【こころに雨が降ったら】後編:勇気を出して、相手の勇気を待つ。根っこにあるのは人への信頼

ライター 嶌陽子

臨床心理士の東畑開人(とうはた かいと)さんに、身近な人の心のケアについて伺う特集。前編では、そもそもケアとはどういうことか、前触れなくやってくる、家族や友人の心の不調にどう向き合えばいいのかといったことを伺いました。

後編では、より具体的なケアの方法や、ケアを続けていくうえでの土台になる「一人にならないこと」の大切さについて考えます。

前編から読む

子どもが学校に行きたくないと言い出したら?

困っている人と接するときには、 “ケア” と “セラピー” の2つの関わり方がある、と東畑さんはいいます。

東畑さん:
「たとえば子どもが学校に行きたくないと言ったとき、その日無理にでも学校に行かせるべきなのか、あるいは休ませるべきなのか悩みますよね。そういうときに子どもを休ませるのはケアで、『何かあった?』と聞いてみるのがセラピーです。

ケアとは傷つけないこと、相手の依存を引き受けてニーズを満たしてあげること。これに対して、セラピーとは本人が自分の傷つきに向き合って、自分の課題に取り組むことなんです」

東畑さん:
「大事なのは、セラピーはケアが十分足りているときにのみ可能になるということ。最初から子どもに『学校で何かあったの?』と問い詰めても、子どもは打ち明けにくいでしょう。何日か休ませてもらうことでケアされていて、初めて自分の傷つきと向き合えるわけです。

ケアが先に来て、その後にセラピーが来て、またケアが来て、再びセラピーが来て。そうやってケアとセラピーが程よいバランスでグルグルまわることで、心が安定していくんだと思います」

 

失敗しながら、相手のことを知っていく

東畑さん:
「もう一つ、セラピーは別の言葉にすると “勇気を出すこと” だと思います。勇気を出してこれまでと違う向き合い方をしてみるということなんじゃないかな。

ケアがなされたら、自然と勇気が湧いてくるはずなんだけど、大事なのはケアする側が本人に任せる必要があるということなんです。つまり、相手の勇気を待つんですよね。

そのためには、ケアする側も勇気を出して相手を手放し、見守ることが大事。だけどそれが案外難しいんですよ。ケアをし続けるより、手放す方がよっぽど大変なときがある。自分が不安で、相手を信頼しきれないからケアを続けちゃうことってあると思います」

東畑さん:
「ケアって、相手のニーズを満たしながら安全にコントロールしておくことでもある。ケアと支配は紙一重なんですよ。だから時々行き過ぎてしまうことがあるんです。

そうすると、相手も嫌だというサインを出してくるわけです。直接嫌だとは言わないまでも、体調を崩すとか、さらにふさぎこむとか。そのときに、ケアする側も “何かが間違っていたのかも” と気づく。

そういうプロセスを通じて、ケアする人は苦しい思いをしながらも、自分の知らなかった正しさに出合っていくし、相手への理解を深めていく。そんなふうにして、相手と仲良くなっていくし、自分のものの見方も広がっていくんですよね」

 

誰かと一緒にケアする。困ったら誰かに相談する

ケアする人にとって一番大事なのは、孤独にならないこと。東畑さんが繰り返し伝えていることです。人とつながることで、大変なことが多いケアも乗り切れる、その思いが常にあるといいます。

東畑さん:
「介護でも、友達のケアでも、常に複数人がバックで控えているっていうのが理想ですね。ケアに失敗はつきものだけれど、その際に誰かが一緒に考えてくれる状況だと失敗しても大丈夫って思えますし。一人でやろうとすればするほど苦しくなってしまうので。

どうしたらいいか分からなくなったときも、とにかく相談するのがいいと思います。誰に相談すればいいかが分からない場合は、そのことを誰かに相談してみる。たとえば詳しい話はしないまま、上司に “家族のことで困っているんだけど、誰に相談すればいいですかね” って言ってみるとかね。そうやって、とりあえずボールを投げてみればいいんじゃないかな。相談の力って圧倒的だと思いますよ」

東畑さん:
「僕自身、これまでこの仕事を続けるなかで、すごくたくさんの人に助けてもらったんですよね。本来はすごく不信感が強い人間なんですけど、そのせいでたくさん失敗もしてきましたし。だから人とつながることが一番大事だという思いは、僕の中では揺るぎないものなんです。

心が不調の “雨の日” には、お互いのことを信じられなくなるところから始まるわけです。目の前にいる、どう接すればいいか分からなくなってしまった相手をケアしながら、どうやってまた信じられるようになるかということを探っていく。その際の助けを借りるために、自分の周りの人を信頼してみる。

ケアって “信じる” がとにかく試されるのだと思います」

 

ケアにも、喜びを感じる瞬間がある

ある日気づいたら始まっていて、いつ終わるか分からないのがケア。今回、気持ちの持ちようや考え方を伺って少し気持ちが軽くなったものの、やっぱり大変なことが多いのは事実です。そんななかで、少しでもうれしさを感じられたら。東畑さんご自身の経験から感じているケアの喜びについて聞いてみました。

東畑さん:
「ケアって基本的には同じことが繰り返されるし、あまり何も起きません。同じことが繰り返されてるのはいい状態でもあるんですが、逆に言うとなかなか成果が見えないから “私、何やってんだろう” って思いやすいですよね。

でも、あまり変化がないなかで、たまに相手が勇気を出す瞬間を目撃するんです。いままでできなかったことや怖がっていたことをやってみようとしている。失敗するかもしれないけど、チャレンジしようとしている。

そうやって本人が変わろうとする瞬間を目撃すると、すごく感動します。その姿にこれまで積み重ねてきたことを感じるのかもしれません」

東畑さん:
「それにケアをしていると、いままで1人でいろんなことをやってきたと思っていたけれど、実はいろんな人が自分のことを支えてくれていた=自分もケアされていたんだということにも気づく。これ自体も喜びだと思います。

基本的にケアは大変ですが、ときどきうれしいことだってある。だから僕もカウンセリングの仕事が好きなんだと思います」

失敗したり傷ついたりしながらも、私たちは毎日ケアしたりケアされたりして過ごしている。東畑さんのお話を聞いて、人とのつながりこそが自分の暮らしの根っこにあることにあらためて気づかされたように思いました。

これからも身近な人の心に突然雨が降ることはきっとあるでしょう。その度にオロオロしたり落ち込んだりしながら、相手を分かろうとし続けるしかない。そんななかで、東畑さんの「つながり続けることが大事」「孤独になってはいけない」という言葉が、心をそっと励ますお守りのようになってくれる気がします。

 

【写真】馬場わかな


もくじ

 

東畑開人

1983年東京生まれ。専門は臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学 准教授を経て、「白金高輪カウンセリングルーム」主宰。2019年、『居るのはつらいよ―ケアとセラピーについての覚書』で第19回大佛次郎論壇賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020受賞。『雨の日の心理学』『野の医者は笑う 心の治療とは何か?』『心はどこへ消えた?』『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』『聞く技術 聞いてもらう技術』『ふつうの相談』など著書多数。


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