【店長の今日のエッセイ】受け流せるスランプと、焦ってしまうスランプ。

店長 佐藤

 

受け流せるスランプと、焦ってしまうスランプ。

人には、きっといろんな「スランプ 」がある。

例えば……
なかなか集中して本が読めないサイクルがやってきたり。

言いたいこと、説明したいことがあるのに的を得た言葉が思うように出てこない。そんなときは喋れば喋るほどに本心から遠くに離れていくような気がして焦ったり。

あんなに書くのが好きだったのに、急に書きたいことが何もないような気持ちになったり。

普段なら人と会うのが大好きなはずなのに、誘われても気が乗らず断りたくなる時期もある。

わたしにももれなくこうしたいろんな種類のスランプが定期的に訪れる。

周りの人がそれに気づいているかどうかは分からないけれど、たしかにそういう時期が毎度それはそれは丁寧にやってくるのだ。

そしていつも「あ、きたな。この感じ。この波がまたきたな」と実感する。

こういうとき何より心がけているのは、とにもかくにも「決して焦らない」こと。

「そういうもんだ」と思って、小さなスランプの波に抗わず、その波が引いていくまでゆらりゆらりとしているようなイメージだ。

うまく話せない時期なら、たくさん質問をして相手の話をどんどん聞くようにする。

うまく文章を書けないスランプなら、無理せずに、必要最低限の発信にとどめる。

そうしてゆらりゆらりとやっていれば自然とまた話したいことの輪郭がはっきりしてくるし、書きたいことも溢れてくるはずと信じているし、これまで実際にそうだったように思うから。

そんなわたしもこのスランプだけは、どうしても毎度毎度必死で抗おうと焦ってしまうものがある。

それが「料理スランプ」だ。

キッチンで踊るように夕飯の支度をできる波もあれば、自分がなにを食べたいのか、家族になにを食べさせたいのかさえ全く思いつかず途方に暮れる波もやってくる。

そんな波が来てもゆらりゆらりとしていればいいよ、とこの場合に限りなかなか割り切れないのは大切な「日々の食事」「家族の食卓」が関係しているからだろう。

この途方に暮れてしまう料理スランプが、今年のはじめそれはそれは大きな波でやってきた。

仕事をしていても「あぁ、今日こそは帰ったら何をつくろう。昨日も外食だったしな」なんて心のなかで呟きながら気が重かった。

いつもなら野菜たっぷりな味噌汁などをつくって乗り切るところなんだけれど、今回ばかりはどうもそれも効かない。お気に入りの食器を並べてみたらどうか、と思ってもそれも効果はいまひとつ。ますます焦る。

そんなある日。

週末に家族でお昼ご飯を食べに近所にある食堂に出かけた。その食堂にはショップスペースが併設されていて、作家ものの器なども売られている。

注文した料理が運ばれてくるのを待つあいだ、立ち上がってショップスペースを物色してみる。

そこで「ハッ」と目があったお皿があった。シンプルだけど優しさを感じる八角形のお皿。

思い切って大きな白いお皿と、ふたまわりほど小さな黒いお皿を買って帰ることに。

その日の夜、買ってきたばかりのお皿に手料理を盛り付けてみた。

白い大きなお皿には、小松菜と豚肉のピリ辛炒め。小さな黒いお皿には、茹でブロッコリー。

あとはいつもの味噌汁と炊きたての白米。

手のこんでいない簡単メニューだったのに、食卓に並べた手料理はいつもよりずっとずっと生き生きとして見えた。

いつもなら家族のお箸も銘々に「はい、はい」と配っちゃうところなのに、この晩はなぜだかきちんと箸置きにのせて食卓に並べてみたり。

いつもよりずっと生き生きして見えた食卓に、この日、わたしは本当に救われた。

大袈裟に聞こえるかもしれないけれどこのお皿を買った日を境に、このお皿を使いたいからと以前とは違うテンションでキッチンにまた立てるようになった。ほんとうの話だ。

大切にしてきた「お気に入り」でもだめなときがあって、純粋に「新しい」じゃないと効果を発揮してくれないスランプもあるのかもしれない、とこの日知ることになる。

いわゆる「おニュー」というもののパワーだ。

おニューの器に救われる体験をしたわたしは、自分たちがしている仕事、店という存在の意義をあらためて深く考えることになった。

お客さまにとってほかのお店も含めて自分たちの店も、お気に入りを増やすための「新しい」買い物に利用してもらえたらほんとうにうれしい。

小さなスランプを脱出するきっかけとなる「新しい」なにかを見つけてもらえたらうれしいと心から思う。

海の波が寄せては返すように、いったん引いたと思ったスランプもまた「時」を変え「かたち」を変えてやってくるはず。キッチンに立ちながら、スーパーマーケットでショッピングカートを押しながら、再び途方に暮れる日も来るんだろう。

そんなときはビビらず怯えずに、よい意味で節操なく「新しくて気に入ったなにか」をひとつ買おうと心に決めている。

 

▼Instagramの投稿と連動して時おりこんなエッセイを書いています。過去のものは「#佐藤の気まぐれ日記」でも読めます。

 

 


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