【かぞくの食卓 -table talk-】第3話:不満をほどいて、楽しいほうへ。はらぺこめがねさんのスパイスカレー

【かぞくの食卓 -table talk-】第3話:不満をほどいて、楽しいほうへ。はらぺこめがねさんのスパイスカレー

ライター 徳 瑠里香

頭に「やるべき」ToDoを詰め込みすぎてしまうと、楽しむことをつい忘れてしまいます。

例えば食べることだって。栄養バランスや時間を気にしていると、義務や我慢が生じてしまいがち。そんなとき、はらぺこめがねさんの絵本をめくると「食べるって楽しい」という気持ちがお腹の底からむくむくと湧いてくるのです。

​​誰と、何を食べて、どう生きるのか。ある日の食卓から、家族のものがたりを辿っていく連載「かぞくの食卓-table talk-」。家族の日常のレシピも教わります。

第3話は、夫婦イラストユニット・はらぺこめがねの原田しんやさんと関かおりさんの食卓を訪ねました。


献立に迷わない。食材ありきの料理

都内の駅近に佇む昭和のアパートのような一軒家。使い込まれた古道具と絵の具、窓辺で陽を浴びるみかんの皮。やさしく弾む音楽。

ここは、はらぺこめがねさんのアトリエ兼住まい。11時半を過ぎた頃。メールの返信や事務作業を終えた原田さんが昼食をつくり始めました。

原田さん:
「お昼は大体スパゲッティかカレー。あとは味噌汁とぬか漬けですね。どんな食材も受け止めてくれる懐の深さがあるので。毎回献立を考えるのは面倒ですし。安くておいしい旬の食材があれば、毎日食べても飽きません」

週2回ほど近所の八百屋と肉屋へ。旅行も兼ねた出張先では道の駅に立ち寄って、野菜を中心に旬の食材を調達します。

原田さん:
「八百屋には旬なものしかないので迷わないんです。献立を考えてスーパーに行くのではなく、買った食材に合わせて料理をするようになりました。出たとこ勝負で、レシピは見ずに自分の食べたい感覚に沿って、手を動かしています」

面倒だと思って避けていたスパイスカレーは、友人が調理しているのを見て、試してみたら意外に簡単でレパートリーに加わったのだとか。副菜にはぬか漬けの千切りを添えて。

▲友人から譲り受けた大切な糠床

香ばしい匂いが充満しお腹が鳴る頃、関さんも仕事の手を止めて台所へ。カレーを盛り付け、ふたり並んで手を合わせます。

「めっちゃおいしい〜!今日も最高ですねえ。けど私のは丸ごとスパイスは少なめでお願いします」とナチュラルに賞賛と希望を伝える関さん。

原田さん:
「僕はスパイスもそのまま食べるけど、かみさんの舌は繊細なんです。おいしく食べてもらいたいから、自分の好みの味というより家族の味ですね」

スパイスを残し、とろろ昆布でパンのようにお皿をきれいにした関さんは洗いものを担当。

「アトリエめし」と呼ぶ、この昼食スタイルをふたりは10年以上続けています。


慣れを疑い、思い込みを溶かす

自分が食べたいものをつくって食べる。食べたくないものは食べない。世間よりも自分の声を聴いて、頭よりも心に沿って、シンプルな選択をする。「アトリエめし」に漂うそんなふたりのスタンスは、娘さんがいるときも変わりません。

原田さん:
「僕らふたりとも朝食は食べないんですが、娘はそうはいかない。何がいい?って聞いても大体同じなんで、最近は毎日、塩胡椒バタートースト。娘は塩胡椒が好きだから。夏はそうめん。夕飯も娘がおいしく食べられる定番メニューを回しています」

関さん:
「娘の好物が中心だと野菜が少なくなりがちですが、そういうときは青のりをバッとかけて野菜としてカウントします。給食も食べていますし、きっと大丈夫」

▲夕食の定番としてまとめた娘さんの好物メモ

とはいえ、すぐに自分たちにとって心地よいあり方を見つけたわけでもなければ、今が着地点だと思っているわけでもないそう。

原田さん:
「僕らは楽しいことを増やすというより、いやなことを減らしていくと、自ずと日常が楽しいことで埋まっていくと思っているんです。慣れや当たり前を常に疑っているのかも」

そんな話をしていたら、ピピッとアラームが鳴り、関さんは近所のコインランドリーへ。

関さん:
「朝が苦手なので、洗濯物を干す時間がプレッシャーになっていて。干すのが当たり前だと思ってたんですけど、すぐ近くにコインランドリーがあるから持っていけばええやんって。ふわっふわっに仕上がるので、幸せな気持ちで迎えに行っています」


不満が膨れあがって弾ける前に

「食べものと人」をテーマに、原田さんが食べものを、関さんが人と背景を描き、ふたりで一つの作品をつくり上げているはらぺこめがねさん。創作と生活、そして子育てをともにしています。

関さん:
「しんやさんははらぺこめがねの隊長で、料理当番。私は子育て隊長で、洗濯当番。なんとなく担当はありつつも、どちらかに比重が傾いていたら、これはちょっとお願いできない?と伝え合っています」

わざわざ伝えるほどでもないし自分がやればいい、と飲み込んでしまいそうな小さなこと──例えば絵本の背景にある人参をどちらが描くか。残ったご飯をどれくらいの量で冷凍するか──もふたりは自然にその都度すり合わせをしています。不満が膨れあがって弾ける前に。

特に創作と子育てのバランスはいつだって難しい。それでもあきらめずに、ひとりではなくふたりともが、楽しめるやり方を探し続けています。

原田さん:
「コロナ禍を経て、1日交代で“ひとり残業デー”を導入したんです。1階のアトリエで家族3人でごはんを食べて、一方は残って絵を描いて、もう一方は2階に上がって、娘をお風呂に入れて寝かしつける。まあちょっと遊んだりもして。これが僕らにとっては革命だったんです」

