甲斐みのりさん 前編「好きを見つけるチカラ」

ライター 矢作千春

m-7033写真 鍵岡龍門

 「好きな仕事」にたどり着いた甲斐みのりさんの、2つのチカラとは?

1日の多くの時間を占める仕事によって、その人の価値観や考え方のベースが作られていくもの。ときには、進む先が見えずに足踏みしてしまったり、悩んで遠回りしてしまったりすることだって、誰でもきっとあると思います。

「好きを仕事に」をテーマに、自分が心から好き!と思える仕事に巡り会えた人たちは、一体何を考え、どんな経験を積み重ねて、今のお仕事に辿りついたのかを探る、本特集。

インタビューさせていただいたのは、旅や散歩、お菓子、クラシック建築、雑貨と暮らしなど、わたしたちも大好きで憧れてしまうモノやコトをテーマに、書籍や雑誌に執筆されている文筆家の甲斐みのりさんです。

好きなことを仕事にしている甲斐さんが、今、大切にしている“2つのチカラ”について、前編と後編に分けてお届けします。

 

老舗喫茶店のような、甲斐さんの仕事場へ。

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今回訪れたのは、執筆などをするときのお仕事場として利用しているという、昭和レトロなマンションの一室。扉を開けて、真っ先に目に飛び込んでくるのは、天井まで届くほどの大きな本棚でした。そこには、日頃から愛読しているという、さまざまな本や資料が所狭しと並んでいて圧巻。

「この本棚は、前の住人が置いていったものなんです」と甲斐さんはにっこり。

部屋中が本棚に囲まれているこの物件は、しばらく借り手がいなかったのだそう。 おびただしい数の古書に囲まれたその空間は、古本好きの店主が営む、老舗の喫茶店にいるかのような錯覚を覚えます。

本棚の隙間からは、ちょっととぼけた表情の動物たちが顔を出していて、思わず癒されます。

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甲斐さんの文章には、命が宿っているように感じます。丁寧な文体で綴られるノスタルジックな情景とともに、甲斐さんが愛でるモノたちの息づかいまで聞こえてきそうです。

作り手の魂だったり、その地域にひっそりと根付く人々の営みだったりが、大切な思い出をそっとアルバムに収めるように丁寧に切り取られて、本の中で新たな息吹をあげます。

この甲斐さんが織りなす優しく丁寧な言葉は、どうやって生まれたのでしょう?甲斐さんの幼少期の出来事から、その秘密を紐解いてみました。

 

両親の会話がいつも五・七・五の俳句でした。

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甲斐さん:
「俳人でもある両親のもとで育ちました。夫婦の会話が、五・七・五の俳句なんです(笑)。

古文の研究者で先生もしていた父は、正しい日本語を使うことに、とても厳しい人でした。
休みの日になると、吟行(詩歌を吟詠しながら歩くこと)のために、山里などの田舎に連れられて。

その日は必ず、好きな本を1冊買ってもらえるので、父と母が俳句を楽しんでいる間に、私は読書をして待っているんです」

人間辞書みたいなお父様だったこともあって、いつか自分も書く人になりたいと、子どもの頃から漠然と思っていたそう。

甲斐さん:
「国語は得意だったけれど、数学や理科が苦手で。でも、両親は好きなことを伸ばせばいいと、できないことを少しも叱りませんでした。

自分が少しでも興味を持ったことは、とりあえずやってみなさいと言ってくれました。教養や感性を育てようとしてくれたので、それには随分救われましたね」

ご両親の子育てへの考え方も、自分の好きなことを見つけて、それを仕事にすることができた秘訣の一つだったのかもしれません。

 

シクシク泣いていた日々を変えた、1冊のスケッチブック。

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よしもとばななさんや林真理子さんのように、芸術系の文芸学科出身の作家がいることを知り、大阪の芸術大学へと進学した甲斐さん。学生の頃は、大好きな映画や音楽にどっぷり浸かった生活だったといいます。

しかし、大学4年生になって、そんな楽しい生活が一変しました。

甲斐さん:
「芸術系の大学ということもあって、就職活動をしていない人がほとんどで。就活のやり方がわからず、人生に悩んでしまって、毎日シクシク泣いていました。この先、どうやって生きていったらいいんだろうって」

そんな毎日から抜け出そうと、甲斐さんはある行動に出ます。

甲斐さん:
「まず始めにおこなったのは、1冊のスケッチブックを買うこと。そこに、好きな言葉やモノをどんどん書き出していきました。

そして、1冊のスケッチブックが、好きな言葉でいっぱいになったときに、やっと自分に自信が持てたんです。私が何者でもなくて、何も持っていなくても、こんなに好きなモノがあるという事実に救われました。

