【50歳の、前とあと】一田憲子さん 後編:素敵な人は「良い失敗」を重ねていた?暮らしは、いつも発見に満ちている

ライター 長谷川賢人

雑誌『暮らしのおへそ』のディレクターで、フリーライターの一田憲子さんに、50歳という年齢をひとつの節目として、お話を伺っています。

「私もそうでしたけれど、30代って、がむしゃらに走る年代です。それが40歳くらいで足を止めて、キュッと後ろを振り返るんですね。それで、ここからどうしようかと考える。いろんなことに気づいて成長していくのが、50歳くらいになってまとまってくるんです」

前編では、一田さんの30代から現在の50代にかけて振り返りました。そして見つけた、大切な「発見」の瞬間。

この後編では、それら50代での発見を、さらに聞いていきます。

 

たくさん失敗したからこそ、達人に近づける

一田さんが大事にするのは、「はー!そうか!」と膝を打つような、新しい「発見」の瞬間。そのときこそ、過去の自分を振り返られるといいます。

なかでも仕事で欠かせない取材は、一田さんにいつも新鮮な発見をくれる機会です。

雑誌『大人になったら着たい服』を立ち上げ、おしゃれの先輩たちを取材したときのこと。それまで「うつわ道楽」を歩んできた一田さんは、服のことは不得手なほう。話を聞いてみると、おしゃれの達人たちが一様に、鏡の前に毎日立っている姿に驚いたといいます。

一田さん:
「みなさん、服をいっぱい着てきた経験を持っているんですね。

それでも毎日、鏡の前で服を試しながら、いざ出かけてみると、その組み合わせが失敗だったと気づいたり。良いと思って着たのに、実は野暮になっていて、すごく傷ついた……みたいな体験をしているんです。

聞いていてわかったのは、着てみて失敗しないとおしゃれになれないんだ、ということだったんですよ」

たくさんの服を着てきたから、おしゃれの達人になれるのではない。たくさんの失敗をしているからこそ、達人に近づけるのだ。その発見は、装いに限らず、一田さんに新しい視点をもたらします。

一田さん:
「何かが上手な人、目指したいほど素敵な人でも、失敗しないとわからないんだ!って。

でも、私はこれまで失敗しないように、布石を打ちながら人生を歩んできたんです。失敗しないように準備を重ねてから、そろっ……と足を踏み出すみたいに。学校でも優等生を目指していたし、人生の命題は常に褒められようとすること。だから、失敗するのも大嫌い。

だけど、『あぁ、失敗しないと人は成長しないのだ』と、ものすごく遅ればせながら知ったんですよ。

今でも予防線を張ってしまうことはあるけれど、恐怖感を持ちすぎず、腹落ちしてわかったからこそ失敗していこうと思えました」

 

わからない、も、大事

一口に「失敗」と言えど、良し悪しもあるのでしょうか。

一田さん:
「うーん……良い失敗は、自分発信でやってみた失敗だと思います。合っているのかわからないから確かめてみて、その結果で判断するというやり方ですね。

だから、悪い失敗は、やってみようともしないこと。『あのとき、やろうと思っていたのに』とか、『考えるだけで思い切れなかった』とか。

失敗すれば振り返られますし、その経験を積むほど、より自分がわかってくるはず」

仕事の姿勢にも、失敗への向き合い方は表れています。『暮らしのおへそ』の別冊で「お金を整える」を題に作ったときのこと。ふだんとは異なる人選、心得のない内容に、失敗する確率は当然のように上がります。

ただ、先が見えにくいからこそ、「発見しながら作る」という面白さにつながりました。それぞれが感動したお話をもとに誌面を構成してみると、より思いも伝わり、結果としてよく読まれたのだとか。

一田さん:
「理解してから始めるだけではなくて、『わからない』も大事なのだな、と。50歳を過ぎてからは、そういう歩み方にちょっとずつ変わってきた感じです。

腹落ちするまでの期間がすごく長かったからこそ、私は今の文章を書けているとも思っているんです。同じように悩む人へ、私が『わかる』までのプロセスを伝えられますから」

自ら立ち上げ、編集長を務めるウェブサイト「外の音、内の香(そとのね、うちのか)」の連載企画『もっと早く言ってよ!』で、50代の私が「20代の私」に語りかけるように書いているのも、その大切さを知るからこそ。

 

もやもやを書ければ、形にして、次に使える

一田さんには、50歳を越えてから始めた、新たな挑戦がもうひとつありました。「人に教える」ということです。

一田さんが問いかけることで参加者が習慣に気づく「おへそ塾」、質問を通じて内面を掘り下げていく「スコップの会」、これまでに培った書く力を伝えていく「ライター塾」といった機会を設けています。

「過去の私だったら、そんなエラそうなことは絶対できません!って言ってたはず」と一田さん。きっかけは、自宅でのごはん会。フラワースタイリストの平井かずみさん、音楽家の良原リエさんといった、偶然にも「教室」を営む友人が集まったときがありました。

一田さん:
「いいなぁ、私には何も教えるものがない、とこぼしたら、『一田さんの上手な質問を受けると、思ってもみなかったことを言う心地よさがある。それを体験できる会がいい』とみんなが返してくれたんです。