関さん:
「ひとりで時間を気にせず絵を描ける残業デーはめっちゃ楽しい!その分、子どもと過ごす時間も穏やかな気持ちに。

それでもテンパったときはもやもやを書き出して、しんやさんに見せて相談します。昔はひとりで我慢してたけど、聞いてくれるから我慢しないで伝えればいいんだと思えた。おかげさまでのびのびやらせてもらっています」


隣で楽しそうにしているから

ふたりの出会いは京都の美大。クラスメイトからお付き合いを始め、就職と同時に上京。グラフィックデザイナーとしてそれぞれ会社に勤め、昼夜問わず働いていた頃は「暮らしがなかった」と振り返ります。

関さん:
「満員電車も人付き合いも苦手やし、グラフィックデザインの仕事も向いてなかった。絵を描いて暮らしたいという気持ちが拭えなくて、3年もしないうちに会社を辞めて。似顔絵を描いて、イベントに出店していました」

原田さん:
「隣で楽しそうに絵を描いているかみさんがいて。気づけば僕も会社を辞めて、食べものの絵を描くようになっていました」

机の上にポンと置かれたバナナの皮を描いたときにこれだ!という感覚があったという原田さん。思えば食べることは昔から大好きでした。

原田さん:
「小学生の頃からお腹が空いたら自分で簡単なものをつくってたし、大学で一人暮らしのときも基本自炊。一緒に外食に行って、かみさんが残したものも食べていました。なんなら残す前提で注文時に希望を伝えたりもして」

関さん:
「私は逆に、給食時にいつも泣いている子で、食べることが苦手だった。でも隣でしんやさんがあまりにおいしそうに食べるから。だんだん自分のを食べられるのが悔しくなって(笑)。一緒にいるうちに、食べることが好きになりました」

絵を描くことを楽しむ関さんと、食べることを楽しむ原田さん。互いに影響し合って「ふたりで食べて描く」独自のスタイルが生まれていったのです。

2011年にはらぺこめがねを結成してから、街に繰り出し交流のあった仲間と古い物件を借りて、3畳ほどのアトリエを構えます。その廊下でカセットコンロに小さな雪平鍋を置いて、袋麺や缶詰を温めて食べていたのが「アトリエめし」のはじまり。

原田さん:
「お金はなかったけど、時間はたっぷりあって。ないならないなりに工夫して、自分たちで手を動かし絵本をつくり、暮らしを取り戻していった。ちょっと今、詰め込みすぎているので、あの頃に憧れる自分がいますね」


ともに、楽しいほうをまなざして

ふたりはきっとこれからも小さな違和感や不満をないがしろにせず、すり合わせと改善を重ねていくのでしょう。気負わず、流れるように。

原田さん:
「できるだけ自然体で過ごせる状態を目指してはいますね。我慢も不満も多少はあるけど、すぐに解決できなくても良くしていく方法はその都度考える。どっちが掃除機をかけるかとか、そんなことも、変わっていくことを前提に」

関さん:
「おじいちゃんとおばあちゃんになるまで、一緒に楽しくやっていくことだけは決めているから。不満を相手にぶつけるというより、家族で過ごす日々をどうしていくかに自然と目が向くのかも。

テーブルで卓球したり、日本全国の伝統食を取り寄せて食べる会をしたり。昔から気の合う友だちみたいな感覚なんです。一緒に遊んで、食べて、描いて、暮らしています」

ともに生きること、変わっていくことを前提に、不満を伝えプレッシャーを手放す。そうして生まれた余白に、楽しむ気持ちや遊びが舞い込んでくるのでしょう。

世間の常識をベースに“ちゃんと”することより、自分たちの心地よさを土台に“楽しい”ほうをまなざす。おおげさなことじゃなく、ほんの小さなことから見直していけばいいのかもしれません。ひとりではできなくてもふたりで、家族と分かち合いながら。

楽しむ気持ちがしぼんでしまったら、はらぺこめがねさんの絵本を開こうと思います。楽しむ人が隣にいれば、つられて楽しむ気持ちが膨らんでいくはずだから。


鍋に引いた菜種油に数種類のホールスパイスの香りをうつし、あらみじんにした赤玉ねぎを炒め、ショウガとニンニクをすり下ろす。数種類のパウダースパイスを加え、ざく切りにしたトマト、ぶつ切りにした鶏肉、細かく刻んだほうれん草、水を加えて煮込む。ヨーグルト大さじ2を加え、塩で味をととのえて完成。ライスにかけて、副菜を添えて。

原田さん:
「飴色になるまで玉ねぎを炒めなくても大丈夫。ホールスパイスは、クミン、カルダモン、クローブなど。パウダーはコリアンダー、ターメリック、チリなど。お好きなものを適当に炒めて煮込めば、どんな食材でもおいしいカレーになります。塩の加減が重要です」


photo:井手勇貴

はらぺこめがね

徳島県生まれの原田しんや、大阪府生まれの関かおりによる夫婦イラストユニット。ともに2005年、京都精華大学デザイン学科VCD卒業後、グラフィックデザイナーを経て、イラストレーターとして独立。2011年、イラストユニットはらぺこめがねを結成。2012年に『フルーツポンチ』(ニジノ絵本屋)で絵本作家デビュー。「食べものと人」をテーマに、絵本や挿絵、ワークショップ講師など、幅広く活動している。山のフルコース』(小学館)第74回小学館児童出版文化賞、『おにぎり ぱく!』(白水社)MOE絵本屋さん大賞2025年ファーストブック賞第1位、ほか受賞多数。

インスタグラム:@harapekomegane_shinya

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