【あのひとの子育て】翻訳家・小宮由さん〈後編〉絵本がすべてではない。でも僕は絵本の力を信じている

ライター 片田理恵

数多くの絵本の翻訳を手がける翻訳家で、家庭文庫「このあの文庫」の主催者でもある小宮由(こみや・ゆう)さん。前編では中学二年生と小学二年生の息子さんの子育てについて、お話を伺いました。後編は地域の子どもたちに絵本を届けようとする、ひとりの大人としての思いをお聞きします。

前編はこちら

 

〝この〟よろこびを〝あの〟こに届ける「このあの文庫」

▲丸太をふたつに割って作った看板が目印。文字は奥様が描いたものだそう。

このあの文庫のオープンは2004年。ご自身にお子さんが生まれるよりも以前から、小宮さんは文庫の活動をスタートさせました。「〝この〟よろこびを〝あの〟こに」というのが、名前の由来。

自宅の一室に選りすぐりの絵本や児童書を置き、土曜日の午後2時~5時までは誰でも出入りができるよう開放しています。室内で自由に過ごせる空間を提供しつつ、子どもたちの様子を見ながら読み聞かせをしたり、本の貸し出しを行ったり。

小宮さん:
「僕の家庭文庫の原点は、これまた実家なんです。子どもの本の店をやっているとお話ししましたが、実は家庭文庫の運営も同時にしていた時期があって。店で売っているのと同じ本を隣の玄関先で無料で貸しているという、なんとも商売っ気のないことをしていました。

でも両親は『最初はとにかく読んでくれればいい。本当にいいと思えば買ってくれる』というスタンスで。当時はなかなか理解できませんでしたが、今は本当にそうだなと思います。とにかく読んでほしい。絵本と出会ってほしい」

▲文庫の日は開けっ放しというドアには、テープでさりげなく歓迎の言葉が。

小宮さん:
「僕自身が家庭文庫を始めた理由は、絵本に対する子どもの反応を直接見たり感じたりしたかったから。絵本を作る仕事をしていこうと決めた時点で、いずれ家庭文庫をやることは考えていました。あくまでも『いつか』だったんですが、それを妻に話したら『いつかじゃなくて、今、やってみたら』と背中を押してくれて。ならばと始めたのが30歳の時です。

実家の家庭文庫がすでに閉館していたので、本はそこから持ってきたものが大半。さらに僕がかつて実家で読んでいた本や、大人になってから買い集めた本を合わせて棚を作りました。現在の蔵書は約3000冊です」

 

子どもに本を手渡してやれる大人を増やしたい

文庫に使用している部屋の広さは6畳ほど。カラフルなカーペットが敷き詰められた温かみのある空間です。小宮さんが選び抜いた蔵書は、小さい子が読める絵本から小学校高学年以上向けの児童文学まで、どの年代の子どもでも楽しめるラインナップが勢揃い。子どもたちはここで好きな本を選び、好きな場所に陣取って、物語の世界へと入っていきます。

小宮さん:
「小さな子どもは自分で本を手に入れることができません。だから大人が手渡してやる必要がある。それはなにも、親じゃなくてもいいんです。保育園や学校の先生でも、図書館や家庭文庫の司書でも。本の喜びを知る大人をひとりでも増やしたいというのが、文庫を続けるモチベーションのひとつですね」

▲家の形をしたかわいい本棚は、なんと小宮さんのお手製。絵本のサイズに合わせてDIYしたもの。

小宮さん:
「文庫に来る子どもたちを見ていると、ひとりひとり全く違うということがよくわかります。好きな本も違うし、そこから受け取るものも違う。ずっと本を読んでいる子もいるし、友達と遊ぶのがメインの子もいる。ここはどの子もみんな、自分らしくいられる場所なんです。

だから本を読む場所であると同時に、子どもの居場所としての役割も担っていきたい。家族とケンカして帰りにくいとか、なんだか所在なくてここに来ちゃったとか、そういう子どもの気持ちはできるだけ受け止めるようにしています」

 

絵本がくれる「自分ではない別の人生」を知ってほしい

絵本を通したやり取りを通じて育まれる、子どもたちと小宮さんのつながり。小宮さんはそれを「一対一の対等な関係」といいます。それは「このあの文庫」で過ごすひとときが、忖度や利害関係の一切ない、子どもがその子らしくふるまえる時間だということにほかなりません。

小宮さん:
「いい絵本は心を豊かにします。それは描かれている登場人物の気持ちや行動を理解することで、自分ではない別の人生を生きることができるから。

僕は、ほかの人の気持ちがわかるという経験をどの子にもしてほしいんです。だって相手の身になって考えることができる人はきっと誰かと争おうとは思わないし、誰かを傷つけようなんて思わないじゃないですか。

成長するにつれて絵本から離れていっても、一度ちゃんとその子の中に根付いていれば大丈夫。物語から得たものを持っている子は、苦しい時、悩んだ時にいつでも原点に帰ってこられます。

子育ては絵本がすべてとはいいません。でも僕にわかるのは、僕が信じているのは、絵本の力だから」

 

子どもの頃に好きだった絵本を、もう一度読んでみよう

小宮由さんの子育ての話、いかがでしたか。

自分自身が絵本を通じて人生を感じ、考え、育ってきたからこそ、その経験を今度は親として、大人として、子ども達に伝えたい。小宮さんの揺るぎない思いとまっすぐな眼差しに、私たちは強く惹きつけられました。

子どもの頃に好きだったあの絵本をもう一度読んでみようか。そんな気持ちになってくださる方がいたら、こんなに嬉しいことはありません。

最後に、小宮さんから伺った絵本選びのアドバイスをひとつお届けします。

「まずはお父さんお母さんが実際に読んでみて、おもしろいと思った本を子どもに読んでやってください。子どもはきっとその本が好きになります」

 

(おわり)

【写真】神ノ川智早

 

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小宮由(こみや・ゆう)

翻訳家。1974年、東京生まれ。小学校から大学までを熊本で過ごし、その後、児童書専門の出版社に入社。2001年のカナダ留学を経て、2009年に独立。現在もフリーランスで活動中。2004年、東京・阿佐ヶ谷で家庭文庫「このあの文庫」をスタート。近著に『イワンの馬鹿』(アノニマ・スタジオ)などがある。

小宮由さんインスタグラム
https://www.instagram.com/konoano/?hl=ja

 

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ライター 片田理恵

編集者、ライター。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスに。暮らし、食、子育て、地域などをテーマに取材・執筆に取り組む。

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