91歳、団地のひとり暮らし(多良美智子さんインタビュー)
【91歳、団地のひとり暮らし】後編:やりたいことはやってみる。些細な気持ちで始まった、孫とのYouTube

【91歳、団地のひとり暮らし】後編:やりたいことはやってみる。些細な気持ちで始まった、孫とのYouTube

郊外の静かな団地にひとりで暮らす、多良美智子(たらみちこ)さん、91歳。

登録者16万人を超えるYouTubeチャンネル『Earthおばあちゃんねる』をお孫さんとともに運営し、3冊の著書も上梓されています。

軽やかに一人暮らしを愉しまれている多良さんから、私たち自身もどこか肩の力をふっと抜いて今を楽しむヒントをお伺いしたい、とインタビューをお届けしている本特集。

前編では、多良さんのこれまでの人生の歩みを中心に、「自分自身を楽しませる」気持ちの持ち方のヒントを伺いました。

後編の今回は、YouTubeチャンネル『Earthおばあちゃんねる』の誕生秘話と、そのきっかけになった多良さんの愛する手仕事のお話をお届けします。

前編を読む

興味関心に、いつだって素直に。
刺繍があるから、一人はこわくない

多良さんのお部屋を眺めると、壁に飾られた額装や、ふかふかとしたクッション、可愛らしい手提げバッグなど、どこを見渡しても温もりあふれる手作りの作品たちが目に入ります。

これらはすべて、中米パナマの先住民族に伝わるリバース・アップリケの刺繍「モラ(Mola)」と、長年編み続けてきた編み物の作品。

「本当に、自分の好きなものだけに囲まれて暮らしているんです」と微笑む多良さん。これらの手仕事との出会いは、どれも運命的だったそうです。

多良さん:
「モラとの最初の出会いは、息子が高校生の頃ですね。学校の学年委員をしていて、月に一度の会議に通っていました。そこで、いつもとても素敵な手提げバッグを持っているお母さんがいたんです。

クラスが違うから話したことはなかなかなかったけれど、ある時、思わず話しかけたんです。

『これ、本当に素敵ですね。何というものなんですか?』って話しかけて。そうしたら『モラって言うのよ。うちにたくさんあるから見に来る?』と言ってくださって」

すぐに約束をしてお宅を訪ねると、家中が見事なモラのアートで彩られていました。「教えてほしい」と素直に願い出た多良さんに、その方は「受験期の3年生になる前の1年間だけならいいよ」と、マンツーマンで手解きをしてくれることになったそう。

多良さん:
「もう、のめり込みましたね。私は手が早い方だったから、どんどん作品が出来上がるのが面白くて。

地元の同級生が近くに引っ越してきたお祝いに、手作りのモラの手提げバッグをプレゼントしました。すると、今度はその同級生が『私も習いたい』と、私の自宅まで通うようになってね」

モラを通じて、刺繍や編み物の世界に夢中になった多良さん。

「好きだからこそ極めていけました。今でも続けられるから、一人でいるのも怖くない。一人で過ごせる時間を持つのは、大事だなぁって思うんです」と、あたたかな笑みを浮かべて、手仕事に浸る喜びを楽しそうに語ってくれました。

▲多良さんは、友人の勧めでニット教室にも通い、息子の結婚式の参列用ドレスもひとりで編むほど、編み物にものめり込んだのだとか



「ばぁばの団地は、別荘だと思って」

いまや多良さんの代名詞とも言えるYouTubeチャンネル『Earthおばあちゃんねる』を共に運営しているのは、お孫さんのアースさん。幼少期は周りの環境にうまく馴染めなかった経験があったそう。

アースさんのお父さんは、我が子の個性を共に受け止め、寄り添うために、思い切って会社を退職し、ブックカフェを開いて子育てに専念しようと試みたそうです。しかし、様々な葛藤の末に、アースさんが10歳のときに家族は父子だけに。

多良さん:
「アースが過ごしやすいようにと、息子たちは一生懸命に努力していたんでしょうね。でも、どうしようもないこともある。家族が父と子どもだけになると聞いたときには、男二人でこれからどうやって生きていくんだろうと涙がこぼれました。

だから、アースに言ったんです。『寂しくなったら、いつでもばぁばの団地においで。ここはアースの別荘だよ』って」

心配が募った多良さんは、アースさんの家と自分の団地を、2週間ごとに行き来する日々を始めました。掃除や洗濯、食事の世話をしながら、アースさんのそばに静かに寄り添い続けました。

多良さん:
「アースは私をすっかり信頼してくれました。私のところなら、何かできないことがあっても怒られもしないし、のんびりいられる。そうして一緒に過ごすうちに、絆が深まっていったんですね」