好きなモノがいっぱいある人は、毎日一生懸命になれるから強いです。私の本づくりをする上でのテーマでもあるのですが、日々忙しい中で私の本を開いたときに、忘れていた自分の好きという気持ちを思い出してもらえたらいいなと思っています。

伝え手である私が、その題材への好きという気持ちを本に注げなければ、読者には伝わらないことだと思うので、好きという強い気持ちを本に閉じ込めようと努力しています」

お気に入りのスケッチブックのスキマを、たくさんの“好き”で埋め尽くすことができたら、見える景色がガラリと変わるかもしれない。迷うことなく、自分が信じる道を真っ直ぐに突き進むことができそうだと思いました。

 

京都で見つけた、好きの原石。

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自信を取り戻した甲斐さんは、大学に籍を残したまま、大好きだった京都へと移り住みます。自分が本当にやりたいと思う仕事を見つけるために、祇園の料亭でアルバイトも始めました。

甲斐さん:
「祇園の料亭では、器の名前を覚えなければいけなくて。月に2回いらっしゃる方もいるので、器がかぶらないように、すべてメモをするんです。

お料理や季節の模様が描かれた美しい器を覚えるのが楽しくて。ここで器や食、季節のこと、礼儀作法、着物の着付けを少しずつ覚えていきました」

こうした京都での体験が、初の著書、『京都おでかけ帖〜12ヶ月の憧れ案内』という本の原型となります。

文筆家のお仕事をする上で、影響を受けた本はないかを尋ねると、本棚から一瞬のためらいもなく3冊の本をサッと選び出してくださいました。

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甲斐さん:
「植草甚一さんは、散歩や雑学を文学として引き上げた、日本のサブカルチャーの先駆けとなった人です。街を歩いたりすることが本になるんだ!というのが大きな発見でした。誰になんと言われようと、自分の価値観を突き通して、好きでやっているところがすごいと思いました。

植草さんがエッセイの中で、池波正太郎さんのことも書かれていたので、それも読んでみたら、もう、すごく面白くて。

東京に行ったときには、本に書いてあった散歩コースを巡りました。グーグルマップなんて当時はないので、全部行き先を書き出して、地図にポイントを打っていくんです」

文章が上手いとか下手ではなく、本人が好きで楽しくてやっているところに強く影響を受けたと、甲斐さんは語ります。

甲斐さん:
「よく、私の本を読んだ読者から『これをカワイイと言っていいと思わなかった』という感想が届くんですよ。地方のお土産本などで私がカワイイと言っているものは、一般的にはカワイイかどうかのギリギリラインのものが多いので。

でも、私は自分がカワイイと思ったら、自分の感覚を頼りに、胸を張ってカワイイと言うようにしています」

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甲斐さんが自分の感性に正直でいられるのは、きっと、真っ新なスケッチブックを前に、自分の好きなことにとことん向き合ったからなのでしょう。

どんなに楽しそうに見える人にも、うまくいかなくて落ち込んだりすることはあると思います。

そんなとき、沈んだ気持ちをフッと引き上げてニュートラルな状態に戻してくれるような、“自分だけの好き”を見つけることが、濃くて楽しい毎日を過ごす秘訣なのかもしれません。

“自分の好き”を見つけてから、どうやって仕事として本の執筆に携わるようになったのか。後編は、「好きを育てるチカラ」をお届けします。

 

(つづく)

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甲斐みのり(文筆家)

1976年静岡県生まれ。旅や散歩、お菓子に手土産、クラシック建築やホテル、雑貨と暮らし。女性が憧れるモノやコトを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。「叙情あるものつくり」と「女性の永遠の憧れ」をテーマに雑貨の企画・イベントもおこなう。近著は『地元パン手帖』(グラフィック社)、『京都おやつ旅』(監修/PHP研究所)など。http://www.loule.net/

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ライター 矢作千春

大手メディア会社、出版社を経て、ホンシェルジュ編集長に。http://honcierge.jp/ 無計画な一人旅が大好きで、リュックひとつで国境を目指して、陸路の旅をしていたことも。現在はフリーのライター・編集者として、雑誌や書籍、Webなど、多くのメディア作りに関わる。“健康的にモリモリ食べる!”をモットーに、2つの料理学校で武者修行中。


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