【眠れない夜に】前編:眠っている時間こそ人生のメイン。起きている時間はおまけのようなもの?

編集スタッフ 寿山

疲れているのに、なかなか寝つけないことがあります。眠れないほどに考え事がはかどり、ますます目は冴えるいっぽう……なんて経験はありますか?

眠りについて考えていたとき、1冊の本を手にする機会がありました。

医師である稲葉俊郎(いなば としろう)さんの『ことばのくすり』という本で、そのなかに「眠りこそはすべて」という言葉がありました。眠りこそは人生のメインとなる行為で、起きている時間はおまけのようなものだと。

眠りが大切だとは思っていましたが、起きている時間がおまけとは、どういうことなのでしょう?

あらためてお話を伺うべくご自宅を訪ねました。

 

医療の力だけでは、治せない病気もあると感じて

稲葉さんは西洋医学だけでなく、伝統医療や民間療法も学びながら、医療と芸術や音楽、温泉などさまざまな要素を融合させた、ウェルビーイングの場の研究に取り組まれています。

さっそく、眠りが人生のメインとはどういうことか? 詳しく伺ってみました。

稲葉さん:
「長い間、病院で病気を『治す』ことに注力してきたのですが、そもそもケガや病気が治るのは、人の自然治癒力があってこそだと痛感する場面がたくさんありました。

たとえばケガをして医者が傷口を縫ったとします。でも、縫っただけでは傷は治らない。自然治癒力が働いてこそ、傷は治るんです。治る土台があってこそ、医療で治すことができるのだと。

病気を治そうとすればするほど、そうした人の『治る』力に興味が湧いてきました。そして『治る』現象が最も起こりやすいのが、眠っている時間なんです」

稲葉さん:
「人生の主語を私と考えたら、起きている時間がメインになるかもしれません。ですが、主語を『命』と考えたら、眠っている時間こそがメインだと思います。

ただ眠っているわけではないんです。

自然治癒力を高めて体を回復させたり、起きている時間に乱れた体の調和を整えている。まさに命にとっては、眠りこそがメインの時間なのです」

 

うたた寝は、私たちに必要なこと?

命にとっては眠りこそがメインの時間と聞くと、なかなか寝付けない夜や、深い眠りにつけない場面にますます罪悪感を覚えます。

稲葉さん:
「まず、罪悪感を感じること自体が心にも体にも良くないので、その気持ちは手放してみてください。

たとえば電車に揺られて一瞬寝てしまったり、読書中にウトウトしたり、うたた寝してしまうことがありますよね。あれは、体が必要だと判断したから起こる現象なんです。今は寝ようとか、今は起きていようとか、頭で判断したことではなく、命に必要だと感じたら体が動いてくれるんです」

 

夜しっかり寝ることだけが、良質な睡眠ではない

うたた寝が必要なものだとしたら、たとえば育児や介護で夜は細切れにしか眠れないというときも、うたた寝が助けになるのでしょうか?

稲葉さん:
「そうです。私も病院に勤めていたとき、当直や当番などで夜中に働いて、合間に仮眠をとるという日もありましたから、意識してうたた寝する環境をつくっていました。

たとえば、うたた寝するために本を読むとか。敢えてカントやヘーゲルなどの難しい哲学書を開いて、電車に揺られているところをイメージしながら少し眠るだけでも、すごく回復するんですよね。

本は好きです。でも、私は眠りの方が大切だと思っているから、敢えてそんなこともしています」

育児の合間に本を読みながらウトウトすることにも罪悪感を抱いていたので、稲葉さんの言葉がシンプルにうれしかったです。

家事を残したまま寝落ちすることも、体が求めていることだからあらがわない方がいいとのこと。寝落ちしてしまった翌朝に後悔するのはやめて、いい睡眠がとれたと喜んでみようと思いました。

稲葉さん:
「命を主体に考えたら、自分の判断なんて、ちっぽけなものだと思うんです。体の判断を信じて、命が求めていることを肯定してみてください」

 

起きている時間は、人生のおまけのようなもの

眠りが人生のメインという考えが少しだけわかってきた気がします。

では、起きている時間がおまけのようなものというのは、具体的にどういうことなのでしょうか?

稲葉さん:
「私たちは、起きて社会活動を営んでいるときの意識的な世界。眠っているときの無意識的な世界二つの異なる世界を生きています。

意識的な世界である社会生活では、時間や規則、仕事の生産性など、あらゆることに適応するために膨大なエネルギーを使っています。楽しいことも辛いことも含めて慌ただしく物事が過ぎ去り、あらゆる感情をかき乱されもします。

社会生活を送ることは大切ですが、それに埋没してしまうと、自分自身を見失ってしまう気がするんです」

稲葉さん:
「だからこそ眠りの時間は、純粋な自分に戻るかけがえのない時間です。外的世界のことを一旦忘れて、自分の内的世界と向き合えますから。

深く眠り、無意識の世界に潜り込むことができれば、夢を見ることができます。ときに夢から、現実を生きるためのヒントすら受け取ることもあります。命の核心部に近づいているのは、眠りの時間なんです。だから起きている時間は、おまけのようなものだと私は考えているんです」

起きている時間が人生のおまけだとすれば、日々向き合っている現実世界がうまく回る日も、そうでない日も、少しだけ気持ちを軽くして向き合える気がしました。

さて、つづく後編では、人生のメインである「眠り」の時間を、より良くする工夫について、詳しくお話を伺います。

 

【写真】井手勇貴

 

もくじ

 

稲葉俊郎

1979年熊本生まれ。医師、医学博士。作家。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授。「いのちを呼びさます場」として、湯治、芸術、音楽、物語、対話などが融合したwell-beingの場の研究と実践に関わる。西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修め、医療と芸術、福祉など、他分野と橋を架ける活動に従事している。https://www.toshiroinaba.com/


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