【35歳の仕事論】第4話:ターニングポイントで背中を押したのは、20代の頃の上司からのアドバイス(良品計画 矢野直子さん×編集マネージャー津田)

ライター 小野民

「あの人」の仕事が、いきいきと輝いて見えるのは、どうしてなんだろう。かつて自分と同じ歳だった頃、「あの人」は何を考え、どんなふうに働いていたんだろう。

転職のラストチャンスなんて言葉もささやかれる、35歳という節目。その年齢を目前にした、1984年生まれのスタッフ津田が、人生の先輩に会いに行くシリーズ「35歳の仕事論」をお届けしています。

今回は、良品計画の矢野直子さんに全5話でお話をうかがっています。

前話では、10年勤めた良品計画を辞めて海外移住したお話を。本日は、その海外から戻ってからのお仕事についてです。

 

新卒から同じ会社一筋。やりたい仕事に手が届いた「35歳」

津田: ご主人の赴任先であるスウェーデンに行くことになり、そこから日本に帰国したのはちょうど35歳のときですよね。その後はどんなお仕事をされたのですか?

矢野さん: 向こうにいる間に、ついに良品計画に生活雑貨部の「企画デザイン室」ができたんです。

津田: それは……! 矢野さんが新卒のときに、良品計画の就職試験の面接で「そういった部署はない」と聞いて「でもきっとできると思います」と答えた、あの企画デザイン室ですよね。(くわしくは第2話にて

矢野さん: そうです、そうです。しかもスウェーデンでヨーロッパMUJIの仕事をしていた関係で、帰国後はそのまま企画デザイン室で働かせていただけることになって、すごく嬉しかった。

私にとって大きかったのは、そこで「Found MUJI」を担当させてもらったことです。

▲矢野さんが仕事で訪れたバスク地方の風景

矢野さん: 特にメインで関わったものとしては、フランスとスペインにまたがるバスク地方を旅して見つけた、リネンや食器などを紹介・販売したプロジェクトが思い浮かびます。

インドのものづくりやテキスタイルに関係する企画もよく担当していました。

あとは日本各地から、無印良品の定番商品にするのは難しいけれど、残しておくべき職人の技を探し出して、Found MUJIの企画展で紹介することを続けていました。

大きなプロジェクトでも1〜2人の担当者しかいなくて、写真も撮れば、原稿も書くし、冊子もつくって。本当に、何でもやっていましたね。

 

はじめての転職は38歳。不安な気持ちを消した、前の会社での積み重ね

矢野さん: その後は38歳のときに、良品計画のデザイン室から「三越伊勢丹」の研究所に転職しました。

津田: そのきっかけは何だったのでしょうか? もしも20代の頃から夢に見ていた部署と仕事に就けたら、私だったら変化をおそれてしまうかもしれません。

矢野さん: ありがたいことに先方からお声がけいただいて。20代の頃の上司であり、いつも転機にアドバイスをくれる金井に相談したところ「伊勢丹で働くことも、もう一度正社員になるのも、いい経験なんじゃない?」と、背中を押されたんです。

ヨーロッパMUJIの仕事も、日本に帰国してからも、ずっと業務委託で働いていたので。確かにこの年齢で正社員に戻るチャンスは貴重だと思いました。そして転職した先の経験も、いまの仕事の糧になっています。

津田: 「三越伊勢丹研究所」って、どんなお仕事をするところなんですか?

矢野さん: 三越伊勢丹の店舗の売り場づくりを、半期ごとにディレクションする独立した会社です。

私はリビングフロアの担当ということになりまして。はじめは、百貨店という業態に、すごく戸惑いました。

良品計画は製造小売業なので、自分たちで考えてつくった商品を、自前のお店で最後まで売り切る。それって痛快でした。

でも百貨店ではどちらかというと、目利きが選んだ商品をどう見せるか企画する仕事を任されて。その違いから、転職したばかりの頃は、自分が何をすべきか分からなかったんです。

だからまずは、伊勢丹 新宿店の売り場をぐるぐるしていました。すると、無印良品の買い物袋を持っているお客さまが多いことに気がついたんです。

津田: そういえば、新宿伊勢丹の隣には無印良品がありますよね。確かに、私もよく両方のお店で買い物しています!

