【フィットするしごと】前編:夢の在りかはたまたまインド。「ハンカチを縫う」から始めたビジネス(nimai-nitai・廣中桃子さん)
ライター 小野民
不定期連載「フィットするしごと」が始まります。
「北欧、暮らしの道具店」を営むクラシコムのコーポレートメディア「クラシコムジャーナル」で続けてきたビジネスや働き方にフォーカスしたインタビュー記事を「北欧、暮らしの道具店」でも連載することになりました。
暮らしと仕事は地続きのもの。「フィットする暮らし、つくろう」と並列に、「フィットするしごと、考えよう」という気持ちで、不定期で仕事にかんするインタビューをしていきます。
「nimai-nitai」廣中桃子さんに会いに行きました。
「北欧、暮らしの道具店」では初回となる「フィットするしごと」に登場していただくのは、アパレルブランドnimai-nitaiの廣中桃子さん。インドの手仕事で洋服や雑貨を制作し、日本で販売しています。
数年前、私がこのブランドを知ったときには商品はハンカチだけ。それでも美しい布に惹かれましたが、いまや魅力的な洋服がずらりとラインナップされ、コレクションごとにチェックを欠かさないようになりました。
「居場所」と感じたインドの貧しい村で、たったひとりでビジネスを立ち上げた廣中さん。インドと日本を行き来しながらいきいきと働く、その原動力はどこからくるのでしょうか。
東鎌倉の東慶寺で行われていた展示会にお邪魔して、お話をうかがいました。
荒んだ高校時代。欲しかったのは、エネルギーの行く先だった。
──インド最貧困の地域で服を作り、日本で販売する。敷かれたレールの上を進んでいたなら決して通らない道だと思うんです。なぜ、このような仕事に行き着いたのですか。
廣中さん:
「うちは父が日本画家、母は元テキスタイルデザイナー、姉も美術関係の仕事をしています。だから中学生の頃から、高校の進路も美術方面に進みたいと漠然と思っていました。ところが、家族や先生からも、『美術関係は食べていけないので美術方面に絞らない方が良い』と言われ、自暴自棄になってしまったんです。
金髪に染めたり、授業中にメイクをして居眠りをしたり、禁止されていた携帯をテスト中に持ち込んで停学になったこともあって、本当にやりたい放題でしたね。2年間くらいは、ただただ遊んでたんですが、それでも心は全然満足しなかったんです」
──「美術の仕事」といってもいろいろありますが、具体的になにかなりたいものがあったのですか。
廣中さん:
「それが、具体的になにかあったわけじゃないんです(笑)。だからこそ、ただ『閉ざされた』という感触だけがあったんです。
すごく不真面目な高校生活だったんですが、政治経済の先生が厳しくて、それはちゃんと聞いてたんです。そこでアフガニスタンの紛争を知ってから、国際協力に興味が出てきました」
──高校卒業後の進路はどうしたのですか。
廣中さん:
「大学で法律を勉強して、難民の問題を解決する国際弁護士に憧れていました。でも、法律事務所でアルバイトをしたら、私が想像していた仕事とは違う気がしてしまって、法科大学院に行くのはやめました。
大学時代には、フィリピンのスラムをサポートするボランティアをして、卒業間際にはマザーテレサの施設に行こうと1ヶ月間インドに行きました。そこで出合ったブッダガヤのことが忘れられなかったんです。
新卒で入った会社は1年でやめて、京都に本社を構えてフェアトレード*商品を扱うシサム工房という会社が求人していたのを見つけて再就職。そこで、インドやネパールで商品を作って、日本で販売するビジネスに興味を持っていきました。
*フェアトレード:途上国の製品や原料を適正な価格で継続的に取引することにより、生産者や労働者の生活改善と自立を目指す貿易のしくみ。
──シサム工房にはどのくらい勤めていたのですか。
廣中さん:
「4年間働かせていただきました。後半2年間は店長をやっていたので、出張について行かせてもらって生産現場のマネージメントを勉強させてもらえたのもいい経験でした。ここで勉強させてもらえたことが、今の仕事のベースとなっています」
廣中さん:
「大学生の頃、初めて訪れたブッダガヤは、物乞いの子どもがたくさんいるような状況でした。
私が出会ったのは、日本でいえば児童養護施設のようなところの子どもたちで、すごくかわいかったんです。日本には私の居場所がないと感じていたから、やっと居場所を見つけたような気持ちになって。毎年足を運んでいたら、現地の女性たちと関係が少しずつできていきました」
──かかわり続けたんですね。具体的には向こうで何をしていたんですか。
廣中さん:
「会社法人にする前は、10日間の有給を使って、まずは首都デリーで生地を何百メートルか買ってそれをブッダガヤに持って行っていました。ブッダガヤで何かするなら、カディという手織りの布を使ってなにかしたいとずっと考えていたんです。風合いがよくて、すばらしい生地なんですよ。
