【短歌に出会って】第2話:家族との喧嘩、子育ての葛藤……。歌にしたら立ち止まって「今」を味わえた

ライター 嶌陽子

短歌の面白さ、思いを言葉にすることの魅力を、歌人の東直子さんに伺う特集。第1話では、東さんが子ども時代からどんなふうに言葉と付き合ってきたか、2人の子育て中にどのようにして短歌の世界に出会ったかについて話していただきました。

続く第2話では、東さんが初期に作った作品をいくつか取り上げながら、その時の気持ちや、どうやって言葉にしていったかを詳しく聞いていきます。

第一話から読む

 

私自身の目線と、それを見ているもう一人の私の目線

言葉と言葉の響き合わせの面白さや空想の世界を詠んだ作品も人気の東さん。短歌を始めた当初は、子育ての中の悩みや発見を歌にしていたといいます。

雑誌の投稿欄に初めて掲載されたのが、第1話の最後でも紹介したこの歌です。

 子供らが散らかした部屋を抜け出して何を探そうとしていたのだろう

『春原さんのリコーダー』

東さん:
「これは実際に2人の子どもがいる部屋を抜け出した時のことなんです。2人で集中して遊んでいるから、少し好きなようにさせておこうと。

上の句の “子供らが散らかした部屋を抜け出して” は、私自身の目線なんですが、下の句の “何を探そうとしていたのだろう” は、私を見ているもう一人の私の目線。私を客観化したうえで出てきた言葉です。

子どもの世界にどっぷり浸っていて、それはそれで楽しいんだけれど、自分が好きだったものや、やりたかったことがぼやけちゃっていたんですよね。

抜け出した間に何かしたいと思っても、何をすればいいのか分からない、そんな一瞬ぼんやりしてしまう、切ないような悲しいような気持ちがあったんだと思います」

 

立ち止まって、「今の自分」を味わえた

東さん:
「短歌を作ったからといって、そのことに対する解決策が見つかったわけじゃない。でも、言葉にすることで自分の状態を客観的に見ることができたんです。少し立ち止まって自分の今の状態を味わえたというか。その “立ち止まれる” 感じがよかったんだと思います。

それに、言葉にしていなければその時の気持ちもすぐに忘れてしまっていたはず。短歌にしたことで、それから30年以上経った今でも記憶から立ち上がってくるんです。短歌にはそういう “心の記録” という側面もあるように思います。

日記にも記録の要素はあるけれど、短歌はもっと感情のエッセンスをぎゅっと詰め込んだものかも。時間や空間を超えて自分以外の人と共有できるという面もありますし。

この歌でも、 “何を探そうとしていたのだろう” は自分に問いかけてもいるし、自分以外の人にも問いかけたいという気持ちの表れだったと思うんです。たとえ子育てしていなくても、こういう気持ちの人が共鳴してくれるのでは、という思いがありました」

 

大学ノートを持ち歩き、浮かんだ言葉を書き留めて

東さん:
「当時は大学ノートを持っていて、思いついた言葉やフレーズをメモしていました。たとえば “散らかした部屋” “部屋を抜け出す” みたいに。子どもが発した面白い言葉なんかもメモしていましたね。

ノートは家中のどこにでも持って行っていました。掃除の最中に浮かんだことをメモしたり、寝床に持って行って寝る前や起きてすぐに思いついたことを書き留めたり。じっと座って考えているより、家事などで動いているのほうが思いつくんです。

そうやっていろいろな言葉やフレーズをためていって、それを子どもたちが昼寝している1〜2時間のあいだに短歌のかたちに整えていきました」

 

短歌を作るようになって、世界が違って見えてきた

東さん:
「毎月雑誌に投稿しようという意欲が湧いてきてからは、何か短歌にできるかなと、周囲を見渡す視線がより繊細になりました。世界がそれまでとはちょっと違って見えてきたんです。

子育ても以前より面白くなりました。食べものをこぼしたり、お漏らしをしてしまったりと、大変なことも度々起きるんですが、短歌のネタになるかもと思うと、どれも面白いエピソードに思えてきたんです」

東さんが子育て中に作った短歌の中のいくつかを取り上げ、作った背景やその時の気持ちなどを聞いてみました。

 てのひらにてのひらをおくほつほつと小さなほのおともれば眠る

『春原さんのリコーダー』

東さん:
「子どもと一緒に寝ている時の歌です。寝る間際の子どもの手って、すごく熱くなりますよね。その様子が本当に火がつくような感じで、何だかいいなあと思って。

この歌に気持ちは一切書いていないのですが、私が『いいな』と思った気持ちはぶれずに読み手に届いて、いろいろな人に共感してもらっている気がします」

 怒りつつ洗うお茶わんことごとく割れてさびしい ごめんさびしい

『青卵』

東さん:
「家族と喧嘩してますよね(笑)。最初の “さびしい” は、イライラしている自分を含め、この状況に対する “さびしい” 。2回目の “ごめんさびしい” は、もっと根本的なさびしさというか、長い間ずっとさびしかった気がした、ということを言いたかった。

文字数に制限があるなかで、あえて同じ言葉を繰り返したのは、 “さびしい” 1つだけじゃ足りないと思ったからです」

 いいよ、ってこぼれたことば走り出す子どもに何をゆるしたのだろ

『春原さんのリコーダー』

東さん:
「これは具体的なエピソードがあったというより、日々感じていたことを詠みました。

ある日突然母親という立場になって、子どもに色々指示しているけれど、それが正しいのかは常に自信がなくて。時には疲れていて、あまり深く考えずにいいよって子どもに言ってしまうことも。上の句の “こぼれた” にはそういう意味合いがあるんです。

あとから本当によかったのかなあと不安になったりして。この時期は幸福感もありつつ、危うさみたいなものも常にあったなあと思います。

昔は立派なお母さん像ばかり流布していて、お母さんの不安を率直に書いたものってあまりなかったんです。今思うと、そんな中での一人の人間としての心の揺れを表現したかったのかもしれません」

 

吐き出した本音が、誰かの心の救いになることも

東さん:
「短歌には、辛いことも作品として客観視することができるという側面があると思います。短歌を始めた人に聞いてみると、不思議と親しい人との別れや失恋などがきっかけで作り始めていることが多いんです。

ネガティブなことって、親しい人にでもなかなか言えないですよね。でも、ずっと胸に秘めていると、辛くなってしまう。そういう心情を作品として吐き出せば心を整理できるし、ネガティブな感情も成仏できるのではないでしょうか。

さらに、その吐き出した本音が多くの人の心に響き、ときには救いになったりもするのだと思います」

短歌とは、作品そのものだけでなく、それを作るまでのプロセスや後で読み返したときの時間も含めてとても豊かなものなんだ。東さんの話を伺いながら、そう感じました。

第3話では、短歌の楽しみ方をさらに掘り下げていきます。

 

(つづく)

【写真】井手勇貴


もくじ

 

東 直子(ひがし なおこ)

1963年広島生まれ。歌人・作家。 1996年「草かんむりの訪問者」で、第7回歌壇賞受賞。 歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』など。2016年、小説『いとの森の家』で第31回坪田譲治文学賞受賞。 他の小説作品に『ひとっこひとり』『とりつくしま』『さようなら窓』、絵本に『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子)、エッセイ集に『レモン石鹼泡立てる』『千年ごはん』などがある。ミュージカル脚本やイラストなども手がけるほか、講演会やメディア出演など、幅広く活躍中。X:@higashin、インスタグラム:@higashinaokoh

 


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