【50代のこころいき】第3話:宿題を、明日へのブリッジに

ライター渡辺尚子

画家の堀川理万子さんにお伺いしてきた、大切なこころいき。1話目では子どもの頃におちいったスランプから抜けるまでのこと、2話目では30代に知った、幸せの自給自足について、教えていただきました。

3話目の今回は、50代になった堀川さんが大切にしていることについて、お話を伺っていきます。

第1話第2話

 

本とウクレレを持って機嫌よく

堀川さんのアトリエには、たくさんのものがあります。花にメダカにおもちゃに本、キャンバスも山積み。ひとつひとつのものに物語がありそうで、なんとも魅力的です。

そういえば、最新作『海のアトリエ』にでてくる主人公のおばあさんが暮らしている小さな部屋。あれは、「娘一家と同居することになり、断捨離して、どうしても手放せないものだけを持ってきた部屋」なのだそうです。

それを伺って、聞いてみたくなりました。

堀川さんだったら、あのお部屋に何を持っていきたいですか?

堀川さん:
「サローヤンと、漱石の本。あとは、ウクレレですね。ウクレレって小さいし、音もかわいいし、時々奏でると楽しいんです」

自分の絵で、どうしても手放せないものはないのでしょうか。そう尋ねると、堀川さんは「絵は自分で描けるから、いらないんです」と微笑みました。

 

いつも、宿題に支えられている

堀川さんは現在50代。

10代で絵の道を選び、いまは、絵画、挿画、そして絵本と、ジャンルを広げています。最近は糸と針を使って、刺繍で絵を描く方法を試しているそうです。

それでも「いまもまだまだ、迷ってばかり!」と笑います。

堀川さん:
「『よし、できる!』と思ったり、『もう無理!』と思ったり。50代の今も、毎日ジェットコースターみたいなんですよ。

でも、絵って傑作ができないから続けられるのかも」

堀川さん:
「わたし、『宿題は明日へのブリッジ』って思っていて、とりあえずこの作品にはサインを入れて完成させるとしても、できなかったことが必ずある。それが宿題ですね。ひとつ絵を描き上げるたびに、自分への課題がちょっとずつ残っていて、それはご褒美だとも思うんです。

その蓄積のおかげで、支えられていく。絵を休んでしまうと、宿題も消えちゃうでしょう。だから、とにかく続けていくことだな、と思っています」

宿題があるから、明日に向かっていくことができる! ハッとしました。

なにか、そう思えるような心の変化があったのでしょうか。

堀川さん:
「ピンチの切り抜け方がわかってきたからかもしれません。

いまは寛解したのですが、50代になってがんになったんです。でも、30代の苦しさに比べれば、原因も治療もはっきりしていて、超えやすい課題でした。

同じ時期に母が亡くなって。つらいことでしたし、『きっとこれは、母が一緒に連れて行ってくれるんだな』と思ったけれど、お医者さんに『治りますよ』と言われたとき、天国の母から『あなたはまだがんばりなさい』と言われた気がしました」

ひとつひとつの出来事は大きなことですが、堀川さんはさらりと語ってくれました。

 

「どうにもならないこと」って、ないのかも

ピンチの切り抜け方、どうやって覚えたのでしょうか。

堀川さん:
「絵を描き続けていたからかな。繰り返し失敗することで、しくじりからの立ち直りが早くなったのかも。

絵って、いつもピンチなんですよ。たとえば、画面の白いところに赤い絵の具のしずくを落としてしまった……。どうしよう!と思ったあと、なんでもなかったようになんとかしていくんですね。たとえばやり直しがきく画材を選んでいるから大丈夫とか、なにかしら方法を見つけていく。

絵のことで、今までなんとかならなかったことはないから。必ず方法はあるもんね、ってどこかで思っているんです」

堀川さんが高校生の頃、お母さまがかけた言葉、「あなたは絵が好きだし、根気があるから向いているかもね」。まさにコツコツと続けていくことが、堀川さんの力になっているのですね。

堀川さん:
「絵の仲間たちの存在も嬉しいんです。学生時代からずっと知っていますが、以前は彼らに対しても無頓着でした。

いまは、仲間がいい仕事をすると鳥肌がたつほど嬉しいし、こうしてはおれん!と思う。何十年も仕事を見せてもらっているからこそですね」

 

ちいさな喜びで、心のオリをはらっていく

堀川さん:
「いま思っていることは、やさぐれないこと。毎日すごしていると、心にオリが溜まってくるでしょう。そんなときには、楽しいことやなぐさめになることを自分にあげるんです。

たとえば好きな言葉を叫ぶ。

 

勇気こそ地の塩なれや梅真白

「来し方行方」より 中村草田男  初出:昭和22年、自文堂

 

叫んだ途端、またドーパミンがブシュー!って出て、力が湧いてくるの。

シュワルツネッガー元知事が、スピーチ中に群衆から生卵をぶつけられたときに『次はベーコンも頼む』ときりかえしたって話があって。そんな気持ちも、大事だと思っていて。

やさぐれないで、ちいさなことでも喜んでいくことがテーマです」

 

この絵本のなかに「わたし」がいる

最新作の『海のアトリエ』は、50代になってから4年かけてつくられたそうです。この絵本の素敵なところは、本の好きな人たち同士が紹介し合って、「いいね」「読んでみて」と、じわじわと知られていっているところ。

じつはわたしがこの本を知ったのも、ふたりの友達から、それも別々に「きっと好きだから、読んでみて」とすすめられたからなのです。

読んでみたら、わたし自身が、絵本のなかにいるような気がしました。すすめてくれた人たちも、きっとそんな気持ちなんだと思います。

本のどこかに自分がいる。わたしのこと、わかってくれている、この絵本のなかにいていいんだという安心感。

ここにはわたしの居場所がある、と感じます。きっと読んだ人がそれぞれに、そういう気持ちになると思うのです。

子どもの頃の、30代の、40代の、そしていまの堀川さんに「ありがとう」と言いたくなりました。

 

【写真】長田朋子(3枚目以外)

 

もくじ

 

堀川理万子

1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科に在籍していたときに挿絵の仕事を始める。画家として絵画作品の個展を定期的に開きながら、絵本作家、イラストレーターとしても作品を発表している。おもな絵本に『ぼくのシチュー、ままのシチュー』『くだものと木の実いっぱい絵本』ほか。最新作『海のアトリエ』(偕成社)が、第31回Bunkamuraドゥマゴ文学賞(選考委員・江國香織)に選ばれた。

 


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