話を伺っています。

第1話では、音楽家になる以前の、自分の道を探し、見つけては、手放して……という若い頃のお話を伺いました。

 

「普通すぎるんだよ、君たち」と言われた日

音楽家としてのチャンスは、突然訪れたのだと言います。大学4年生の時にメジャーデビュー。

良原さん:
「私、演奏は下手だったんですけど、作曲だったら頑張れるかな?と思って、自分が作った曲をバンドで演奏したデモテープを色々なプロデューサーに勝手に送っていたんです。そうしたら、ある人が気に入ってくださって。それがレコード会社に渡り、アレヨアレヨという間にデビューすることになりました。

20代の頃は、レコード会社の力で、テレビやラジオに色々出演させていただいたんですが、やっぱりダメなんですよね……。

例えばテレビなら、ちょっとした質問に対して、すっごく面白い一言を返さなくちゃ、誰の印象にも残らない……。でもそういうことが全然できなくて。私ってなんてテレビに向いていないんだろう、と思い知りました。

色々なところで『普通だね』って言われました。夜中の音楽番組では、『もっと面白い話ないの? 普通すぎるんだよ、君たち!』って番組のディレクターさんに言われてしまって」

▲20歳の頃のレコーディング風景

やがてバブルの崩壊とともにレコード会社が倒産。契約は終了し、バンドは解散。そこから、しばらくはアルバイト生活を続けていたそうです.

 

「私はこんなことができます」と声に出すことが大事

良原さん:
「英語教育の経験を生かして塾の先生になったら、そこそこ儲かってしまって(笑)授業が生徒さんたちに受けるんですよね〜。

でも社員さんにとっては面白くなかったようで、いじめられることもありました。カリキュラムを自分が必要と思うところだけを勝手に選んでやっていて、実際に成績が上がるんですが『ちゃんと規定の通りやってください』と怒られて。

仕事は楽しかったんですが、結果を出しても叱られる……。そんな状況の中で、精神的なストレスから声が出なくなってしまったんです。いろんな病院で診てもらったけれど、原因がわからなくて。そうしたら同僚の先生に『それはきっとストレスですよ。辞めたら治るんじゃないですか?』と言われて、辞めたら本当にしばらくして声が出るようになったんです」

一方で、ライブ活動も続けていました。そして、20代半ばに本格的にやろうと決めたのがアコーディオンです。

良原さん:
「デビューした後、ずっとキーボード担当だったんですけど、その頃はキーボードを何台も使うのが主流だったので、それを全部自分で揃えるのはすごくお金がかかったんです。

ある日、仕事を終えて自分の部屋に戻ったら、電気をつけっぱなしだったみたいで、キーボードの電気だけがピカピカ光っていました。ああ、私って電気がないと音楽ができないんだなあとその時実感しました。でも、アコーディオンなら電気なしで、これ一台あれば演奏できる。すごい!って思っちゃったんですよね。結局、解散した時に、キーボードを全部売って、これからはアコーディオンでいこうと決めました」

その後、新たなレコード会社と契約。CDを出し、再度解散。端からみればジェットコースターのように上ったり下ったりでハラハラしますが、ご自身は、2度違う現場で音楽づくりを経験したことがその後の仕事にとても役に立ったそうです。30歳ぐらいになると、だんだんサポートの仕事をもらえるようになりました。シンガーの後ろで演奏をする仕事です。

良原さん:
「なぜかコーラスの仕事が来たんです。全然やったことなかったんですが『できます!』って言って、一生懸命練習しました。

それで、仕事に入った時『アコーディオンも持ってるんです』ってちょっぴり営業したりして……。『じゃあ、何曲か弾いてみる?』と、サポートのバンドの中でアコーディオンを弾き始めました。

仕事をいただいただけで嬉しくて、私を呼んでよかったと思ってもらえるように、自分ができることを考えて頑張りました」

こうして、30歳を過ぎて、ようやく音楽の仕事が起動にのってきました。仕事の一方、ライブを企画したり、アルバムを自主制作したり。すると、ライブやアルバムを聴いてくれた人が「今度一緒にやらない?」と声をかけてくれ、どんどん仕事が広がっていったそう。

