
「家族のため」に我慢をしていると、自分を犠牲にしている感覚が募って、いつの間にか「家族のせい」にすり替わってしまうことがあります。「あれ、自分はどうしたいんだっけ?」と、現在地と行き先を見失ってしまうことも。
Podcastに本。サクちゃんこと桜林直子さんの「雑談」に触れると、凝り固まった思考がほぐれ、視界が晴れ渡り、自分の輪郭がくっきりしてきます。
誰と、何を食べて、どう生きるのか。「家族の食卓-table talk-」第5話は、マンツーマンの雑談サービスを仕事に、成人した娘さんとふたりで暮らす桜林直子さんの食卓を訪ねました。
おいしさも栄養も諦めない、20分のテレワークランチ
桜林さんは、1回90分、月に約50人と雑談をしています。
自宅でオンラインをつなぐ、雑談の仕事のお昼どきの休憩時間はわずか20分。短い時間でも、食事がもたらす、自分にとってのおいしさ、栄養、安らぎ、どれも諦めることはありません。
桜林さん:
「時間がないから食べない、適当に済ませるという選択肢も浮かぶかもしれませんが、自分が食べてうれしくないものを食べるのはイヤなんです。本当にイヤだから、どうにかできるやり方を考えます」
そうして行き着いたひとりランチの定番が「おかずおにぎり」。東北の万能つゆ「味どうらくの里」とバターで濃いめに味付けをした鮭と、紫蘇とごまを、玄米と白米に混ぜて結ぶ。夕飯の支度のついでなど、時間があるときにつくって、冷凍庫へ。
おかずになる鮭は1kg単位で水産業者の通販で取り寄せ、「AICOCHAN」の金のマグロの水煮を活用することも。玄米は洗米も浸水もいらない「ぷちっともち玄米」、添える即席味噌汁はアマノフーズ。自分の感覚を頼りに、ひとつひとつ選んできたものばかりです。
桜林さん:
「味を知りたいという好奇心もあるから、いろいろ試して、自分が食べてうれしいものを探します。ぴったりなものを見つけたら、箱や大袋で買って常備。飽きるまでほぼ毎日食べるので消費が早いんです」
備えは日々の安心に。仕事の休憩時間になったら、おにぎりを温め、つくり置きのおかずを添え、お椀に湯を注げば、ものの数分でランチは完成。手を合わせ、ゆっくり味わいます。たとえ20分でも妥協せず、自分を喜ばせるひとりの食卓がありました。
ぴったり合う場所へ自分を連れて行く
自分の感覚にぴったり合うものを探して、試して、見つける。桜林さんのその姿勢は食卓に限ったものではありません。例えば部屋に飾る花も、引っ越してすぐに街を歩いて花屋を巡り、スーパーの中に、種類も豊富で花持ちもいい店を見つけたそう。
こうした日々の小さな選択は、独立など、人生の大きな選択とも地続きにあります。
桜林さん:
「昔から、“なんか違う”という違和感には敏感なんです。子どもの頃は、家庭も学校も選べないし、しょうがないと諦めて、ひたすら我慢していました。大人になってからも、23歳でシングルマザーになったので、子どもと自分が困らないために、マイナスをゼロにすることが最優先。
30代になってからかな、我慢のフタを外せるようになったのは。生活や仕事における違和感や不満をひとつひとつ並べて、ひっくり返していったんです」
会社員として12年間、洋菓子業界のバックオフィス業務を担う中で、貯まった不満を「自分だったらこうする」に変換して、独立。32歳でクッキー屋を開業しました。
桜林さん:
「長時間かつ少ない給与で働いて、当時小学生だった娘のあーちんと夏休みも一緒に過ごせない。時間とお金がない状態がイヤすぎて、『半分の時間で2倍稼ぐ』ために、自分が得意なことでお店を開きました。
私の場合、不足を満たすために考え尽くして決めたことで、自分が"やりたいこと”ではなかったんです」
時間とお金をつくることを優先順位のいちばん上に置いて、叶えることはできた。けれど子育てを含む家族の事情があり、「自分がどうしたいか」に目を向ける余裕はなかったそう。40歳を前に、自分とおしゃべりをするように、noteで過去を振り返り書き出して見えてきたのは「雑談がしたい」という欲でした。
桜林さん:
「ずっと“やりたいこと”がわからなかったんです。将来の夢もないし、やりたいことリストも書けない。代わりに”やりたくないこと”はたくさんあったから、ネガティブをひっくり返してすすんできました。そして気づいたら、“やりたいこと”が生まれていたんです。
私にとって雑談は『あなたには世界がどう見えているかを教えてよ、と交換すること』。雑談なら延々とできるし、私もうれしくて、相手も喜んでくれる。自分にぴったりな仕事がないなら、つくればいい。みうらじゅんさんの『ない仕事はつくる』精神です(笑)」
今日何を食べ、何を着るか。部屋にどの花を飾り、どのタオルを使うか。誰と会って、どんな言葉を交わすか。ない仕事をつくる今に至るまで、「自分がどうしたいか」に素直に自分で決める練習を繰り返してきたと言います。
桜林さん:
「これでいいやって環境に自分を置いたままにしないで、ぴったり合う場所に連れて行ってあげる。どんな小さなことでも、ぴったりは諦めたくないんです」
自分で選んで決めて、人のせいにしない
