【フィットするしごと】どんな世界を描きたい? 原稿用紙に祈りをのせて。(前編)

ライター 小野民

訪ねた仕事場は、今まで足を踏み入れたことのあるどんなオフィスよりも「かわいい部屋」でした。

人気番組『サラメシ』や『教えてもらう前と後』などを手がける放送作家であり、「おっはー」でおなじみの慎吾ママの生みの親である放送作家のたむらようこさん。20数名の女性放送作家集団を束ねる長という力強いプロフィールから想像していたのは、ひりひりとした緊張感が漂う現場感……だったのですが、出迎えてくれたたむらさんはにこにこ柔らかい印象です。

私たちが日々何気なく観ているテレビ番組を作っている女性って一体どんな方なのだろう?

明るいインテリアに、子どもの遊び場も兼ね揃えた会社「ベイビー*プラネット」。その暖かな雰囲気とは相対する傷だらけの起業話や、私たちが何気なくみているテレビ番組の作り手としての想いなど、前後編でお届けします。

 

女性は40人中1人。企画会議の孤軍奮闘。

──そもそも「放送作家」という職種の方に初めてお会いしました。どんなお仕事なのか教えてもらえますか?

たむらさん:
「定義しにくいんですが、テレビから聞こえてくるナレーションや司会者が話していることなどの大概は台本があって、その台本を書くのは放送作家の仕事ですね。あとは、番組自体の最初の企画書を作るのも放送作家の仕事のひとつです。

テレビ番組には、『月曜9時』のような放送の枠がありますが、それぞれの枠にこのプロデューサーでこんな企画をやったらいいんじゃないかな、と提案するところから始まります。でも、ひとつの枠に何百もの応募が来てしまう世界なので、狭き門ではある。でもね、『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』のです(笑)」

──たむらさんが代表をされている会社ベイビー*プラネットのHPを見ると、担当している番組のカレンダーがあるのですが、例えば平日朝のNHKの『あさイチ』は、毎日ではなく、特定の曜日だけ担当している。

たむらさん:
「そうです。大きな番組だと、1日分を準備するのに、6週間くらいかかるので、ひとつの曜日に何チームも担当があります。毎週火曜日に放送されている『教えてもらう前と後』という番組だと、3週に1回私たちの番が回ってきます」

──パズルみたいにスケジュールを組み立てる必要がありそうです。

たむらさん:
「私たちのようにチームではなく個人で放送作家をしていても、5つから8つくらいは番組をかけもちしている人が多いんです。だから、定例の会議のほかにも、分科会だ、ロケだと、みんなスケジュールはパズル状態だと思います」

──これだけテレビ番組があるし、手間もかかるから、放送作家の人はたくさんいるんですか?

たむらさん:
「そうですね。日本脚本家連盟などには何千人も登録しているけれど、いろんな会議で顔を会わせる人はわりと決まった人が多いです」

──たむらさん自身は、ベイビー*プラネットの代表で、放送作家の女性たちを束ねているのですが、放送作家の人たちは会社組織に属している方が多いのですか? それともフリーランスの方が多いのでしょうか?

たむらさん:
「会社に属している人はあまりいなくて、フリーランスの方が多いです。企画書や台本はどこでも書けるし、テレビ局に直接打ち合わせに行けばいいので、基地がいらない仕事ではあるんです」

──それならば余計に、たむらさんがわざわざ会社を立ち上げたのはなぜなのでしょう?

たむらさん:
「ベイビー*プラネットは女性しかいない会社ですが、放送業界全体を見渡せば、女性はとても少ないんです。今はもう少し多いですが、私が放送作家になった20年以上前となると、40人に1人くらいしか女性はいなかったんです」

たむらさん:
1クラスに1人しか女子がいないと想像してみてほしいのですが、そういう構成比の場で交わされる言葉って、悪気はないんだけど、どうしても女性が聞いていてあまり気持ちよくない時もあって。

『おもしろい』の基準も全然違うんです。たとえば、朝の番組を立ち上げるときに男性たちで『朝だからさわやかに水着の女性がダンスを踊るのはどうだろう』って盛り上がっちゃう。『そんなの絶対さわやかじゃない』と思って、まだ20代の私は両手両足を振り回して否定するんだけど、数ではどうしても負けてしまう。

だからその翌週に私は、『男性が海水パンツで踊る朝の体操』の企画を提案したんです。すると、みんな『それはやだ!』ってなるわけです。それでやっと、私の意図も分かってもらえたりして。そんな説得をがんばらなくてはいけない状況。

悪気がないけど数で暴走していることが問題だと思うようになっていくんです

 

会社ってなに? からのスタート

たむらさん:
自分の企画がことごとく通らなかった20代の頃、毎晩打ちひしがれて行きつけの居酒屋に通っていました。

そこでボツになった企画の内容を常連さんたちに話してみると、私の企画は人気があるんです。特に女性客には絶対的に人気がある。だけど、女性の放送作家の数が少ないうちは、本当に女性たちが面白いという企画はなかなか通らない。女性が少ないのは、やりたくないからではなくて、働けないから。だったら、女性が働けなくなる理由をなくそう。子どもを産んだり育てたり、介護をしていたりしても働き続けられる会社を作ろうと決めました。

決意したのは25歳。でもまだまだ実力不足だったから、30歳の誕生日に3階建ての民家を借りて自分も住み、そこに事務所も構えるかたちで会社を作りました」

──30歳!ずいぶん若かったのですね。その頃はまだお子さんもいらっしゃらなかったし、結婚もしていなかったのでは?

