
家族を自分で選んで生まれて来ることはできないし、たとえ自ら選んだ家族であっても、生まれ育った環境や歩んできた道が違う他人同士、わかり合えるようになっていくのはなかなか難しい。
私たちは、どうやって家族になっていくのだろう。
「かぞくの食卓-teble talk-」第10話は、文筆家の麻生要一郎さんの食卓を訪ねました。
「おかえり」と迎える、実家のように
東京・千駄ヶ谷。昭和の空気が漂う築54年のマンションの最上階の一室。友人がフルリノベーションを手がけたという、大きな窓から西陽が差し込むリビングでは、愛猫チョビがまどろんでいます。
毎週のように「ただいま」と帰ってくる“家族のような面々”を想って、台所に立つ麻生さん。
“娘”と呼ぶ母娘の好物は、醤油味の唐揚げ。3歳頃から成長を見守る“娘の娘”は、小学校高学年になって、唐揚げを揚げるのを手伝ってくれるように。保育園の謝恩会でお弁当60人分(!)をつくったり、小学校の自由研究で一緒に料理をしたり。いつだって唐揚げは、彼女の成長とともに欠かせない、現在進行系の思い出の味です。
“兄”のような彼は、この季節は茄子の揚げびたしが好き。彼女はあれが苦手。あの人の故郷の味を再現しよう。集まる人たちの好き嫌いや体調、味の記憶から、麻生さんは献立を考えます。
麻生さん:
「今日は◯◯ちゃんが来るからこれにしよう。あの人はこれ、と考えているとつい献立が多くなっちゃう。そうやって料理をしながら、みんなを待つ時間も好きなんです」
野菜のおかずとして、みんなが好きなグラタンを。オーブンを開けた瞬間に香るいい匂いに誘われてチョビが台所へ。みんなが来る前にふたりで話したい、相談したいという人が、早めにやって来ることも。
麻生さん:
「それぞれ悩んでいることがあったとしても、自分の中の答えはわかっていると思うんです。アドバイスがほしいわけじゃなく、ただ話を聞いてもらいたいときってあるじゃないですか。だから僕は、聞いたことはその瞬間のこととして捉え、後追いはしない。ただ聞くことを大事にしています」
ぽつぽつ集まる一人ひとりを「おかえり」と迎え、みんなが揃うのは夜8時頃。家族のようにただ、食卓を囲みます。帰り際、余ったおかずは「明日のお弁当に」とタッパーに詰めて手渡して。
“家族のような面々”は、約束をしなくても「道の駅で野菜を買ったから、一緒に天ぷらにして食べよう」と旅先から連絡が来ることもあれば、両親や友人を連れてくることも。
血縁関係ではないけれど、ともに食卓を囲む時間が、実際の家族よりも家族らしい関係性を育んでいます。実家よりも実家のような風景が、食卓を通じて広がっています。
誰かを想う、人ありきの料理
香ばしい唐揚げに、やさしいグラタン、その横に並ぶ刺身、しめにほっとする汁物。麻生さんの食卓には、食卓を囲む人を思った、手が込んだ家庭料理が溢れんばかりに並びます。
その原点は、料理上手だった母方の祖母の台所。茨城・水戸の建設会社の跡取り息子として生まれ、食べず嫌いが多かったという子ども時代。何でも食べられるようにと食材を細かく刻んでくれた祖母を真似てつくった炒飯が、初めての料理でした。
麻生さん:
「母は洋食が好きで、味噌汁よりミネストローネが好きな人でした。小さい頃に母が入院して祖母の家に預けられたとき、母がつくるグラタンが好物だった僕に、祖母がつくり慣れないグラタンをつくってくれたことがありました。洗練された母の味とは違ったけれど、そこには祖母の愛情がありました。
祖母の家には芸者をしていた艶っぽい祖母の姉と妹も遊びに来てくれて、おばあちゃんみんなでかわいがってくれた。あの頃の僕は守られていて、すっかり甘えていましたね」
グラタンの湯気には、母と祖母、家族に愛された甘やかな記憶が漂っているようです。
19歳で父が急逝し、父の会社に出るようになった母を支えるため家庭で料理をするようになった麻生さん。
一度は家業を継ぎましたが、30歳を前に離れ、友人の誘いに乗って、伊豆諸島・新島で宿を始めます。島は食材の流通が色々と大変で、台風を前にスーパーから牛乳や卵が消えたり、魚の調達も金目鯛を注文したら平目が届いたり、ヴィーガンのお客さまのために、専用の食事をつくったり、忙しい毎日でした。
麻生さん:
「限られた食材で、朝晩、20人前後のお客さまの色々なニーズに対応して、金目鯛を煮付ける横でパンケーキを焼くような有様でした。スタッフのまかないも含め、制約の中で思考を凝らして料理をした7年には、鍛えられました。
悩みながら料理をしていたんですが、ある時、泊まりに来たお世話になっている方が『あなたは外食にはない家庭料理の味を大事にして』と言ってくれて、これでいいんだって腑に落ちたんです」
こうして育まれた麻生さんの家庭料理は「お弁当」というかたちで世に広まっていきます。宿を終えて東京に戻ってきて、友人に頼まれたことをきっかけに、人伝に途切れることなくお弁当の依頼が舞い込むように。
「お弁当屋」とも「料理家」とも自覚することがないまま、麻生さんはごはんを食べる一人ひとりを想いながら、料理をしてきたのです。
相手のわからないことも、受け止める
