【フィットするしごと】生命体のようなブランドを、放任しながら育ててみたら(後編)

ライター 小野民

日傘作家のひがしちかさんのインタビュー後編です。

自分のなかの「したいこと」と「できないこと」を天秤にかけて、唯一無二の仕事の道を選んだひがしさん。仕事の内容はもちろん、「働くこと」の違和感や疑問も放っておかずに、しっかり向き合ってきました。

その日々を語っていただいた前編に続いて、後編では、2017年の末に移り住んだ長野の茅野市での暮らし、3人の子育てをしながら働き、思うことなどをお聞きしました。

 

*この記事は、クラシコムジャーナルで公開された記事を一部変更して再掲載しております。

 

「雇う」「雇われる」の違和感から解放されて

▲ひがしさんの撮影した写真のコラージュをプリントした布を使った晴雨兼用の傘

──ブランドを立ち上げてから10年。2017年からは長野の茅野に生活の拠点を移されて変化はありましたか? そもそも、コシラエルはどういうチームワークで成り立っているのでしょう?

ひがし:
実は、ほとんど全部1人でやっているんです。本当によく周りから、「何人いるの?」って言われます(笑)。

──私も、そう思っていました(笑)。ひがしさんは作家さんだし、経営戦略のようなものを立てられる右腕がいると想像していました。

ひがし:
スタッフは私以外に社員が1人いるだけで、その他はみんな友達がアルバイトで来てくれています。モデルさん、お芝居をやってる子、カメラマンが副業として、「ちかちゃん、大変そうだから」ってアルバイトとして手伝ってくれてる。私はとても助かっているし、彼女たちにとってのメリットは、「1ヶ月舞台に集中したい」って時に、休めたり融通がきくところです。

──その働き方もすごくいいですね。

ひがし:
前は、本店にも社員がいたんですよ。全員社員にして保険も整備してきちんとやっていたんですが、社員の「雇われてる」って感じがどうもしっくりこなかった。最初の入り口が違うと、フラットになるのは至難の技です。

雇われているとどうしてもルールを求める。ほんの一例ですが、「半休もらいたいんですけど、どうやって振り替えたらいいですか」ってことが大事なことになってしまう。でも私はそこにはルールはいらないと思っていて、もっと大事なことがある気がしていました。

2人、3人と社員が増えてくると、人を管理する仕事の比重がどうしても大きくなってしまう。私はそういうことにすごく向いていないんです。

──自分が学生時代から「雇われる側」として持っていた違和感を、今度は経営者の視点で見るようになった。それでも、やはり働くってことに対していろんな疑問がわいてきたんですね。

ひがし:
「コシラエルってなんでやりたかったんだっけ?」とそもそものところに戻ったりして。「ただ絵を描きたかっただけだったよな」と。それで、自分が負担に感じる部分は極力手放して、今の体制に落ち着きました。

みんな一生懸命やってくれて、安心して任せられる。私はマイナス思考なんですが、その部分も補ってもらっているような気がします。本当に感謝です。今はちょうど産後というのもありますが、店舗には出なくても全然大丈夫なんです。

──社員は1人だけという状態は、いつ頃からですか?

ひがし:
2017年の暮れに長野に来てからですね。他のことに関しても、支払いなどお金に関することは主人に手伝ってもらって、あとは社労士さんとか税理士さんとか、全部外注でお願いしています。苦手だったり、できないことはお願いするようにしています。

傘の制作や修理、材料の発注など作ることに関しては全部1人でやっているんです。印刷物を作るときなどはデザイナーさんにお願いするけれど、ディレクションは自分でやって、主人の職業がWeb制作なので、撮影してアップしてというのも自前です。
▲コシラエルのHP

──たしかに、雇われるとどうしてもルールを求めちゃうのも、分かります。でもひがしさんには今のようなフラットな関係を前提にしているのが合っているんですね。

ひがし:
そうですね。人を雇うには、どうしても「普通」とか「標準」ってことに対しての説明が求められる気がします。でも、普通って難しい。いろんな人の状況にもよるし、言葉で説明しなくても、分かりあえていく方が、私の仕事はやりやすいですね。