──私もカディのストールを持っていますが、本当に肌触りがよくて、初めて生地が好きという感覚になりました。
廣中さん :
「カディを持って、列車でブッダガヤに移動して、ストールとかハンカチとかわりと単純なものを作っていましたね。でも、たったの10日間ではみんなの名前も覚えられないし、これはいつかは起業しないといけないと考えるようになったのです。その頃、2010年にちょうど京都でビジネスプランコンテストがあって、起業支援金を250万円いただけて、それで起業できたんです。
2012年に会社法人にして独立してから、村に長期滞在してからがとにかく大変でした(笑)」
「支援」はできても、「仕事」にするのは難しい
廣中さん:
「会社を設立してから3年間は、1年のうち半分はブッダガヤに滞在していたんですが、まあそれが、洋裁のことを知らなかったからできたんだと今振り返ると思います。『ノウハウを知っている人なら、絶対ここでやろうと思わない』と、現地を訪ねてくれた洋裁経験のある友人に言われました」
──洋服作りに知見があるからこそ、その分野でフェアトレードをと考えたのだと思っていました。
廣中さん:
「小さな頃から服は大好きで、自分の服を作るぐらいの経験はありましたが、前職の出張で見させてもらったぐらいで、仕事になるレベルの知識は皆無でした。
ブッダガヤで私と働いてくれた子たちは、14歳から16歳ぐらいの女性が多く、家計を支えるため、もしくは自らの結婚資金を貯めるために働きに来ている女性がほとんどでした。
インドの農村部では、ダウリーと呼ばれる持参金制度があり、結婚するためには両家で決められたお金を用意しなくてはなりません。
男性側の家から指定された家財や電化製品、装飾品などを揃えてようやく結婚が実行されるため、女性側の家族は、数年かけて持参金を用意する必要があり、インドの村では女の子が生まれることを望まない家族も多いと聞きます」
廣中さん:
「日本で言う義務教育を終えてから、家事の手伝いをしながら、洋裁で少しづつでもお金を貯めるために働きたいという女性が本当にたくさんいるんです。
3年間は、そういった女性たちに午前中はインドで役立つ洋裁の技術を教えながら、午後はnimai-nitaiの商品を作り収入につながるようなサイクルでやっていました。
ブッダガヤって仏教の聖地だから、世界中から仏教徒の人がやって来るんです。日本人が特に多くて、今は治安が悪く日本人はほとんどいないのですが、20年ほど前は日本の寄付金や施しで村人たちがやりくりしていたと聞いたこともあります。だから、日本人の女の子が来て裁縫を教えて商品を作ると聞いたら、口コミでぶわーっと人が集まっちゃったんです。『お金もらえるよ』って。
一時はひと部屋に部屋に入りきらないぐらいやってきてしまって、生地も洋裁道具もぐちゃぐちゃになっちゃうぐらい。私も最初は『助けたい』という気持ちだけでやっていたから、品質に関係なく、公務員の先生がもらえるぐらいの相場で一律で渡しちゃったんです。だから、品質も一向に上がりませんでした。
起業してからは、一律の給料制では上手くいかないことがわかっていたので、出来高制にしたとたん、みんな目の色が変わり、すごく伸びていきました」
廣中さん:
「これは最初のティッシュケースですが、Aは日本でちゃんとした価格で売れて、Bはちょっと品質は悪いけど売れないことはない、CはB品という具合です。
商品を作り始めた当初は品質が追いつかない部分もありましたが、いい生地を仕入れていたからなんとか売れて、プラスマイナス0くらいにはなっていました。そのタイミングで、大阪の人材派遣会社さんが寄付してくださって、50人くらいが同時に働けるセンターが建ったんです。でも、ビジネスということを考えると、小物だけだと食べていけない。そこで、パターンを考えられる友人を呼んで、直接指導してもらい、スカートやサルエルパンツを作るようになりました。
村では工業用のミシンは使わず、足踏みミシンを使います。足踏みミシンでできる範囲のパターンで、4型くらいから始まったんです。
*****
後編「日本とインドのあいだで、ともに働く、仕事を作る」では、インドと日本、全く異なる国でのビジネスのこと、廣中さんがアパレルの世界から見る世界のこれからについてうかがいます。
(つづく)
【写真】鈴木静華
もくじ
第1話
夢の在りかはたまたまインド。「ハンカチを縫う」から始めたビジネス
廣中桃子
ライター 小野民
編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。
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