
同じ家族、同じ家で、生活を繰り返していると、馴れ合いや飽きが生じて、見える景色が平坦になっていきます。閉じた窓を開けるように、家族にふわっと新しい風を吹き込みたい。
例えば、二拠点生活をするのはどうだろう? そんな思いがよぎっては、移動や掃除、生活でやることを増やす余白はないと、妄想をかき消しています。
今すぐじゃなくても、いつか時が来たら。そんな気持ちで、都内のワンルームと千葉・鴨川の平屋の二拠点で暮らす、50代夫婦の週末の食卓を訪ねました。
【かぞくの食卓 -table talk-】第9話にご登場いただくのは、編集者のおおいしれいこさんと潜水士の久米大作さんです。
気負わない、軽やかな二拠点暮らし
房総半島にある千葉県鴨川市。緑の棚田に浮かぶように佇む白い平屋がふたりの週末の住まいです。晴れた日は窓から水平線が見える、ほんのり海の風も漂うのどかな土地。
編集者として暮らしの本をつくるおおいしれいこさんと、潜水士として海の土木建築を担う久米大作さん。働く平日の寝床は、東京の賃貸のワンルーム。
トライアスロンを仲間と楽しむ大作さんが、トレーニングを終えた土曜の夕方に、東京を出発。2時間弱の運転は大作さんにとってはいい気分転換に。れいこさんは運転はしないから、鴨川の家に来るのはいつもふたり一緒です。
日曜は朝から掃除をして、野菜の直売所と鮮魚店、地元のスーパーを巡り、1週間分の食材を買い出します。帰ってきたら久米さんは草刈りを、れいこさんは昼食の準備を。
編集を手がける本のレシピ検証として繰り返しつくったお揚げの甘煮を仕込み、稲荷寿司と青菜の和え物に。水揚げされたばかりの鯵は寿司となめろうに。自家製のガリを添え、ポテトサラダには3種のじゃがいもを使って食感の違いを楽しみます。
れいこさん:
「鴨川では地元のお店の人と話をしながら、食材を頭の情報ではなく、目と手の感覚で選んでいるように思います。台所で泥を落として、魚の骨を抜く。料理は生っぽい作業で、ごはんはいのちだなって。器もどーんと重たいものが並び、東京にいるときよりもおおらかな食卓になりますね」
大作さん:
「新鮮な魚を食べられることがいちばんの楽しみです。食が豊かだから、毎週来れるんです」
ノンアルビールで乾杯し、ゆっくりごはんを食べたあとは、それぞれ本を読んだり、そよぐような音楽とブランコに揺られたり。庭仕事をしたり、ピアノを奏でたり。車で15分ほどの海に出かけ、波に乗ることもあります。
大作さん:
「草刈りに剪定、自然の中で体を動かしていると気持ちがいいんです。休日にここへ来ると癒されて、平日にパソコンの前にいても大丈夫なようにチューニングされるんだと思います」
日曜の夕方には鴨川の平屋を出発して、東京のワンルームへ。刺身をつまみながら、大河ドラマを観るのがふたりの週末の日課です。
「やらなきゃ」を「まあいっか」に
長崎県の離島・壱岐に生まれ、7人きょうだいの5番目として育ったれいこさん。幼少期は藁葺き屋根の祖父母の家で姉たちと暮らし、小学生からは9人の家族で食卓を囲んできました。
れいこさん:
「魚がよく穫れるのでハンバーグもいわしのつみれ。酢飯を握って好きな刺身を乗せるお寿司屋さんごっこもよくやりました。母の知恵ですよね。今でもよくつくる母の味、コロッケは100個くらい揚げて…。翌朝、キープしておいたコロッケを食パンに挟んでお弁当に持っていくのが好きでした。家族が多いので、娘たちは手伝うのが当たり前。姉妹にも序列があって、野菜を切ったりする“花形”は姉たち、私と妹はいつまでも下働きでしたよ」
家制度の名残が残る九州の実家では、父や兄たちが台所に入ることはなかったそう。だからこそ、東京で生まれ育った大作さんが当たり前のように掃除や洗い物をすることに驚いたのだとか。
福岡での仕事を通して出会い、10年ほどの交際を経て結婚。大作さんが転職し岐阜に赴任になったときも、れいこさんは仕事を辞めてついていくことを疑いませんでした。
れいこさん:
「岐阜で仕事を探そうと思っていたんですが、編集の仕事を続けたくて。所属していた編集プロダクションのボスに東京に来たら?と言われたので、大作さんに相談したら『やりたいことをやるのがいいよ』ってあっさり。東京に暮らす兄の家を拠点に、途中で自分で家を借りて、結婚して15年くらいは岐阜と東京を行き来する生活でした」
東京で働き、週末は岐阜へ。その際、れいこさんは1週間分のおかずをタッパーに詰めてつくり置いていました。
れいこさん:
「毎日料理をする母の姿を見ていたので、ごはんを用意しなくちゃと思っていたんです。これは月曜分、火曜分、とおかずをつくっていたんですが、食べられずに残っているとイラッとしちゃって。ある時、頼まれてないのに、私が勝手につくって押し付けてるだけだと気づいたんです。相手に強制をしないように、私も“やらなきゃ”を手放していきました。“まあいっか”って」
