
木々の葉がさらさらと音を立てる、郊外の静かな団地。階段を上がった先にある、眺めのいい部屋にひとりで暮らす女性がいます。多良美智子さん、91歳。
登録者16万人を超えるYouTubeチャンネル『Earthおばあちゃんねる』をお孫さんとともに運営し、3冊の著書も上梓されています。
多良さん:
「朝のラジオ体操の集まりと日中のお買い物と、一日に2回はこの階段を上り下りしていますね。やっぱり、歩けないとどこにも行けませんから。なるべくここを上り下りできるように、リハビリのつもりで頑張っているんです」
そう言っていたずらっぽく笑う多良さんの足取りは、驚くほど軽やかです。

歳を重ねた先、「自分らしく暮らす」ことを誰よりも愉しんでいらっしゃるように映る多良さんの姿。多良さんの気持ちの持ち方や生き方の姿勢から、私たち自身もどこか肩の力をふっと抜いて今を楽しむヒントをお伺いできるのでは。
今回の特集ではそんな想いを持って、軽やかに一人暮らしをされている多良さんのご自宅を訪ねました。
すべてに目が届く、団地の一人暮らしが心地よくて

一歩中に入ると、そこはまるで、時間の流れが少しだけ穏やかになったかのような、優しく整えられた空間が広がっていました。
北と南の窓を開け放つと、心地よい風が部屋の端から端へとすうっと通り抜けていきます。窓の向こうに広がる空と緑が美しく、室内にはやわらかな光が入ります。

「コンパクトで、小さい家が好きなんです。すべてが自分の目の届く範囲にあるのが心地よくて」そう言って、お気に入りの椅子に腰掛ける多良さん。日々の書き物をしたり、お茶を飲んだりする、特等席だそうです。
今では一見、シンプルで洗練された「理想のひとり暮らし」を体現している多良さん。その歩みを紐解くと、自分の気持ちを楽しいことで満たすという、軽やかでいて、どこか力強さも感じられる意志が見えてきました。
「1人になりたい」から始まった自活の旅

多良さんは、8人きょうだいの大家族で育ちました。戦中・戦後の時代。運動靴は配給制で、草履さえなくて裸足に近い状態で過ごした経験もありました。
多良さん:
「今の時代から見れば、信じられないほど何もなかった。戦後すぐに母を亡くし、父が働く会社の倒産も経験して、お金に困ることもたくさんありました。でも、みんなで助け合って、隣近所とも仲良く暮らしていましたね」
そんな賑やかな大家族の中で、思春期を迎えた多良さんは、「ひとりになってみたい」という願いを人知れず募らせていたそうです。
多良さん:
「きょうだいがたくさんいましたから、もちろん一人の部屋なんてありません。狭い子ども部屋に2段ベッドを両脇に置いて、その間に挟まれた勉強机に2人ずつ並んで座るんです。いつでも誰かが部屋にいて、本を読みたくても話しかけられる。
高校生の頃から、とにかく一度でいいからひとりになって、自分の時間を過ごしたい、自分の部屋が欲しいという気持ちが、どんどん強くなっていきましたね」
高校3年生のとき、思い切って父親に「卒業したら、ひとりで自活したい」と打ち明けました。
「わたしの部屋づくり」の原点

多良さん:
「父は驚きましたが、頭ごなしに否定することはせず、『大阪にいる叔父ちゃんに相談してみなさい』と言ってくれました。
早速、大阪の叔父に手紙を書きました。でも、叔父から返ってきたのは『何にも技術のない子は雇えないから、何か技術を身につけてきなさい』と。
そろばんもできなかったし、他に何ができるわけでもなかった。でも、何かないかと考えたときに、会社で一番必要とされているのはタイプライターじゃないかと思って。学校を卒業してすぐにタイプライターの専門学校へ通って、和文タイプと英文タイプの免許を取りました。
今、その技術がね、タブレット端末でローマ字入力するときにすごく役立っているんですよ(笑)キーの配列が昔のタイプライターとまったく同じだから、『わあ、これはいい!』と思って、両手の指先でちょんちょん打つんです。孫たちからは『ばぁば、LINEの返事が早い!』って驚かれます」

そうして大阪へ渡り、叔父の家に住まわせてもらいながら会社勤めを始めた多良さん。念願のひとり暮らしをスタートさせたのは、社会人2年目のこと。叔父の家を出て、小さな部屋を借りたときの高揚感は、今でも鮮明に覚えているといいます。
多良さん:
「本当にお金はなかったけれど、すごく楽しかった。お茶碗を1つ買うのにも、何日もかけてじっくり選んでね。ミシンを買い、ちっちゃなタンスを買って、少しずつ部屋を整えていきました。何もないところから、自分の好きなものだけで空間を作っていく喜び。それが私の『お部屋づくり』の原点なんです」
「ぜったいに、団地がいい」

やがて結婚し、3人の子どもの母親となった多良さん。かつては、ご主人の実家である地方の広い一軒家で子育てをしていました。
多良さん:
「主人の実家は本当に広い家でね、そこで子育てをするのが本当に大変でした。私の姿が少しでも見えなくなると、子どもたちが慌てて『ママ、ママ』って探し回るし、ちょっと目を離した隙に、庭の池に足を突っ込んでポチャポチャやっている。ハラハラすることが多すぎて、身が持ちませんでした」
そんな時、当時最先端だった「団地」が近くに完成し、多良さんはどうしてもそこで暮らしたいと懇願し、団地の居住権を取得。その後、ご主人の転勤で関東近郊へ引っ越すことになった際も、団地の移転システムを利用して、現在の団地に入居しました。

