【スタッフコラム】わたしのエプロン
編集スタッフ 小林
日々、人生というものは本当にあっという間に過ぎていくなと、肌で感じている。
だからだろうか。ここ1年ほど、趣味や習い事など、仕事とは別の好きなことを見つけて、打ち込んだほうが良いのではないかと思うようになった。
とはいえ、いざ探してみると、いまいちどれにも踏み出せない。
教室やテキスト、オンライン講座など、インターネットの上から下まで全て舐め尽くすように読み、検索ワードを少しずつ変えて、またそれを繰り返す。そして夜中まで情報を探すのだが、調べれば調べるほど、何をやっても上手く行かない気がしてくる。
そんなこんなで、うじうじしていたら、あっという間に半年経っていた。
習い事ひとつ決められず、実行に移せない自分が情けなく。毎週末、絵画教室に黙々と通う夫を羨ましく眺めては、やりきれない暇を持て余す日々。
そんな私の救いになったのは、一着のエプロンだ。
私はレシピ本を眺めることや、美味しいご飯を食べに行くこと、素敵な器を買うことなど、食にまつわるトピックがとても好きだ。しかし料理それ自体には苦手意識がある。
だから習い事の候補としても、まず真っ先に思いついたのが料理だ。
ただし、すぐさま考えるのをやめた。考えるほど、おそらく私にとっては特別な意味を持つものだったから。
思い入れが強いからこそ、下手に近づきたくない。中途半端になるくらいなら、口にすら出したくない。好きでいるのに適度な距離を必要とする、そのくらいに。
きっと本当は大好きで、ちゃんとやってみたい気持ちもある。けれどずっと、必要以上に向き合わないようにしていた。過去に仕事で携わっていたぶん、好きだけでない過酷な情景や、自分が摩耗していく苦い記憶も多く詰まっている。
だからもう少しライトな趣味として、楽しめそうな別のことを探してみたのだが、結局どれにもピンとこないままだった。
・・・
そんなとき、ある日たまたまネットで素敵なエプロンを見つけた。見ているうちに、なぜだかどうしても欲しくなってしまい、そのまま購入した。
私はそれまでの人生で、自発的にエプロンをつけたことがなかった。
よく考えたら家にはずっと、自分の買ったエプロンが一着もなかった。ときどき不便さは感じていたけれど、全くといっていいほど興味がなかったのだ。きっとこれも、家で仕事のような心持ちになることを避けたかったからなのだろうと、今となっては思う。
だからこれは人生で初めて、私が、自分のために選んだエプロンだった。
家に届いたその日すぐ、包みを恐る恐るあけ、誰に見せることもなく身につけてみた。きれいな水色のリネン生地に、足首まであるたっぷりとした長い丈。細い紐をくるっと巻いて、キュッと締める。その瞬間、これまでにない気持ちの変化を感じた。
なんといえばいいのか、うまくいえないけれど、私はきっと、すごく嬉しかったのだと思う。
まだちょっと糊がパリパリしているエプロンを身につけ、レタスを刻み、パンを焼き、コーヒーを淹れた。
それだけだったけれど、私にとっては一生忘れられない、特別な食事になった。
あまり考えすぎず、もっと気楽になんでもやってみた方がいいよ、などのアドバイスをよく友人からもらうのだが、私にとってそれはとても難しいことだ。
たかだか習い事の話と一蹴されるかもしれないが、それですら何も決められず、始められない。半年以上かけて、自分の心に従い、唯一できたことはエプロンを買うだけ。
けれどそれが幸運にも、私にとっては象徴的な出来事となった。
エプロンの紐をキュッと結び、キッチンに立つ。
すると誰のためでもなく、自分のために料理ってしても良いんだな、とか。何か目に見えるような努力を始めましたと言えなくても、これからの人生で訪れる料理の機会ひとつひとつを大切にしていればいいよな、とか。自分ひとりのときも、ちゃんとしたものを作ろうか、とか。
料理を通して、これから自分のために生きていくことを、許せたような気がした。それこそが、自分が本当にしたかったことなのだと思えた。
外目には、今まで通りただただ日々のご飯を作っている。習い事もしておらず、何ひとつ行動は変わっていない。だけど、それでいいんだと思う。
・・・
何がどのくらい、どんなふうに自分の心を震わせるのか。
そうしたことは、決して、誰にも示さなくていい。他人にとってはどうでもいいことでも、自分にとっては何よりも尊く、重みがある。だから安易に損なわれないよう、口に出さなくてもいい。それが必要になるまでは。
そして自分の人生を、自分のために生きることには、誰の許可もいらない。
至極当たり前のことなのだけれど、気づけば誰かの、そして自分自身からの、許しを待っていることがある。
きっと本心に気がつくきっかけは、それぞれの形で、それぞれの人生に転がっていて。もしかするとこのエプロンのように、ある日ふと、なんの気無しに訪れる。
なんだか人生って結局、そうしたことの繰り返しなのかもしれない。
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