【かぞくの食卓 -table talk-】ちゃんと向き合う。「かえる食堂」松本朱希子さんのポテトコロッケ

【かぞくの食卓 -table talk-】ちゃんと向き合う。「かえる食堂」松本朱希子さんのポテトコロッケ

ライター 徳 瑠里香

子育て、仕事、暮らし。あれもこれも取りこぼさないようにと必死にもがく日々の中で、どれも中途半端だと感じることがあります。

胸に抱く理想と目の前の現実との乖離に心がしぼんで、家族と過ごす時間を味わえていない感覚になることも。子育て9年目の今も、そのバランスはうまく取れずにいます。

どんな心持ちで、子育てと仕事と暮らしと向き合い、自分のバランスを保っているのだろう。

【かぞくの食卓 -tabel talk-】第6話は、「かえる食堂」の屋号で活動する料理家・松本朱希子(あきこ)さんの食卓を訪ねました。


小さな手から生まれる、大きなコロッケ

都内の住宅街の坂の上にある低層マンションで、パートナーと9歳の娘さんと3人で暮らす松本さん。

今晩のメニューはポテトコロッケ。ご実家・広島から、赤土で育ったじゃがいもが届いたばかり。庭に咲いた季節の草花と一緒に、お母さまが描いたポストカードも添えられています。

籠は竹細工歴12年のお父さまの手仕事

「ただいま〜」と小学4年生の娘の橙(ゆず)さんが帰宅。宿題を終わらせて、今日は一緒にコロッケをつくります。

湯気立つじゃがいもをスプーンでつぶして、具材を混ぜて、小さな手で大きな小判型に。残り半分は手の中でコロコロ転がし丸型に。お手伝いというより、楽しく創作をして遊んでいるよう。

成形が終わり、松本さんがスープとサラダをこしらえる間、橙さんは“宝物”を見せてくれました。お祖父さまから譲り受けた「砂漠の薔薇」と呼ばれる石。ボリヴィア共和国の三葉虫の化石。ETの人形に、通学路で拾い集めた自然の欠片たち。

陽が傾き始めた頃、調理も仕上げに。中華鍋の縁からボールを転がすようにコロッケを油の中に落とし、きつね色になったら引き上げ、夕ごはんが完成。

コロッケにもコンソメスープにも細かく刻んだ数種類の野菜を入れて、サラダには橙さんの好物の豆腐を添えて。野菜が苦手な橙さんも箸が進む食卓です。

松本さん:
「家族に喜んで食べてもらいたいというのが、今の私の料理のモチベーションなんです。普段から『何食べたい?』と家族に聞いて、献立を考えることが多いですね。コロッケは娘の大好物。私もコロッケのある食卓には昔からなんだか幸せを感じるんです」

苦手なものを無理に食べさせるのではなく、食べられる工夫をする。たまには一緒に手を動かして、料理をしてみる。毎日は難しいけれど、子どもと食卓を楽しむヒントがありました。


料理の原点は、母と祖母が立つ台所の風景

松本さんの料理の原点は、実家や広島のお祖母さまの家で眺めていた台所の風景にあります。

松本さん:
「母は日々、台所に立って料理やおやつをつくってくれました。祖母の家にも休みの度によく遊びに行っていて。父の転勤の都合で、中学3年生からは母と姉と私で、祖母の家で暮らしていました。

家の隣に畑があって、果物を絞ってジュースにしたり、お芋を蒸したり。母や祖母の手元や台所にのぼる湯気をよく眺めていましたね。膨らんでいく蒸しパンとか鍋の中で揺れる小豆とか、ふとしたときに今でもよく思い出します」

京都の大学に進学し、ひとり暮らしを始めてからは、家族の思い出の味を頼りに、自分で料理をするように。広島の実家から届く、段ボールいっぱいの季節の野菜と草花も、食卓を彩る喜びにつながりました。

ご実家の庭から届いた早春の草花

松本さん:
「同じ野菜がたくさん届くので、例えばじゃがいもなら蒸すことから、ポテトサラダに肉じゃがといった定番、そこからすりおろしてエビと混ぜて春巻きにするとか、広がっていくんです。失敗もありますが、実家の野菜から生まれたレシピはたくさんあって。春夏秋冬だけじゃない細かな季節の巡りを感じられるのも嬉しいんです」

そうして「料理にハマって」いった松本さんは、料理家に師事し、工房でものづくりに関わるように。

松本さん:
「工房の事務所が一軒家で、私は1階に住み、ごはん係として、そこで働き暮らすみなさんのお昼ごはんをつくっていました。誰かのためにごはんをつくることがとにかく楽しくて、料理に夢中でしたね」


30代は仕事期、40代は子育て期

高校の同級生であるパートナーとの結婚を機に30歳で上京してからは、自宅に知り合いを招いて、広島から届く野菜を中心にコースを振る舞う「かえる食堂」を主宰。レシピ本の出版、料理番組への出演、ケータリング、個展と、料理家として活躍の場を広げていきました。