長野に来てからいい体制に落ち着いているので、それはこっちに引越して来てよかったことのひとつかもしれません。

 

山で暮らして変化した、「仕事」の中身

ひがし:
私、本当に何も考えないでこっちに来たんですよ(笑)。山が好きな夫が行きたいと言うのを、「それもいいかな」という感じで。何でも自分で決めたい私が、珍しく判断を委ねた事柄だったんです。

来てみたら、仕事に対しての意識はがらっと変わりました。東京にいるときは、歩いて5分くらいの場所にアトリエ兼店舗があったので、朝起きたらすぐに仕事場に行って、20時間くらい仕事をしても全然苦じゃなかった。仕事をし過ぎていたと、長野に来てから思うようになりました。

──それまでは、気づいてなかった?

ひがし:
はい。ただ単に、「幸せなことだ」と思っていて。でも、こっちにきて「家の仕事」っていうのがすごく大変で、仕事の比重がガラッと変わったんです。田舎でのんびりっていう感じじゃなくて、すごく忙しい。

──分かります。ひがしさんはコシラエルの仕事のほかに、3人のお子さんを育て、薪ストーブだから薪割りもして、鶏も飼って……私も田舎暮らしをしていますが、全然できていないことです。ひがしさんは実践されていて尊敬しちゃいます。

ひがし:
子どもたちの送り迎えも予想以上に大変でした。それと、外食が減るじゃないですか。でも食って生活の中心であり楽しみだから、ごはんを中心にしてると、どんどん仕事が増えていく(笑)。

まだ全然できていないですが、「冬は野菜がとれないから、夏のうちに準備しなきゃ」とか考え出すと、したいことがたくさんありすぎて。そういう勉強や調べものも、意外と大変。でもすごく楽しい。

ただ、もちろん泣きそうになる時もあるんですよ。もういっぱいいっぱいで。仕事もしなきゃ、子どものこともしなきゃ。さらに家のことも、庭のことも、全部したいから。

こっちにきて家族が増えたこともあるんですけど、子どもと過ごす時間が多くなったのも変化です。特別なことを話すわけじゃないんですけど、そういう時間こそけっこう大事かもしれないと思うようになりました。

 

1日にほんの少しでも、誰でもない時間があれば

──仕事の規模も大きくなって、その間にお子さんも増えて、目の回る忙しさと想像します。どうやってやらなきゃいけない量と自分の稼働力のバランスをとっていますか?

ひがし:
時間の使い方でいうと、朝が自分の中でとても大事な時間です。東京にいる頃は、夜2時くらいに起きてアトリエに行って絵を描いたりしていました。お母さんでもなくて、奥さんでもなくて、女性でもなくて、何者でもない時間が私には必要なんです。

そんな時間が1日に15分でも30分でもあったら幸せだから、ちょっと無理してでも作んなきゃいけなくて。そこは気をつけているかな。

子どもといるときは、子どもに集中するんですけど、早く寝かせるのはポイントかもしれない。5時か6時には夕飯にして、7時にはお風呂入って、8時に寝かせれば、9時から仕事できたり、早起きすることもできます。

……と言いつつ、どうやって成り立っているのか、今は本当はよく分かりません(笑)。 とにかく空いた時間にやる、でも無理はしない。でも、無理もしなきゃ。その繰り返しです。

──すてきなアウトプットの裏にも、そんな葛藤があるんですよね。モヤモヤした時は絵を描かないって以前のインタビューでお話しされていました。とはいえモヤモヤの要因はたくさんあるはずで、どうやって解消しているのか気になります。

ひがし:
そうなんです。すっきりした心持ちじゃないと描けないから、無理して描かないようにしてます。

──モヤモヤが溜まっていたら、描く時間がどんどんなくなっちゃうけれど……。

ひがし:
例えば、娘とケンカしてモヤモヤするとしたら、そのことをちゃんと伝える。伝えたら、解決はしなくても状態は変わるんですよね。

あとは、前に断食をしたことがあって、その先生が言っていたんですが、お風呂の時間が大事だそうです。お風呂に入る時に、今日嫌だったことを流すんですって。頭からじゃぶじゃぶ水をかけて、「流れた」って自分で思うまで流す。それを実践しています。

あとは外に出て猛ダッシュしてみたり。外に出ただけで結構気分は変わるし、そういう単純なことが意外と効く気がしています。

 

自分の手を離れて育っていく、ブランドとの付き合い方

──利益を出すのは難しいとお聞きしましたが、「儲けていくためにはこうするぞ」という作戦などはありますか?

