【週末エッセイ】子育てを卒業した先も、人生は続く。
文筆家 大平一枝
第二話:女友達はいますか
忘れられないある男性の言葉
長くスペインに暮らしたことのある70代の版画家の男性から、こんな言葉を聞いた。
「若いころは毎晩パーティをしたり飲み歩いたり、友達がたくさんいた。さんざん遊んだ後、友達と朝方の3時に露店でチュロスを買って食べるのがまた楽しくてね。でも、年をとった最近は思うんだ。友達は親友が一人いればいい。もうそんなにたくさんは必要ない」
喉が枯れるほど喋って笑ったあとの明け方、友達とわいわい甘いチュロスを食べるのはさぞ楽しかったことだろう。学生時代、オールナイトで遊んだあと、何をしても笑えたあのころ。そんな日々が毎晩続くのは刺激的だ。
でも、母になり、子育ても一段落つきつつある今は、彼の心境がよく分かる。そう、友達はたくさんいらない。ほんとうに心を許せる友が何人かいればいい。
SNSのおかげで、人と人が会いやすくなった。招集、出欠、実施までの段取りが早い。懐かしい人とも、躊躇する間もないほど簡単に再会できてしまう。会ったあとも、「楽しかったね」と、再会の余韻をシェアできる。きっと、そうして繋がりあった人たちがみんな本当の友達ではない。
便宜上あてがわれた「友達」「友達の友達」という語句を見るとき、たまに版画家の言葉を思い出す。「友達はもうそんなにたくさんいらないんだ」。
親友ってなに?
親友の定義とはなんだろう。何でも話せる存在か。私は、何でも話せるうえに、相手が間違ったことをしたら、きちんと叱れる人がそれだと思う。
大人の女は、損得や相手との比較や妬みや嫉妬が邪魔して本当の親友を作りにくいように思う。ご近所であれ、公園であれ、仕事場であれ、子どもの学校であれ、張り合おうなんて思ってなくても、つい無意識のうちに相手を羨ましく思ったり、自分にはないものに憧れたりする気持は私にもある。
15年前、仕事で知り合った友がいる。年下の彼女は会ったときは独身だった。対する私は二人の子育てに大わらわ。夜遅くまで飲んだり、ライブなど優雅な独身ライフを送る彼女を羨ましく思いながらも、環境は全く違うのに、不思議と馬が合い、いつしか飲み、語り、国内外を旅し、互いの実家を訪ね、折れそうなときは支え合う存在になっていた。
その彼女に、先日も叱られた。その年でなにやっているんだ、と。詳細は省くが、あんたは間違っていると、はっきり忠言するそのまっすぐな気持ちが胸に刺さった。だからといってすぐには直せないのだが、それでも言われた言葉は心の深いところに刻んだ。
できれば波風を立てずに生きたいと誰もが思うなか、叱咤をするのは大変な勇気とエネルギーがいる。褒めるよりずっと難しい。
親以外に、大人を叱ってくれる大人はそうはいない。だからかけがえがない。
子が巣立った後も人生は続く
いま小さな子を育てていて、幼稚園や保育園のママたちとおつきあいをまめにし、ご近所や姑ともうまくやり、習い事やその他もろもろバランスをとることに一生懸命で、もしもがんばりすぎて少し疲れている人がいたとしたら、頭の隅にメモしておいて欲しい。そんなに”いい人”をがんばらなくていいし、友だちをたくさん作らなくても大きな支障はない。
たとえば、子どもを育てるときの仲間は、一定の時期、同じ目標に向かって支え合う同志のようなもの。“友”ではなく“ママ仲間”という気がする。その仲間は大事に。でも、子育てを卒業した先も自分の人生は続く。そのとき、叱ったり励ましたりできるような友がひとりかふたりいれば、きっとゆたかな日々を送れる。
そんなかけがえのないひとりふたりの友だちと、バルセロナの明け方、チュロスを食べた版画家の彼のように、お酒を飲んだあとにラーメンでも食べて、ゲラゲラ笑える夜が年に1〜2度あれば、人生結果オーライなのではないかと思っている。
叱り屋の友からもらったミルクブッシュ。植物に目がなく、引っ越しのたび気のきいた植物を株分けしてくれる。(撮影:大平一枝)
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「第一話:新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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