手を動かし、低予算で自分たちらしい暮らしを
大作さんが埼玉に転勤になったことをきっかけに、東京でふたりで暮らすように。多趣味な大作さんは、自転車にバイク、アウトドアグッズを多数所有。東京のワンルームに荷物が収まらず、かといってトランクルームを借りるのは「味気ない」。
れいこさん:
「お互いにローンを組んで家を買うイメージがなく、自分たちらしい暮らしってなんだろう?と考えていたんです。東京のワンルームは事務所兼寝床として、荷物置き場としてもう1つ拠点を持つのもいいなって。毎年一緒にハワイに行っていて、海鮮も好物だから、海のそばで暮らしたいと思ったんです」
鴨川での賃貸暮らしを経て、大作さんいわくただ同然で築70年の空き家を購入し、総予算100万円以下でセルフリノベーション。大作さんが書籍で木造住宅の構造を学び、業者に頼まず、家づくりはすべてふたりで。自分たちの手を動かすようになったのは、静岡の海辺で暮らすアーティストのこばやしゆふさんの影響だそう。
れいこさん:
「もともと夫はインテリアに興味がなかったから、暮らしの感覚をすり合わせようと、一緒に美術館に行ったり友人宅を訪ねたりしていたんです。ある夏、ゆふさんに『何かつくりたいものはない?』と聞かれて、海辺で流木を拾ってテーブルをつくりました。こんなふうに暮らしをつくっていくことができるんだって体が覚えていったんです」
大作さん:
「自分たちでつくっているから、完璧じゃないんですが、アートっぽくていいねと、柔軟に捉えています」
渋い色を好むれいこさんと、明るい色を好む大作さん。嗜好が違うふたりは、手を動かしながらふたりの暮らしの色を探ってきました。
れいこさん:
「例えばキッチンも大作さんは黄色がいいと言うので、私が許容できる色に調合していきました。自分の好きな色で世界観をつくり込んでいくこともできるけど、それはつまらない。あれこれ話して、違いを受け入れていかないと、ふたりの暮らしにはならないですから」
予想外をおおらかに受け止める
自分たちの拠点が整った2020年、ふたりは2匹の保護猫を家族に迎え入れました。
大作さん:
「猫にもそれぞれ性格があって、予想外のことをするから目が離せない。私が出張に行く際、れいこさんとWhatsAppで連絡を取り合っているんですが、猫の話ばかりです」
ふたりの真ん中にはいつだって2匹の猫がいます。趣味も嗜好も、物事を進めるペースも体力も「ぜんぜん違う」と声を揃えるふたりですが、猫への愛情と“善悪のものさし”は一致するよう。
れいこさん:
「道端に落ちているゴミを拾うとか、駅でうずくまっている人がいたら『大丈夫ですか?』と声をかけるとか。そういう善悪の価値観が似ているから、一緒にいられるのかな」
大作さん:
「私にとってれいこさんは火星人みたいな存在ですが、予想外だから、一緒にいるとおもしろいんです」
趣味嗜好が異なる家族と暮らすことも、小さな生き物を迎え入れることも、自分たちの家をつくっていくことも、予想外の驚きに満ちている。予想外をおおらかに受け止めるふたりだからこそ、新しい風が自然と吹き込んでくるのでしょう。
こうしたい、ああしなきゃとつい、理想や義務感にとらわれてしまうけれど、設計図を描かずに手と心を動かしていった先に、自分たちらしい家族のかたちが見えてくるのかもしれません。ひとりではなく、ふたりから始まる新しい景色が。
霧がかっていた空がすっかり晴れて澄み渡るように、難しいと思い込んでいたものがするするほどけ、軽やかな心持ちで鴨川から東京へ戻りました。

油揚げ4枚を半分に切り、お湯に浸して油抜きをする。鍋に油揚げを扇形に並べ、水200ml、しょうゆ大さじ4、きび砂糖大さじ3、みりん大さじ2を混ぜて入れ、中火にかける。煮立ったら火を弱め、10分ほど煮汁が少なくなるまで煮たら火を止めて、鍋のまま冷ます。
れいこさん:
「編集を担当した長尾朋子さんの書籍『体を強くする豆腐料理』に掲載しています。まとめて煮込んで、稲荷寿司にしたり、青菜と和えたり、ごはんやうどんに乗っけたり。常備しておくと助かる万能おかずです」
photo:井手勇貴


おおいしれいこ・久米大作
おおいしさんはフリーランスで暮らしまわりの書籍の編集と執筆を手がける。著書に『愛しのボロ:直し、生かし、使いつなぐ21人の暮らしもの』(エクスナレッジ刊)がある。編集した本に『トラネコボンボンの台所ごよみ:今日はニャに食べる?』(中西なちお著/文藝春秋刊)、『体を強くする豆腐料理』(長尾朋子著/すみれ書房刊)ほか多数。久米さんは潜水士として水中で土木建築を行う。トライアスロンの世界選手権にも出場。
Instagram:@oishi.reiko