ひがし:
3年くらい前までは一生懸命作戦を練っていました。というか、どうすればもうちょっと儲かるのかっていうことを考えて、目標を立てて、それに向かっていくようにしたんですけど……。ある日、気がついたんですよ。儲からないって(笑)。

あきらめじゃなくて、儲かる人には商才があって、ちゃんと儲かることを根本的にしているんです。

──なるほど。でも、そういう風に思い至る前は、どういうことをしていたんですか?

ひがし:
雨傘以外にも商品を増やしたり、Webサイトでクーポン券を出してみたり。あの手この手で来月の売り上げを少しでも伸ばそうと必死でした。けっこういろんなことをやってみて、その時々で効果もありました。でも、一点物で、一個ずつ作ってて、それを売ってくことは、そもそも儲かる仕組みじゃない。

ということが、アホなんですけど、本当に最近分かりました。

──でも、逆にいえば、儲からないにしても継続していることは、すごいことだと思います。

ひがし:
それは確かにそうですね。毎日、地べたを這いつくばってなんとか生きている感じです(笑)。

この商売を困難にしている理由は、一点ものが多くて作れる量が限られているのもあるし、傘の職人さんてほとんどいなくて、オーダーメイドの傘を作ること自体がけっこう難しいんですよね。

職人さんたちに値切ることもできないし、したくない。だから今は、会社を大きくしようとも、店舗増やすことも考えていません。

「明日もオープンできたらいいな」、「また今年も傘が作れたらいいな」ということが目標。そして、コシラエルに関わってくれているみんなが、「ここで働けて幸せ」って思ってくれたら本当に嬉しいです。

──作り続けて、関わる人みんなが幸せであるためには、どんなことをしていますか?

ひがし:
うーん……毎日できることを一生懸命やるだけですね。売り上げを伸ばそうとがんばっていた3年前は、to doを作って、それを一個ずつ消していくのが気持ちいいと思っていたんです。

だけど今はそうじゃなくて、今日できることは何かってことに集中しています。

コシラエルっていうのは、世に出したときからみんなで水をあげたり、見てあげたりして育てていくものになっているんです。だから、私ができることを今日一生懸命やる。

──それが「傘に絵を描くこと」の時もあれば、「店舗のことを考える」時もある。

ひがし:
そうですね。10年間をふり返って、本当にお客さんのおかげだなって思います。1点ものが多い利点で、実際にやりとりが続いているお客さんもたくさんいるんです。そういう方が、「応援してます」と言葉をくれたりする。お店に足を運んでくれたり、買ってくれたり。そういったことで勇気づけられるんです。「私、まだ作っていていいんだ」って。

自分にはこれしかできないと思うから、お客さんたちに勇気をもらって、なんとか続けているんです。

(おわり)

写真 小林直博

もくじ

前編
「こうありたい」と「これしかできない」のはざまで日傘を作る

後編
生命体のようなブランドを、放任しながら育ててみたら

 

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ひがしちか

日傘作家、Coci la elle代表

1981年長崎県諌早市生まれ。ファッションに憧れて上京し、文化服装学院を卒業。 アパレルの仕事などを経て、2010年7月「日傘屋Coci la elle(コシラエル)」と称して初めての展示会を開催。手描きの絵や刺しゅうをした1点ものの日傘が人気となる。ブランド名は手仕事への敬意を込め、日本語の「こしらえる」に由来する。現在は、東京の清澄白河に『コシラエル本店』を構え、オリジナルプリントの雨傘やスカーフ、小物の制作も手がけ、初のビジュアルブック『かさ』(青幻社刊)を出版。

 

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ライター 小野民

編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。

 

▼連載:フィットするしごと


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