【当たり前の先に】後編:自分が「良い」と思ったことに、正直に

編集スタッフ 齋藤

自分にとっての当たり前と向き合えば、それで良い。

東京の青山で「大坊珈琲店」を営んでいた大坊勝次(だいぼうかつじ)さんの本を読んだとき、私はそんなふうに感じたのでした。

大坊珈琲店は珈琲好きはもちろんのこと、⻘山を拠点にしていたクリエイターや向田邦子さん、村上春樹さんなどの文化人も訪れた、今や「伝説」とまで言われるようなお店。

前編に引き続き後編でも、大坊さんがお店や日常で大切にしていたことをご紹介していきます。

 

自分が受け入れてもらえるか、そして自分も受け入れられるか

大坊さんの淹れる珈琲は、とても濃いんです。でも甘みも感じる柔らかさがあります。これは大坊珈琲店でしか飲めないと、ファンを魅了してきた特徴的な味です。

理想の味があってこうなったのかと尋ねると、「自分が深煎りがおいしいと思っただけ」との答え。この自分が「良い」と思うかどうかが、大坊さんの軸になっているようでした。

大坊さん:
基本的な考え方として、自分が良いと思ったものを店に実現したとして、それをどのくらいの人たちが受け入れてくれるのか、そのことを大切に思っていました。

そしてそれと同時に、店というのはいろいろな人が来るから、自分がその人たちをどれだけ受け入れられるのかも大事だと思っていたんです。

全員に良いと思ってもらおうと珈琲を淹れていたけれど、現実的にそんなことはあるわけがない」

大坊さん:
「何も知らない若造が東京の⻘山の地に立ったわけですから、あらゆるものを模索しました。

珈琲も私がおいしいと思うから深煎りと決めたけれど、深煎りでさらにどういう味にするかが重要なんですよね。深ければ良いってもんじゃない。深さの中に、ほっと気持ちが明るくなるような、表情の味を探そうと思ったんです。

答えなんてありません。今日は酸味が強いから明日は酸味をもう少しおさえようとか、毎日毎日考えつづけました。店もそうです。こういう店にしようという遠い理想はなく、毎日が試行錯誤でした」

 

自分が良いと感じたものを、素直に出す

大坊さん:
「私は珈琲や店についての勉強をしっかりしてきた人間ではないし、店で流していたジャズも好きだけれど、ジャズのこともよく知らない。

でも『自分はこういうものが好き』というのはわかる。どう感じるかもわかる。それを大切にしようと思いました」

大坊さんの奥さんが「今は情報が先行してしまうけれど、情報を頼りにそれを確認しにくるのではなく、自分がどう感じるかを、お客様にも大切にしてもらいたかった」と言いました。

自分が何を感じ、そして何を良いと思ったか。日々のしなくてはならないことに追われていると、つい見逃してしまうことたちです。そしてそれを誰かに伝えるって、実はすごく勇気がいるのではないかとも思います。

時に出し方を間違えると「わがまま」にもなってしまうかもしれない。傷つく言葉を投げかけられてしまうかもしれない。そんな不安だってある。でも、自分が良いと思うものと誰かが良いと思うものが噛み合う部分は絶対にあって、大坊さんはそれを諦めなかったのではないかと思いました。

大坊さん:
「私は自分でおいしいと思う珈琲を作るために、時間をかけて珈琲を淹れました。その時間を待っている人が、自然と自分にとっての良い時間に変えていたんです。

それは私ではなく、その人たちの力です」

 

真似だっていい。自分が本当に良いと思ったのなら

アルバイトのスタッフたちもまた、大坊さんのお店を切り盛りしていました。今その幾人かが、自分の喫茶店を開いています。

大坊さん:
「店でどういう風に振る舞うかは、とことん話し合いました。

例えば、いらっしゃいませは目を見て言う。でも笑顔はしなくて良い。笑顔を作ると作る側にも無理が出る。いつも自然な姿でいる方が、お客さんも自然体でいられるからなど、お互いに納得できるまで話しをしました。

珈琲豆の焙煎は私自身でやっていたけれど、ドリップはスタッフにも教え、みんなでしていましたから、私のやり方に影響を受けているスタッフもいるかもしれません。

でも、自分の経験を通してそれを本当に良いと思って選んでいるのであれば、私の真似だって言われても構わないと思うんです。そんなの気にすることなんてないよと、ずっと伝えていました」

 

当たり前のことを、当たり前にやろうじゃないか

仕事でも、プライベートでも、「自分はこのままで良いのかなぁ」と不安になった時、つい他の人の人生に憧れ、もっと劇的に自分の生活に変化を起こさなければならないのではないかと考えてしまったことがあります。

でももちろん、自分以外になんてなれるはずもなく。

遠くの理想を見ようとしたら目がくらみそうになるけれど、今この瞬間に集中すること、そして慈しむことの先には、目には見えない豊かさのようなものが眠っているのかもしれません。

たとえ本人にとっては、なんてことない生活だとしても。

最後に、38年間という私にとっては途方もなく⻑い年月、喫茶店を続けてこられたのがどうしてなのか。もちろん答えなんてないけれど、お聞きしてみた大坊さんの言葉でしめくくりたいと思います。

大坊さん:
「自分が、日常生活していくときの延⻑線上に、店をどうしていくかを考えていました。

店の入り口には花を生けていて、その花はあまり大きくないものにしようとか。そしてしおれてしまった花を手入れすると少しずつさらに小さくなってゆく。その過程が良いなと思ったり、レコードのボリュームはこれくらいが良いかなと思ったり、窓を少し開けておいたり。車の音が少し入ってくるくらいにね。

自分が良しと思って店に取り入れることと、自分が日常で何を良しとするかが同じであれば、それを吟味するにしろ、反省するにしろ、全てが繋がっていくと思うんです。

つまり当たり前のことを、当たり前にやろうじゃないかと。

そうすることによって昨日より今日の方が、そして今日よりも明日の方が、自然と楽しいものになっていく。

楽しくなっていけば、いいなって。そう思っていました」

 

(おわり)

【写真】寺澤太郎


もくじ

大坊珈琲店
東京の青山にて1975年の開店。その後38年間、自家焙煎、ネルドリップというスタイルを守り続けた。2013年12月にビルの取り壊しにより閉店。大坊勝次(だいぼうかつじ)さんは現在コーヒーのワークショップや自家焙煎の教室などを開催している。


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