【金曜エッセイ】長年悩んだ “台所の布巾どうする問題” がついに解決
文筆家 大平一枝
キッチンの台拭きについて、長年悩んできた。
どこに置いても、何を使っても何日かすると嫌な臭いがし始めるし、汚れる。ウエスを切って油汚れ用、テーブル用と分けたこともあったが、水洗いしててもシミまでは抜けず、なんとなく汚れたそれを置く場所に困った。足元にバーを付けて掛けたら、今度は食卓を拭くものを下に置くことに抵抗が芽生えた。
台拭きは、毎食使う必須の道具でありながら、あまり近くに置きたくない。だからといってぞんざいにもできない、悩ましい存在なのである。
ライフワークで、人様の台所を取材して9年目になるが、そのたびなにげなく台拭きをチェックしている。取材相手が良いと薦めていたものを真似て何度も買ったが、どうもうまく使いこなせない。いつも湿っているし、洗濯機で洗うには何枚も溜めなければならず、そこまでのストックも持ち合わせていない。結局どんな台拭きでも汚れたら同じだなとあきらめていた。
先日、小さな子どもがふたりいる漫画家さんを取材した。仕事に育児に忙しそうな彼女は大の料理好きである。ロシアやアジアの伝統料理に詳しく、料理教室を実演して配信している。道具も器も好きで、台所は世界各国で買い集めたものがひしめきあっていた。
だが、好きなものに囲まれている人独特の統一感があり、少しも目にうるさくない。カラフルで、味のあるにぎやかな空間であった。
その家で、ひときわ印象に残ったのが真っ白な台拭きである。
ふわふわとさわり心地のいい2枚のそれが、シンクに掛かっていた。ひと目で、漂白のまめさがわかった。忙しそうなのに、よくこんなに真っ白を維持できるなと心底感心した。
恥ずかしい話、我が子が小さい頃、私の家事はいつも“必要最低限”だった。食卓は拭くが、漂白など数えるほどしかしたことがない。たまにするので塩素系の強い漂白剤を適当に流し込み、速攻の効果を期待した。ツンとした臭いは気になるし、たまにしかやらないので、それほどシミも取れずがっかりして終わり。そんな日々の末にいつしかやらなくなった。
彼女に聞くと、奈良で代々蚊帳を作っているメーカーの製品だという。生成りや藍染などいろんなデザインがあるが、無地の白がお気に入りとのこと。
「酸素系の漂白剤だと臭いやぬめりがなくて使いやすいですよ。成分の炭酸ソーダは自然界にも存在してますし、環境への負荷が少なめといわれています」
蚊帳生地の端切れを転用したことから始まったその布巾は、吸水性が高く、使えば使うほどガーゼのようにふわふわになる。蚊帳のように通気性が良い繊維なので、すぐにカラッと乾く。
彼女は皿を拭く布巾として使い、くたびれてきたら台拭きにしている。
「一日の終りに漂白をします。毎日、真っ白な布巾を使えるのは気持ちがいいですよ。私、きれい好きなんで」
この白は彼女の拠り所ではないか。私は勝手にそう思った。日々は慌ただしく、全部が全部きれいに整理整頓はしきれないが、毎食使う台拭きをいつも清潔にしている。それだけで、自分を許せる。なんとか家事をやれている。よし頑張ろうと奮起させてくれる存在なのではと。
取材後さっそく真似して4枚買った。すると、二十数年悩んできた台拭き問題が見事に解決した。
一日の終りに、ボウルに2枚を浸して酸素系の漂白剤をさっとひと振り。代わりに控えの2枚を蛇口横の定位置に掛け、入浴へ。風呂から上がる頃にはシミもきれいに抜けているので、よくすすいでベランダに干す。
夜空に白がふたつ、ゆらゆら揺れる。今日も一日ご苦労さん。家事など少しも完璧ではないけれど、台拭きだけは清潔にできている自分をねぎらう。
朝は真っ白な次の2枚が、台所で出番を待っている。
ずぼらな私でもやればできるじゃん。
白の台拭きが、小さな誇りを毎日与えてくれる。
理想の台拭きに出会うのに二十数年もかかった。なんと家事道の奥深いことか。
新台拭き生活2カ月目。今日も30センチ四方の白に、喜びをもらっている。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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