【金曜エッセイ】さて、今夜は何を作ろうか。
文筆家 大平一枝
第六十一話:今日は何を作ろう
たまたま3月の最終週、執筆で深夜まで息つく間もない日々が続いた。食事もままならず、31日には三食菓子パンを机上でかじるという情けないありさまであった。ちょうど都知事の不要不急の外出に関する臨時会見が開かれた日のことだ。
明けて4月1日。
久しぶりにゆっくり朝食をとり、夕方には仕事を終えた。
夕食のことを考え始めた頃、夫から電話があり、珍しく早く帰宅する旨と、どうしても唐揚げが食べたいので材料を買って帰ると言う。
果たしてその晩は、ゆっくり鶏肉を揚げた。かつて料理家から聞いた、「唐揚げはけっして箸でつつかず、ゆっくりじっくり揚げること」という言葉を思い出しながら。その合間に、常備菜のピクルスを作る。
大学生の娘は20時までバイトである。
いつもなら、できた料理をいる人で食べ、家族が揃うのを待つことはしない。
また、片付けまで手のかかる揚げ物も、土日以外はしない。
疲れて帰宅した娘は、「わあ!」と目を輝かせた。
たったそれだけのことだが、ずいぶんと心が満たされるのを感じた。
台所に立ち、じっくり火が通るのを見守る。皆が揃うのを待つ。明日のおかずを作り置きする。
食べながらそれぞれの職場の環境のことを話した。
話が済んでもまだ唐揚げがなくならないので、「じゃあ昔のドリフでも見ようか」と、三人で見始めた。
「これ、おばあちゃんに見るの禁止されてたんだよ」と私。
「おばあちゃんらしいね」と娘。それから話題は、私や夫の子ども時代の話になった。そんなことを話したのはいつ以来か。
トイレに行く暇すらなかった前日との落差もあるが、こういう時間がしばらくなかったということに、初めて気づいた。
そもそも「今日は何を作ろう」と、ゆっくり考えたことも自宅宴会以外、あまりない。ギリギリまで仕事をして、慌てて台所に立ち、冷蔵庫のあるもので、なんとなくささっとやってしまう。
夫からあれを食べたいこれを食べたいというリクスエストが来ることも稀。飲み会やバイトや大学で忙しかった娘も含め家族揃って一つの番組を見るのは、M−1グランプリの日くらいだ。
時世の行く先を考えると、簡単には気持ちが上がらないが、せめてできないことばかりの中で、できてよかったことを数える作業を忘れないでいたい。
昨夜は居酒屋を真似して、つまみを三品作った。そろそろいつもの飲み仲間が恋しいので、オンライン飲み会も楽しそうだなと思っている。できないことよりできること。さて、今日は何を作ろう。
文筆家 大平一枝
作家、エッセイスト。長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
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