そんなアースさんが大好きで得意だったのが、映像制作でした。

多良さん:
「今はVFX(映像特撮)の専門学校の3年生で、映画やドラマの現場の手伝いもして忙しい毎日を送っているようです。『どんなお手伝いをやったの?』って聞いたら、『タクシーが走っているところに、行灯を合成しただけだよ』なんておどけて言いますけど、あの子が好きなことで自立していく姿を見られて、本当に肩の荷が降りた気持ちになりました」


誰かの「老いる不安」をやさしく包む明かりに

そんなアースさんが中学生の頃、YouTubeチャンネル『Earthおばあちゃんねる』は始まりました。 きっかけは、コロナ禍に支給された給付金だったそう。

多良さん:
「特に買うものもないから貯金していたら、長男から『お母さん、今はリモコン一つで何でもできるスマートテレビが便利だから、買い替えたらいいよ』と勧められて。それでテレビを新しくしたんです」

ある日、多良さんのお家へ遊びにきたアースさんが、そのテレビでYouTubeの画面を開きました。すでにその頃から映像を自ら制作していたというアースさんに「これはお金がかかるものなの?」と尋ねると、「タダだよ」との返事。

多良さん:
「それなら、私がこれまで一生懸命作ってきたモラや編み物の作品を映像にして、YouTubeに出してもらえないかしら、って頼んだんです。

いつか私が亡くなって、作品たちが灰になって消えてしまっても、ネットのなかに残っていれば、子どもや孫、親戚の誰かがたまに見て懐かしんでくれるかもしれないでしょう。最初はそんな、形見代わりに残しておきたいっていう、ほんの些細な気持ちでした」

アースさんが撮影に来たある日のこと。多良さんがアースさん親子のために、大好物のちらし寿司とエビフライを準備しているのを見て、「ばぁばが料理を作るところも、YouTubeに撮ってみよう」と提案してくれたのだそう。

さらに、当時流行り始めていた「ルームツアー」の企画として、多良さんの愛する団地の暮らしを映し出すと、またたく間にその温かみあふれるライフスタイルが大きな反響を呼びました。

多良さん:
「『古い団地でも、自分の好きなものだけを置いて住みやすく整えれば、こんなに快適で愛おしい場所になるんだ』って、動画を観た方々からたくさんコメントをいただいて。

何より嬉しかったのは、『年を取るのが怖かったけれど、おばあちゃんみたいに91歳になっても元気に、楽しく暮らせるなら、老いるのも悪くないなって思えました』という若い方々からの声でした。

私の何気ない日常が、誰かの力になれているなんて、これほど嬉しいことはありません」


嫌なものはそっと省いて、これからも「今」を愛し続ける


多良さんは、これまでに3冊の著書を出版。きょうだいは姉妹ばかりだったため、消えゆく実家の苗字を本の中に残したら、という息子さんの提案から、本名ではなく実家の苗字である「多良(たら)」をペンネームとして名付けられたそうです。

多良さん:
「何にもない普通の人間が、こうして本を出していただいたり、たくさんの方に応援していただけるなんてね。本当に、神様や、先立った両親や姉たちが見守って、采配してくれているのかな、って感謝せずにはいられません」

そう語る多良さんに、穏やかでいられる秘訣を尋ねると、ふっといたずらっぽく笑いました。

多良さん:
「人から嫌なことをされたり、合わないなと思うことがあってもね、そういう『嫌なもの、トゲトゲしたもの』は、すっと自分の中からは除いていっちゃうの。

挨拶しても返してくれない人もいるけれど、私は挨拶することに決めているから、こっちから『おはようございます』って声をかけ続けるんです。

自分の中の嫌な感情を省いて、楽しいことだけで満たしていく。それが一番です」

自分の気持ちに素直に、楽しいことで埋めてあげること。嫌なものは、すっぱりと省いていく。

取材で伺ったお話は、その一歩を踏み出す軽やかさと、どんな荒波も「いつか良い方に転がる」と信じて受け入れるおおらかな力強さにあふれていました。

多良さんの団地の部屋から見つめる世界は、今日も風が通り抜け、優しくあたたかな光がさしています。

(おわり)

【写真】土田凌


もくじ

多良美智子

1934年、長崎県生まれ。27歳で結婚後、現在の団地に。2020年に当時中学生だった孫と始めたYouTube『Earthおばあちゃんねる』では、日々の暮らしや料理をアップし、登録者数16万人を超える大人気チャンネルに。著書に『87歳、古い団地で愉しむひとりの暮らし』『88歳ひとり暮らしの元気をつくる台所』『90年、無理をしない生き方』(すばる舎)。