料理と暮らしにまつわる本を出版し、作家を名乗る麻生さんが今、主に料理をするのは、パートナーや家族のような面々はじめ、近しい人たちと囲む日々の食卓。ともに暮らすパートナーとは、出会ってもうすぐ12年、ほぼ毎日一緒に食事をしています。
麻生さん:
「相手は僕と出会う前、365日外食をしていたような人で。生活ががらりと変わって、ほとんど毎日家で食べるように。僕が家を空けるときは、チョビが心配で仕事が終わると一目散に帰ってきて、自分の食事どころではなくなるので、友人に家に来てもらったり、外食に誘い出してもらったりしています」
ふたりは毎日の食事をともにしながらも、互いのペースを大切にしています。
麻生さん:
「彼には彼のペースがあって、その感覚は彼だけのものだから。僕はむやみに踏み込まない。彼の地元の青森にある寺山修司記念館に一緒に行ったとき、この人を寺山修司だと思えばいいんだって納得したんです(笑)。一緒にいれば色々あるけど、受け止める。人の性質は、長所も短所も見方次第、同じなんですね。わからないことも、変わっているなと思うことも、それはきっとお互いさまだと思って受け止めています」
手が回らない家族のケアをしてくれた愛猫
大波小波が押し寄せる麻生さんの人生を、いちばんそばで見ていたのは、18歳(人間で言えば90歳)になる愛猫のチョビ。麻生さんにとって、かけがえのない存在です。
麻生さん:
「チョビとはふたりでひとつ、みたいな感じなんですよね。共通の言語を持たない分、心を通わせてきた。もう自分の分身みたいな感覚ですね。新島の宿の看板猫でしたが、宿のオフシーズンに実家に連れて行ったら、チョビは母に懐いて、母のそばにいると自分で決めたんです。
実家に母をひとりにすることに心配があったけど、チョビがいるから大丈夫だと思えた。僕が手が回らない家族のケアをしてくれていた。そういう意味でも分身のような存在ですね」
酸いも甘いもわかち合って、今はいちばん穏やかな時間が流れているそう。
麻生さん:
「病気や介護、家族の気がかりがやっと落ち着いて、同じ景色を見て、ふたりでひとつでいられる。幸せですね」
食卓にある安心が結ぶ、たしかな関係
麻生さん:
「38歳のときに母が亡くなって、実家の片付けをした日がたまたま地元の花火大会で。混雑してどこへも行けず、一人でコンビニに売れ残っていたお弁当を食べたんです。そしたら心細さに涙がこぼれて。そのときに、自分の身近な人には絶対にこんな想いをしてほしくない、させないと決めたんです」
血のつながりのある家族を亡くしてチョビとふたりぼっち。そこから、麻生さんはパートナーと、今住んでいるマンションの大家さんだった高齢の姉妹と、そして家族のような面々たちと出会い、一緒に食卓を囲んできました。一人ひとりとの間に、思い出の味があります。
麻生さん:
「一緒に食卓を囲んで、たわいもない話をしながら、お互いを知っていく。そういう時間の積み重ねで家族になっていくんじゃないか、と僕は思うんです」
窓際のスピーカーからは、麻生さんが”娘”と呼ぶミュージシャンの坂本美雨さんと、”兄”と慕う森山直太朗さんがともに作詞をした『食卓』という美雨さんの曲がやさしい音色で流れていました。
麻生さん:
「ふたりともここを実家だと思ってくれています。食卓で紡いできた関係性や空気を、曲にしてくれました。ご褒美をもらったようで、すごく嬉しかった。何よりのプレゼントです」
麻生さんのご自宅を訪問した日、エレベーターで5階に登り、玄関のドアが開くと、にっこり穏やかな麻生さんと、凛と神々しいチョビさんが出迎えてくれて、なんだか別世界に来たような不思議な感覚に。
唐揚げにグラタン、お腹いっぱい満たされたとき、すっかり安心した自分がいました。麻生さんがつくる家庭料理のあたたかさ、どこか懐かしい実家のような安心感は、いくらお金を出しても手に入らないものだと思います。
麻生さんは日々、誰かを想いながら台所に立ち、ともに食卓を囲むことで、血のつながりのない家族との“たしかな関係”を築いています。
料理をすることは誰かを想うことで、ともに食卓を囲むことで、家族になっていく。ささやかだけど、大切なことに改めて気づき、心の奥がじんわりしました。

フライパンにバターをたっぷり溶かし、茹でておいたじゃがいもとブロッコリーを炒める。小麦粉を絡めてから、生クリームと牛乳を注ぐ。刻んだアンチョビとにんにく塩麹で味を整えたら、耐熱皿へ。2種のチーズを乗せて、170度のオーブンで焦げ目がつくまで焼く。
麻生さん:
「グラタンはいただきもののチーズや余った野菜、冷蔵庫の整理も兼ねてよくつくります。家庭の食卓だから、刺身と並んでもOK。懐の深い料理なんです」
photo:井手勇貴


麻生要一郎
作家。1977年茨城県水戸市生まれ。家庭的な味わいのお弁当が評判になり、雑誌等へのレシピ提供、食や暮らしにまつわる執筆を行う。著書に『僕の献立――本日もお疲れ様でした』(光文社)ほか多数。近著に『酸いも、甘いも。あの人がいた食卓 1977-2025』(オレンジページ)がある。
Instagram:@yoichiro_aso