「自分がどうしたいか」を起点にすることは、子育てでも大事にしてきました。娘さんに言葉と姿勢で伝え続けたのは「自分で選んで決めて、人のせいにしない」こと。
桜林さん:
「自分の好きなことをやっていいんだよ、自分で選んで決められるんだよ。だから人のせいにしないでね。そこに関してはスパルタでした。私がそう思える環境で育ってこなかったので、反面教師として。
物心ついた頃から、わけがわからず泣いているあーちん(娘)に対して『泣き終わって落ち着いたら、どうしたいか教えてね』って言ってました。泣けば親がなんとかしてくれると思わないで、何が不満でどうしたいのか、自分で考えてほしかったから」
子どもが困る前に「〜しなさい」とお膳立てすることもなかったそう。
桜林さん:
「例えば『宿題をしなさい』とかも言わなかったですね。あなたと先生との約束だから、自分でやるかどうか決めてね、というスタンスでいました。忘れたときに親である私のせいにされたくなくて。もちろん子の性質はあって、あーちんはビビりだから、安心して放っておけたのもあるけれど」
心を砕いたのは、子どもをよく観察して、好きなことに夢中になれる環境をつくること。
桜林さん:
「あーちんはちっちゃいときからずっと絵を描いて、生物の図鑑を見て、好きなことがはっきりしていました。だからとにかく邪魔しない。習い事を探すような感覚で、ほぼ日が主催する『マンガ大賞』への応募を勧めたこともありました」
当時10歳だった娘さんの作品は見事入賞。ほぼ日での連載がはじまり、1冊の本になりました。それからずっと、娘さんは今も、絵を描き続けています。
大学への進路を決めるときも、桜林さんは娘さんが「自分で選んで決める」ための材料を用意することに徹します。
桜林さん:
「絵が好きだから美大に行くのかなと思って、美大卒の友人を紹介したんだけど、話を聞いたら美術を学びたいわけではないと気づいたようでした。海洋学の勉強がしたいというので、間に合う大学の選択肢とがんばる道筋を先生と相談して、やるかやらないかは本人に任せ、北海道の大学に送り出しました。
小学生の頃から『(新幹線に)乗ったら着くよ』と、乗り降りするところまでは大人が付き添って、一人でどこでも行けるようにしたんです。会いたい人にはいつでも会いに行けるし、行きたいところにはどこにでも行けるよってことを伝えたくて。それを体で覚えていたから、遠い北海道でも抵抗なかったみたいです」
自立したふたりの「ルームシェア」
北海道での大学生活を経て、東京に戻ってきた娘さんは、アクアショップで働きながら、絵の仕事もしています。そして再びふたり暮らしに。
桜林さん:
「やりたいことじゃないのに“とりあえず就職”みたいになるなら、帰っておいでって言いました。彼女が魚と絵の仕事を両方やりたいことはわかっていたから」
ふたりの今の暮らしは「ルームシェア感覚」なのだとか。とはいえ同じ屋根の下、ぶつかり合うことはないのでしょうか。
桜林さん:
「ふたりとも平和主義なので、喧嘩になることはそんなにないかな。お風呂でみかんを食べるとか、お互いに自分をご機嫌にする切り替え方法を持っているのもいいのかも」
親子といえどふたりは、付かず離れず、自立した個人の対等な関係であるように感じます。
桜林さん:
「私自身が子ども時代に、家庭でも学校でも、子ども扱いされるのがすごくイヤだったから、常に対等な人として接してきました。私はせっかちで、あーちんはのんびり。違いがあるから、何がイヤか伝え合って、信頼して放っておく。今はお互いが自分の好きな状態で、仕事と生活をしている感じです」
誰かと一緒にいたとしても、問い続けて手放さずにいたいのは「自分がどうしたいか」。寄りかからず、投げ出さず、まずは自分の足で立つ。そして言葉を交わして、自分を知り、相手を知る。その先に、自分と他者との健全な関係が生まれるのかもしれません。
「今の住まいには不満がある」とニコニコ話す桜林さんは、きっとこれからも、自分にぴったりな場所を探し続けるのでしょう。私も小さなことから、自分に“ぴったり”を見つけたいと思います。
白米と玄米を1合ずつ混ぜて炊く。フライパンに太白ごま油をひいて、鮭を2匹並べ、焼色がついたら酒を注ぎフタをして蒸す。火が通ったら、万能つゆを入れ、バターを落として焦げ目が付くまで焼く。お皿に移して、骨と皮を取って身をほぐす。炊きあがったごはんに鮭、千切りにした紫蘇、炒りごまを混ぜて、少しの塩で三角に握る。
桜林さん:
「フライパンに残ったタレを一緒に混ぜてもおいしいです。5個くらい握って冷凍庫で保存しています。おかずを混ぜれば、おにぎり一つでタンパク質もしっかり取れて、満足感もありますよ」
photo:井手勇貴
桜林直子
1978年、東京都生まれ。洋菓子業界での勤務を経て、2020年にマンツーマン雑談サービスをスタート。著書に『世界は夢組と叶え組でできている』『つまり〝生きづらい〟ってなんなのさ?』『あなたはなぜ雑談が苦手なのか』がある。ジェーン・スーさんとのポッドキャスト「となりの雑談」も人気。
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