多良さん:
「私は家を建てるよりも、やっぱりこのコンパクトな団地が良かった。当時はみんなが持ち家に憧れる時代でした。
引越しの際、主人が『あたらしく家を建てよう』と言ったときも、『私は、ぜったいに団地がいい』と譲りませんでした。主人は最終的に『それじゃしょうがないな』と私の気持ちを尊重してくれたんです。私のわがままを通させてくれた主人には、本当に感謝しています」
65歳で、調理師学校に通い始めたんです

多良さんのお話を伺っていると、家庭を支えながらも、「もう歳だから」と諦めることなくご自身を楽しませることには積極的に行動されていた様子。
自身が講師を務めるほど上達した絵手紙教室に、歌の教室や編み物教室、写経の会への参加。興味関心がある方向へ、とにかく足を運んだそうです。
65歳の時には調理師学校にも入学。きっかけは、最も仲が良く、多良さんをいつでも可愛がってくれた姉をがんで亡くし、深く落ち込んで元気が出なかったとき。落ち込む多良さんを見かねた息子さんから、学校へ通ってみては?と提案をされたそう。

多良さん:
「『お母さん、いつか居酒屋さんみたいなことをやってみたいなぁってよく言ってたじゃない。本当に居酒屋をやるわけじゃなくても、調理師免許を持つことは、これからの人生の張り合いになるかも。学校へ行っておいでよ』って言われたんです。
息子はそのまま通える範囲にあるいくつかの調理師専門学校のパンフレットを取り寄せてくれて。その中から、せっかくだったら横浜にあるこの調理師学校がいいわと話すと、書類をすべて集めて手続きまで済ませてくれました。
その時ちょうど、年金をもらい始める年齢だったんです。だから、『よし、この年金を授業料に充てよう!』と決めて、通いました。
若い子たちに混ざって必死に勉強して、無事に調理師の免許を取ったんですよ。その学校の研修旅行で、フランスのパリへ行ったのも、一生の思い出ですね」
夫を見送って始まった、人生の「第二章」

多良さんは、9歳年上だったご主人を88歳になる手前で見送りました。それまでの生活は、家族みんなが家でゆっくりとくつろげるよう、家を整えたり、料理を工夫したり、ご主人の介護にと、ひたすら「縁の下の力持ち」として家庭を支える日々でした。
多良さん:
「歳が離れていたし、夫が先立つ可能性が高いことは、結婚当初から覚悟していたことでした。
寂しく悲しくはありましたけど、主人を看取ったときは、『これからは、いよいよ自分だけのために時間を使って暮らしていくんだ』というような思いもどこかにはありました。
それまでは、家庭をいかに心地よく保つかということにエネルギーを注いできましたが、これからは、徹底的に『自分自身を楽しませよう』と。
今私がいちばん楽しみなのは、週2回、高齢者コミュニティでする麻雀。覚えたきっかけは、小学生だった息子たちに麻雀を教え始めた主人のひょんな思い付きからだったんですけどね。
今ではそんな主人の思い出と一緒に、『今を楽しむ』時間が作れているなとも感じています」
「なったことは仕方がない」。軽やかに、前を向く強さ

多良さんのこれまでの歩みを伺っていると、生き方の根底にあるのは、「今を生きる」姿勢そのものだと感じました。
多良さん:
「終わってしまった過去をいくら悔やんでも、元には戻らないじゃないですか。私は、気持ちの切り替えがとても早いの。
『なったことは仕方がない。それよりも、次にどう進むか』を考える方が、私の気性に合っているんです。
誰かを恨んだり、環境のせいにしたりする愚痴をこぼすことはありません。愚痴を言っている暇があったら、自分の好きなことをやった方がずっといい。だって、人生には楽しいことが、他にもたくさんあるんですから」
そう言って、目の前の多良さんはからりと笑います。

多良さん:
「やりたいことをやってみて、そして、自分に合わないな、ちょっと無理だなと思ったら、その時は感謝をして、すっぱりやめればいいんです」
多良さんは、そうやって長年続けてきた絵手紙の教室も、写経の会も、自分の潮時を見極めて、卒業してきたと言います。
人生の持ち時間を、無理なことや義務感、過去の執着でいっぱいにしない。自分に本当に必要な「楽しいこと」だけを残していく、引き算の考え方。多良さんの言葉は、そうした軽やかさと、今の自分を見据え続けるたしかな力強さに満ちていたように感じました。
次回の後編では、多良さんがのめり込んだ布細工の「モラ」や編み物といった手仕事からつながった出会い、そしてお孫さんであるアースさんと運営するYouTubeチャンネル『Earthおばあちゃんねる』の誕生秘話を伺います。
(つづく)
【写真】土田凌
もくじ
第1話(9月7日)
自分の好きなものだけで整えて。多良美智子さんの暮らす部屋を訪ねました
第2話(9月8日)
やりたいことはやってみる。些細な気持ちで始まった、孫とのYouTube


多良美智子
1934年、長崎県生まれ。27歳で結婚後、現在の団地に。2020年に当時中学生だった孫と始めたYouTube『Earthおばあちゃんねる』では、日々の暮らしや料理をアップし、登録者数16万人を超える大人気チャンネルに。著書に『87歳、古い団地で愉しむひとりの暮らし』『88歳ひとり暮らしの元気をつくる台所』『90年、無理をしない生き方』(すばる舎)。