2杯目の紅茶の入ったマグカップを両手で包み込みながら、ほのかさんは息をはきました。

「ここに越してきて、よかったな」

シェアハウスに越してきて5か月。築80年たつというこの家は、気持ち良い場所がいくつもあります。

縁側はぽかぽかとしてあたたかく、座敷の畳はさっぱりとして、昼寝に最適。

洋間はゲストルームになっていて、住人たちも思い思いにくつろいでいます。

キッチンの壁には白と薄青のモザイクタイルが貼られ、ガス台もどっしりと、いかにも年季が入っていて頼もしい。

なかでもお気に入りは、洋間の出窓。ここから外を眺めながらお茶を飲むのです。

新しい職場、新しい環境。おぼえることがたくさんあって、毎日があっという間に過ぎていきます。

週末は身体を休めるのでせいいっぱい、出かける気力もありません。

そんななか、この出窓でとっておきの紅茶を飲むのが、週末の楽しみになっています。

「この家にいるだけで幸せ。お休みの日は、外に一歩もでなくていいいかも」

窓のステンドグラスを透かして、色づいた光がとりどりに床に散らばっています。ほのかさんはその光のひとつひとつをうっとりと見つめました。

ふとほのかさんは、床の寄せ木模様に目をとめました。木片のひとつが、ちょっと傾いているのです。

「さすがにあちこちガタピシしているからなあ」と、ほのかさんはその木片に触れました。

ぽろっ。

「あっ！　とれちゃった」

ほのかさんは慌てて元に戻そうとして、手を止めました。木片の下には、ちいさく折りたたんだ紙があり、表には

「これをみつけたひとへ」と書かれていました。

手紙はずいぶん昔のもののようで、少し黄ばんでいました。あけてみると、ちょっと幼いかわいらしい字でこう書かれています。

でまどをとびこえ　

坂道をあがったら　

西へ50ぽ　南へ30ぽ　

梅の木のかどを曲がって　

くねくねすすんで　

ベンチで待て

「なに、これ」と、ほのかさんは心のなかでつぶやきました。

坂道を上がる？

ベンチで待つ？

出窓を飛び越え、って！

気を取り直してスマートフォンを取り出し、地図を開きます。

家の前の坂道を上りきると、東西に走る通りがあります。「梅の木公園」という屋敷跡もあるようです。

その先は……ほのかさんはたしかめる前にスマートフォンをしまいました。

「そうか、たしかめてみればいいんだ」

ほのかさんは、わくわくしてきました。

水筒に3杯目の紅茶を詰めました。

厚手のコートを着込んで、マフラーを首に巻き、出窓をあけてから一瞬考えたあと、ちょっと笑って窓を閉め。そうやって玄関の扉から外へ出ると、ほのかさんは、坂道をぐんぐんと上がっていきました。

（おしまい）

眠る前のショートストーリー特別篇、いかがでしたでしょうか。お正月やすみがあけて、あっという間に1月も終わりを迎えようとしています。新しい年を迎えて1ヶ月、みなさま本当にお疲れさまでした。ふかふかの雲につつまれるように、今晩、心地よいねむりが訪れますように。（ヒツジ雲）

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文／ヒツジ雲
おやすみ前の皆さまに、いい夢をお届けできるようなショートストーリーをつくっているユニット

イラスト／杉本さなえ
鳥取出身。2018年から福岡を拠点に活動。少女や花、動物などをモチーフにした物語性のあるイラストレーションを制作。近年は墨汁の黒と朱の2色のみで描く作品に力を入れている。イラストレーターとしても活動中。2018年に作品集「Close Your Ears」2022年に作品集「AGEHA」発行。