▲オフィス内の1室は子ども用の部屋には、豊富なおもちゃと子どもの絵。

たむらさん:
はい。だから、自分のためじゃなくて、未来のためでした。自分が傷だらけだったから、後に続く人たちにはこんな想いをさせちゃいけないと必死でした。

会社のスタート時のスタッフは、放送作家は私だけで、デスクが1人、あとの3人は大阪から仕事を探して上京したての人たちで、全くの未経験者ばかり。『これがテレビ原稿用紙で……』という説明から始まりました。

一回り年上の人もいたし、おもしろかったですよ。会社がどういうものか知らないからできたことかもしれません。最初は、みんなでおそろいのTシャツを作ろう、とかそういうことにはしゃいでいて、ひと月くらい経ってから、私はこの人たちにお給料を払うんだ。今月だけじゃなくて、これからもずっと……とあらためて考えたら超びっくりして(笑)。そのくらいわけがわからないままのスタートでした。

最初の10年間はスタッフの入れ替わりも結構あって、10人のうち3人が急に辞めちゃったこともありました。どうしてそうなったか理由を考えると、私が不器用だったんだと思います。私の使命感だけで始まった会社だったから、とにかく自分が稼いで来なくちゃいけないと焦っていて、ほとんど会社に帰ってこないで外でがむしゃらに働いていた。でも私は何も説明しないから、スタッフには私が遊び歩いているように見えちゃっていたんですよね。

でも、20年経った今は、メンバーも25人いて、ほとんど入れ替わりもなく良いバランスでやっています。今年の春に13年やっていた子が独立したけれど、それは喜ばしいことでした

 

「一人でできる」っていいことだっけ?

──どうやって入れ替わりがない、安定した状況へ持っていったんですか?

たむらさん:
「私がやっていることを透明にする、ちゃんと本音で説明するようになりました。3人同時に辞めてしまった頃からブログを始めたんです。そこに、今何しているとか何を考えているとか自分の家族のこととか、何でも書くことにしました。

家族や社員への安否報告みたいなものですね。人数が増えれば増えるほど一人ひとりとじっくり時間をかけてコミュニケーションをするのが難しくなっていたんです。でも、ブログを始めてからは徐々に改善されていきました。

あと、会社の社是を作ったのもよかった。『母性の力で世の中を優しく変えていく』というものなのですが、母性とは「育む心」という意味で考えていて、その理念に合う仕事しか受けないんだと明確にしました」

 

「普通の人」に光を当てる。

──「母性の力で世の中をよくする」、「女性がおもしろいと思えるコンテンツ」ってどんな番組なんでしょうか?

たむらさん:
「どう言ったらいいかすごく難しいですね。『これが女性の好きな番組だ』とステレオタイプを作りたいわけでは全くなくて。ただ、最初に話した通りに、男女比が40対1みたいなところから始まることもある現場で、男性目線ばかりに傾くときに『それじゃない』って言う役割もあるのかなと思います。

バラエティ番組を作るにしても、私が好きなのは、『素人さん』と呼ばれる、自分たちと同じような普通の人たちが主役の番組で、そういう番組を作ってきました。

例えば、『サラメシ』も普通の人の普通の昼ごはんを撮影し続けて来年で10年。かつて5年くらい担当してた『世界の日本人妻が見た』という番組も、スタジオには芸能人の方がいらっしゃるんだけど、1時間の番組のなかで実はスタジオが映るのってほんの何分かで、あとは結婚して海外で暮らす一般の方を追う番組でした。それで番組はできるんです。

世の中は、誰かトップが動かしているんじゃない。みんなでつくる世界を描く番組を作りたい。それが、母性の力で世の中を優しく変えていくことだと思っています。

なってほしい世の中を映す番組を作りたいんです。だから、原稿は祈りでありたいと思いながら書いています」

(つづく)

【写真】鍵岡龍門


もくじ

前編
どんな世界を描きたい? 原稿用紙に祈りをのせて。

後編
テレビ業界に、女性チームで柔らかく挑む
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たむらようこ

1970年、福岡県生まれ。早稲田大学卒業後、内定先と間違えて電話してしまったのがきっかけで、テレビ番組制作会社に入社。ADを経て放送作家に。2001年、子連れ出勤もできる女性だけの放送作家オフィス「ベイビー*プラネット」を設立。これまでに手がけた番組は『サザエさん』、『めざましテレビ』、『クイズ$ミリオネア』(フジテレビ系)、『サラメシ』、『おじゃる丸』、『祝女』、『NHKスペシャル 人類誕生』(NHK)、『情熱大陸』、『世界の日本人妻は見た!』、『教えてもらう前と後』、『世界遺産』(TBS系)など多数。ブームを巻き起こした「慎吾ママ」の生みの親でもある。

 

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ライター 小野民

編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に地方・農業・食などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫4匹と山梨県在住。

 

▼連載:フィットするしごと


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