【フィットするしごと】後編:日本とインドのあいだで、ともに働く、仕事を作る(nimai-nitai・廣中桃子さん)
ライター 小野民
不定期連載「フィットするしごと」。インドの手仕事で作るアパレルブランド「nimai-nitai」の廣中桃子さんにお話をうかがっています。
ビジネスの出発点についてうかがった前編に続き、後編では現在インドと日本を行き来しながらビジネスをして思うこと、これからの仕事や働き方についてうかがいました。
インドでのビジネスは、ドタバタが平常運転
──廣中さんはインドと日本を行き来しているから、現地で協力してくれる体制がないと難しそうです。
廣中さん:
「最初にできたソーイングセンターは、子どものために活動しているNPOの人たちと一緒にやっていました。大変なりに2〜3年かけて女性たちの技術も向上していったんです。
ところが、2015年に、このセンターに足踏みミシンから工業用JUKIミシンに入れ替えて、工場のようにするための大きな資本を導入する話が持ち上がりました。
設備を整えれば、確かに作れるスピードや量は変わりますが、故障した時の修理のことなどさまざまな懸念があったんです。それに、女性たちがまだまだ『仕事』という意識で取り組めていないように感じていたので、このタイミングで環境だけが整うことがいいことだと思えず私は反対していました。
それに、将来的なセンターの運営について現地のNGOとどうしても噛み合わない部分が出てきてしまい、私は撤退することになりました」
廣中さん:
「いつかは寄付や支援に頼らず、私のブランド相手ではなく他からもオーダーをもらえるような自立を願っていましたが、そういう土壌を育てるのは、すごく根気と時間がかかること。
ブッダガヤの成り立ちが、『聖地』である以上、外国の資金を当てにして成り立つのは当然で、『自立心』は夢の話だと、この土地を研究している方に言われたこともあります」
──撤退すると決まって、どうしたのですか。
廣中さん:
「すぐに一度デリーに戻り、知り合いのプロのテーラーさんに電話してデリーの工房となる場所を借り、洋服の生産ができる体制を整えました。場所を探して生産ラインを整えるまでの間、10日間ぐらいだったでしょうか。激動でしたね」
──10日間!あっという間の出来事ですね。そもそも、デリーとブッダガヤはどのくらい離れているのですか。
廣中さん:
「寝台列車で昼の4時に出て、朝の4時に着く列車があるので、12時間くらいですね。インドの感覚でいえば、近いんですよ。
その後ブッダガヤに戻り、ブッダガヤでも工房となる場所を探しましたが、これは知り合いの宿の地下にスペースがあり、交渉してすぐ決まりました」
──またブッダガヤも1からのスタートですよね。
廣中さん:
「はい。ただ、働きたい女性はたくさんいるので、メンバーはすぐに集まりました。今は、インドを初めて訪ねた12年前から知っている18歳の女性と、その知り合いのミシン経験者の女性、そしてまた別の村で足に障害を持った男性の1名を、足踏みミシンのチームとして雇っています。
他に、刺し子をする女性15名が働いてくれています。みんな口コミやこれまでの滞在で出会った女性たちばかりです。
刺し子は、家事が多く毎日工房に来れなかったり、ミシンができない女性を対象に、1ヶ月でやりきれる分量を相談して家に持って帰ってもらい、次に訪問した時に品質などを確認してできた分を現金で払っています。出来高制にしているので、金額交渉は壮絶なんですよ(笑)」
自己肯定感と働くことの相関関係
──シンプルに廣中さんのビジネスのかたちを言い表すと、「インドで作ったフェアトレードの服や雑貨を日本で売る」ということになります。どのくらいの規模でビジネスを展開しているのでしょうか。
廣中さん:
「雑貨を入れたらもっと多いですが、ブッダガヤのセンターとデリーの工房を合わせて、服だと1ヶ月で150〜200着作っています。直営店がないので、展示会と委託販売、オンラインショップ、あとは少しだけオーダーを受けて作ることもあります。
規模は小さいけれど、それでも人を雇わないとやっていけないし、意外と日本で人を雇うところで躓いてしまうんです。経営は簡単ではありませんね。
私自身は現場に行っているから、モチベーションも高く保てますが、日本で働くスタッフに現場のイメージを共有するって難しい。フェアトレードのイメージって、言い方が難しいんですが、優しいというかふんわりしているように見られることが多いみたいで。求人に応募してくれる人が求めるものと現実に大きなギャップができることが何度もありました」
──漠然とですが、「いいことをしている」「笑顔の職場」みたいなイメージでしょうか……。
廣中さん:
「そうですね。でも実際の毎日は雑務の積み重ねで、そこに向き合える人は多くないと感じています。
2つの国で働いてみて、日本って豊かだけど、とくに若い子たちが自分に自信がないような印象を受けることがよくあります。逆に、インドでは自己肯定感がすごく高い人たちにたくさん会います」
──インドのことは詳しくありませんが、確かにインド映画を見るとそんな感じがしますし、日本の若者に対する考察には共感するものがあります。理由は思い当たりますか。
廣中さん:
「インドの自己肯定感の高さは、たくさんの家族や近所の人たちの中で育っているのもひとつの理由なのかなと思います。いっぱい褒められ、時には怒られながら育つので、小さい時から自分の存在意義を感じられている気がします。私自身、ブッダガヤの村で生活した時に、物質的には貧しいんだけど、それが必ずしも不幸じゃない実感を持ちました。
インドでのビジネスで大変なことは、お金のこととか、文化の違いとか、オーダーした商品が全然納期に着かないとか、ある意味シンプル。メンタルの問題ではない感じが私にとっては楽なんです。
これからの課題は、日本での仲間を集め、人を育成することです。若い人たちも働ける職場にしていきたいので、どうやって一緒に成長していけるか、そこが私自身の課題であると思っています」
「すてきな服」はきっと世界を変えていく
──数年前に初めてnimai-nitaiを知ったときは、まだ商品はハンカチくらいでしたが、どんどん洋服のラインナップが増えて、展示会に来てみても、欲しくなるものがたくさんあります。
廣中さん:
「ありがとうございます。最初、インドのブロックプリントという木の版で押して染める技法をメインにしていたんですが、自分でパターンが引けないことに限界を感じて、パターンの作り方を教えてくれる先生に事情を説明して、6ヶ月くらいで基礎を詰め込んでもらったんです。
2013年〜2014年はほぼブッダガヤにいたのですが、2015年〜2017年までの日本にいる間に通えるときはその先生のところに通いつめました。
それまでパターンは友人にお願いしていたのですが、自分でパターンを引けるようになったらすごく面白くなってきて、それまでは直線裁ちばかりだったけど、少しカーブするパターンを引いたら、体のラインがすごくきれいに見えたりするんです。
お客さんには年配の人が多いんですが、自分が好きな服を持ってきてくれることもあるので、メモをして服作りに生かしていきました。自分がデザインの見せ方への興味が増しているから、まずはすてきな洋服だと思ってもらって、背景にあるものは後付けで伝わればいいのかな、と考えるようになりました」
手紡ぎが求められる、新しい時代の仕事
──今後の仕事の展開はどう考えていますか。
廣中さん:
「インドのブッダガヤの村を自分の居場所だと思って、『ここで仕事を作るんだ』と志した原点を大事にしたいです。ここ2、3年、インド国内で手紡ぎ・手織りのカディーがすごく普及してきて、紡ぐ人の需要が追いついていないんです。だから、紡ぐ仕事の仕組みを作りたいんです。
カディーの組合がインド中にあるのですが、ビハール州の本部に行って相談したら『女性を25人単位で集めて作業場があれば、糸車は無料で提供するし、トレーナーも派遣する』と。
2年くらいその場所を作る計画を温めていたら、アジアの都市居住問題に取り組んでおられる滋賀県立大学建築学部の川井操先生がnimai-nitaiの展示会に来てくれて、研究の一環として共同で取り組めることになったんです。
ブッダガヤの最も貧しいエリアの村にカディの工房を作るために動き出しています。ちょうどこの11月から建設が始まる予定で、午前午後25名ずつ、50人の仕事を作るプロジェクトです。作業場ができたら、トレーナーさんが教えてくれるし、作った糸はカディ組合が買い取ってくれるので、現地で自立した仕組みになる予定です。
村の人の働く場所を作るんだから、100年続いてほしい。そのためにはまず、しっかりとした建物を作らなくてはいけません。
建物自体にも愛着を持ってほしいから、昔ながらの土造りの工法で壁を作っています。それに、土造りだと灼熱の暑さの中でも、ひんやりと涼しいんですよ」
──カディの国内需要が高いのはどうしてですか。
廣中さん:
「カディはマハトマ・ガンディが、自ら糸を紡ぎ、纏うことを国民に呼びかけ、イギリスの植民地から独立するきっかけとなった歴史的な背景を持つ布です。
ガンジーが残した言葉『カディは単なる布ではなく、精神活動である。カディを失うことは我々のルーツを失うことである』という言葉も有名です。
そのカディを、現在の首相が『カディを着よう』と経済政策として打ち出したことで、一気にカディが普及した気がします。今やインドの多くのアパレルブランドでカディが使われています。
それまではインド国内と海外からの細々とした注文で継続していたカディ産業が、今は60%以上がインド国内の需要で賄われ、2018年は過去最大の売り上げとなったそうです。私たちの生地を作ってくれているカディの職人さんたちも、注文でフル稼働のような状態です。
世界的にも、自然や労働環境に配慮した服づくりが標準になってきていると思います。nimai-nitaiも、そういう動きを後押しするような、顔の見えるものづくりをしていけたらいいなと思っています」
(おわり)
【写真】鈴木静華
もくじ
第1話 夢の在りかはたまたまインド。「ハンカチを縫う」から始めたビジネス
第2話
日本とインドのあいだで、ともに働く、仕事を作る
廣中桃子
ライター 小野民
編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。
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