矢野さん: 消費者はやっぱり店を使い分けてるよなって改めて気がついたんです。そしたらスーッとやるべきことが思い浮かんできて。

たとえば、日本の森を守る活動をしている「more trees」と伊勢丹が共同で、オリジナル商品をつくる話があったんです。それで、プロダクトデザイナーの深澤直人さんと組んで、間伐材を使った鳩時計をつくりました。この時計の売上の5%は森林整備の資金になる、という仕組みです。

そのほかにも、無印良品の考えかたをベースにした企画をたくさんやりました。フィレンツェにある器のメーカー「リチャードジノリ」のB級品に、アートな絵付けをして再販するというイベントもその1つです。

家具メーカー「マルニ木工」との取り組みも印象深いですね。工場を視察したとき、椅子づくりで脚を削りだした際に木の節が出ると、商品にはできなくなってしまうと知りました。もったいないからその一部を買い取って、伊勢丹で売らせていただく提案をしました。

「mina perhonen」の皆川明さんとコラボレーションして、節のある椅子に端切れを張り合わせるイベントもやりました。

三越伊勢丹でしかできないような、ブランドやデザイナーとのコラボレーションを企画しつつ、それでいて自分が背伸びしなくても共感してもらえそうなこと。それをつくるのが、自分のここでの仕事なんだって思えたんです。自分の役割が見えてからは、本当に仕事が楽しかったですね。

 

舞い戻った職場で待っていた、かつての仲間と「室長」の仕事

矢野さん: 三越伊勢丹研究所では、5年ほど働きました。

MUJIでの経験、スウェーデンの経験に加えて、伊勢丹研究所にいたときに、本当にいろんな方々とのものづくりを経験させてもらいました。なら次は、フリーランスで何か役に立てないかと、ぼんやりと考えていたんです。

だから辞めようと決めたときは、良品計画のみなさんにはご連絡しなかったはずなんですけど……。

前職を辞めた2日後、良品計画で上司だった金井から「何度入って何度戻ってくるんだ」と電話がかかってきました。

良品計画の人たちは先輩も後輩もよく伊勢丹に来てくれたり、一緒にごはんを食べて情報交換したりしていたので、辞めた話も自然と伝わってたんですよね。

金井は、私に企画デザイン室の室長という職を用意する手筈をととのえてくれていて。フリーランスになるつもりの私には予想もつかない展開でした。

津田: 入社したときに企画デザイン室勤務になりたいと言っていた矢野さんを、20年以上ものあいだずっと見てきて、その仕事ぶりを評価したからこその「室長」という役職ですよね。

お話を聞いていると転換期には、いつも金井さんの一言があって、すごく素敵な関係だなと思います。

矢野さん: すごくありがたいことで本当に感謝しています。そして、あたたかくまた受け入れてくれた先輩と後輩にもとても感謝しています。転職するまで一緒に仕事をしていたメンバーと、また働けることもうれしかったです。

第5話では、現在のお仕事についてのお話と、人生のさまざまな局面で出会った、矢野さんの座右の銘になった言葉についてうかがいます。

(つづく)

写真】鍵岡龍門(2、3枚目以外)


もくじ

 

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矢野直子(やの なおこ)

東京都生まれ。多摩美術大学卒業後、1993年、株式会社良品計画入社。2003年、夫の赴任でスウェーデンへ。マルメで3年過ごす。その間、業務委託でヨーロッパ〈MUJI〉に従事。ミラノ・サローネの展示やヨーロッパMUJIの商品開発に携わる。2008年、株式会社三越伊勢丹研究所(旧伊勢丹研究所)入社。リビングのディレクションを担当。2013年、良品計画へ再び入社。現在生活雑貨部企画デザイン室長を務める。

 

onotami_profile

ライター 小野民(おの たみ)

編集者、ライター。大学卒業後、出版社にて農山村を行脚する営業ののち、編集業務に携わる。2012年よりフリーランスになり、主に離島・地方・食・農業などの分野で、雑誌や書籍の編集・執筆を行う。現在、夫、子、猫3匹と山梨県在住。


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