それで、知り合いを集めて試してみたら、すごく盛り上がって!(笑)。それが『おへそ塾』のもとになったんです。

ライター塾も、書くことで見えていなかった想いが統合されて、指の先から出てくる過程がすごく気持ちいいことを知っているから、それを伝えることならできそうだ、と。

でも、塾としての正解なんてないですから、毎回のようにどうすれば良いかを考えるわけです。無意識に続けてきた書くことを教えるには、客観的に分析もしないといけません。そのときに、自分自身を整理できるんです。

私にとっても、思ってもみなかったほどの良い場所になっていますね」

ライター塾のなかで、一田さんは書くことの効用を感じ取ったそう。

参加した方は「何を書くか」と同じく、どのように「物事を見て、考えているか」といった価値観と向き合うきっかけを得ていったのです。

一田さん:
「みんな、無意識なもやもやを、いっぱい持っています。それを言語化しないと、私は『もったいない!』って感じるんです。もやもやを言語化できれば、何を思っていたのか、明確な形になるじゃないですか。すると、今度はそれを使えるようになります。

形になってさえいれば、別の機会に得たものや、気づけたりしたものと組み合わせることもできます。その結びつきが広がっていくことを楽しめるようにもなりますから」

その話を聞いたとき、iPhoneで有名なApple社の創始者、故スティーブ・ジョブズの言葉が思い浮かびました。“Connecting The Dots”、彼は「点と点をつなげ」と言ったのです。

得られた点は、いつか他の点とつながって、思ってもみなかった発想や気づきをもたらしてくれる。一田さんの「書く」は、まさにその点を生む好機でもあるのでしょう。

 

発見を、暮らしに落として、また発見する

一田さんが取材で出会う人々は、それぞれの道で、光るものを持っている方ばかり。だからこその「発見」ができるのかも……という思いも浮かびます。

率直に、そう伝えてみました。一田さんは、発見は誰にでもできます、と答えてくれました。「知ったことを暮らしに落としこむ」という、それぞれの営みによって。

一田さん:
「私はいろんなことをまねするのが好きな“まねしんぼ”です。外で得たことを、この部屋の中に持ち帰ってきて、やってみることが好きなんですね。

おしゃれの技を学んだら、鏡の前で試してみる。美味しいものを食べたら、台所でつくってみる。暮らしも、アートも、数学も、いろんなことを『暮らし』に落とし込んで、考え直すのが好きなんですよ。

そうすると、ただ知っていることから、自分のものに変わります。毎日の生活に役立つように変換することこそに、いちばんの楽しさが宿るんですね。私が暮らしのライターを続けているのも、それがなにより好きだからです」

雑誌や本はもちろん、日常のあちこちに、ハッとするような出会いがある。それを暮らしに合わせてみて、考え直すこと。それこそが「自分の発見」につながる──。

一田さん:
「やってみて続かないこと、私にもたくさんあります。それでも、まずはやってみる方が良い。洗濯物を干す順番を変えてみるだけでもいいんです。

暮らしの中のちっちゃいことを変えるだけで、人生が変わるくらいにわくわくすることは十分に味わえます。それこそ、私が『暮らしのおへそ』を作り続ける根本ですからね」

▲一田憲子さんが携わってきた雑誌や、著書たち。最新刊『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』は4月16日に刊行。

発見を、作り続ける。発見を、書き続ける。それは一田さんが思い描く夢のひとつです。

一田さん:
「今みたいにご依頼をいただく仕事は、歳とともに減っていくかもしれません。だから私は発見したことを、おばあちゃんになっても書いていたいから、『外の音、内の香』を立ち上げたんです。

ライターとしての仕事が減っても、何か別の仕事をしながらでも、私の発見を誰かに読んでもらえたらいいなって。それなら、自分の場所を自分で作ろうと思ったわけです。

未来のことはどうなるかはわかりません。でも、何かにいつも、はぁー!って発見して、へぇー!って言っていたいし、まねできることを見つけたい。それをやってみた感想を書いておきたい。

これまでの私なら、『3年後に仕事がなくなったらどうしよう……』と、ずっと不安に思っていたかもしれません。でも、今は違いますね。『今、書くことを楽しんでいれば、きっとうまくいく』と思おうよ、一田憲子!って、言い聞かせているんです」

 

インタビューのあとで

取材の後で、一田さんがごはんを振る舞ってくれました!一田食堂、開店です。

この日は、雨上がりの快晴。気持ちの良い空気ごと、すーっと、からだにおさまる、おいしいお昼でした。ごちそうさまでした!

 

(おわり)

【写真】中川正子


もくじ

 

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ライター 一田憲子

編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り、著名人から一般人まで、多くの取材を行っている。ウェブサイト「外の音、内の香」http://ichidanoriko.com/

 

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ライター 長谷川賢人

1986年生まれの編集者/ライター。日本大学芸術学部文芸学科卒。「北欧、暮らしの道具店」元スタッフ。ウェブメディアを中心に、インタビューや対談構成などを手がける。趣味はサウナと銭湯と料理。インターネットとラジオを愛する。影響を受けた作家は吉行淳之介と江國香織。


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