良原さん:
「自分はこんなことができますよ、って作品を作ることは、とても大事だと思いましたね」

だんだん仕事が増えて毎日はどんどん忙しくなりました。この頃からトイピアノやトイ楽器を買い集めるように。今では、トイ楽器の収集家としても知られています。

さらに、料理やDIYにもパワー全開!夫婦二人で食べるには飽き足らなくて、頻繁にたくさんの友人たちを家に招き、あれこれ料理を作ってふるまって。家に手を加えることも大好きで、ペンキを塗ったり、家具を手作りしたり。

 

40歳になって、自分が「できたこと」をポケットから出して並べてみた

▲40歳になる少し前。頻繁に自宅に人を招いていた頃

良原さん:
「どれもが楽し過ぎて、寝る暇がなくなっちゃったんです(笑)ちょうど40歳を目前にして、子供を授かっていない焦りから、病院にも通い始めていました。本当はゆったりした生活を送ることがまず第一だったはずなんですけど、全然できなくて」

すると、40歳ころ過労で倒れ、入院してしまったそう。やっとペースダウンして、自分の生活を見直したのだと言います。

良原さん:
「これではいけないと思って。自分が本当は何をしたいのかをじっくり考えました。仕事を少しセーブして、病院にも通えるように時間を確保しました。そして、夫と2人の時間をもっと取ろうと思って。それまで、自分のやりたいことばかりを優先していて、家族のための時間はちゃんと作っていなかったなあと反省したんです」

リエさんはミュージシャンの夫とともにアルバムを制作。海外の憧れだったレーベルからリリースすることができました。

すると、ヨーロッパでの評判が特によく、このアルバムをきっかけに知り合った人とコンタクトを取って、イギリス、スウェーデン、オランダ、ドイツ、ベルギー、ブルガルアと、海外ツアーも実現させました。

▲ライブ活動が忙しさを極めていた30代後半から40歳頃

自分のペースを取り戻したこの頃、気づいたことがありました。それは、やりたいと思ったことは、全部実現できた、ということ。

良原さん:
「そう、忙し過ぎて、自分が何ができていて、何ができていないのか、それさえわからないまま突っ走っていました。

自分がポケットに入れたものを、全部出して並べてみたら、意外に『できた』ことが多くてびっくり!私って、そんなに目標が高くないので、自分ができる範囲の目標設定しかしていなかったんです。

自分でアルバムをプロデュースし、好きなレーベルからリリースする、という夢も、海外でリリースする、演奏することも、ぜ〜んぶ叶っていた……」

 

人生が散漫、という後ろめたさを感じながら

良原さんは、40歳という節目の年齢を、「実りの季節」として迎えたよう。でも一方でこうも語ります。

良原さん:
「いろいろやってきて楽しかったんですけど、すべてが散漫で、そのことがコンプレックスでした。たいしてアコーディオンも上手くないのに、トイピアノに気持ちが惹かれたり。かと思えば、料理に夢中になったり、庭にお金をかけたり、一眼レフを買って写真にはまってみたり、本当に人生が散漫で……。

ある程度はできるけれど、どれも突出していないんじゃないかって、散漫な自分に後ろめたさや恥ずかしさもあったんです」

あれこれ、「自分ができること」を増やしていった結果、「これ」という一つが決まらない。そう思っている人も多いのではないでしょうか? 自分の個性って何? 特技って何? ひとつに決めて力を注ぎたいのに、その「ひとつ」がわからない……。

最終回は、40歳を過ぎて、やっとたどり着いた良原さんの「たったひとつ」について伺います。

(つづく)

 

【写真】鍵岡龍門


もくじ

 

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良原リエ

音楽家。アコーディオニスト、トイピアニスト。トイ楽器奏者として、映画「ターシャチューダー 静かな水の物語」をはじめ、TV、アニメ、CM、ミュージカルなどの演奏、制作に関わる。著書に「たのしい手づくり子そだて」(アノニマ・スタジオ)「トイ楽器の本」( DU BOOKS)など。Instagramのアカウントは『@rieaccordion』 http://tricolife.com/

 

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ライター 一田憲子

編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り、著名人から一般人まで、多くの取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/


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