松本さん:
「遊びに出かけることもなく、料理ばかりしていましたね。まるで祈るように。器用じゃないし要領もよくないから、時間がかかるんです。試作を重ねて、夫に食べてもらって評価してもらえないとレシピを世に出せない。そうやってストイックに追い詰めて働く中で、34歳の頃に体を壊しちゃって。ふと、子どもがほしいと思ったんです」

そこから働きながら、病院にも通い、39歳で子どもを授かった松本さん。妊娠したその日に「これからは子育てを楽しむ」と決めたそう。

松本さん:
「妊娠がわかった数日後に、新しいお仕事の打ち合わせがありましたが、つわりが重かったこともあり辞退することにして。ケータリングなど9割の仕事をお休みすることにしました」

料理家として積み上げてきたものもある中、その決断に葛藤はなかったのでしょうか。そんな問いを投げると「全然なかったです」とさっぱり。

松本さん:
「妊娠したのが30代前半だったら違ったかもしれませんが……。料理の仕事を始めるときに掲げた目標は叶えることができたし、自分の中ではやりきった感覚があったんです。レシピ本のためにレシピを考えるのではなく、普段の暮らしの中で生まれる料理を大事にしたいという気持ちも強くなっていて。これからは家族のために料理がしたいと思ったんですね」

松本さん:
「私がちゃんと料理と向き合い続けていれば、仕事のご縁もきっとまた、よいタイミングでつながるかもしれないと思うこともあって。子どもが生まれてからも仕事を続けている友人はいて、ただただ尊敬しています。私にはできなかった。だから今でも後悔はないんです」

柔らかくも潔い松本さんの選択に、人生を俯瞰して見るバランスの取り方もあるのだと気づかされます。


間違えたら、ちゃんと謝る

橙さんが生まれてから「子育てにハマった」という松本さん。そんな日々の真ん中にも、変わらず料理がありました。

松本さん:
「目と手が離せない幼い頃は、台所にいる時間ができるだけ短くなるように、つくる料理は一品だけに。娘が成長するにつれて物足りなくなって、品数が増えていきました。娘は食べることが好きで、『今日のごはん何?』とよく聞かれます。友だちを連れてきてこれとこれつくってと言われることも。プレッシャーもありますが、つくり甲斐がありますね」

子どもたちが紙袋に絵を書いて、コンソメ、塩、バター、青のりなど好きな味を選ぶ「フリフリポテト」は松本家の人気メニュー

とはいえ更年期の影響もあって疲れやすい日々、つくるのが億劫になることも。

松本さん:
「クタクタな日は簡単にパスタを一皿、あるいはおむすびと味噌汁にすることも。基本つくり置きはしないんですが、揚げ物をする日は余った衣に、買っておいた鯛の柵などをまぶして冷凍しておく。そういうものが役立つときもありますね。

顆粒のコンソメも鶏ガラも使うし、子育てをするようになってから、料理に対するストイックなこだわりが抜けていきました」

子育てで今、大事にしていることは?

松本さん:
「物事は見方によっていろいろな捉え方ができると思うのですが、できるだけその先につながる、前向きな見方ができるようになれたらいいなと思っています。私自身がまず、できるようになりたい。

できた親じゃないから、間違うこともあるのですが、そのときはちゃんと謝る。子どもは親が正しいと思いがちだから、お母さんも間違うことがあるからねと伝えています」


小さく、大切に、確実に。今の自分にできることを

これまでSNSにも触れず、目の前にある家族の暮らしを淡々と育んできた松本さん。自身が50歳、橙さんが10歳を前に、一昨年の冬からInstagramで日々の食卓の発信を始めました。

松本さん:
「仕事のような感覚で家族のためにつくるごはんを投稿しています。同じような毎日の繰り返しだけれど、料理に対する姿勢は変わってきているのかな。大勢に対してではなく、小さく、大切に、確実に、つくって届けたい。

子どもを生む前の覇気はなくなった気がするけど、今の自分にできることがあるはずだから。つくるもので誰かに喜んでもらいたい、ちゃんと向き合いたいって気持ちは変わらないから」

今の自分にとって大切なこと、ちゃんと向き合いたいことはなんだろう?料理を軸に、子育てと仕事と暮らしが溶け合う松本さんのあり方に、そんな問いをもらいました。

子育てを含む家族との関係性は、仕事のようにわかりやすい成果は見えず、"ちゃんと向き合う”ことを疎かにしてしまいがちだけれど。お祖母さまからお母さま、松本さん、そして橙さんへ。連綿と続くかぞくの食卓の風景が心に浮かび、積み重ねていく日々の豊さを感じました。

松本さんちを訪ねたあと、お裾分けいただいたじゃがいもで娘と初めてコロッケをつくりました。毎日、すべてに“ちゃんと”はしていられないけれど、こういう時間を少しでも増やしていけたら。揚げたてのコロッケを頬張りながら、そんなことを思いました。



じゃがいもをやわらかくなるまで茹でて、熱いうちに皮を剥き、粒が少し残る程度につぶす。粗めに刻んだ牛肉の切り落とし、みじん切りした玉ねぎ、人参、ピーマン、マッシュルームを油で炒め、みりん、オイスターソース、醤油、塩胡椒でしっかり味付ける。具材をじゃがいもに混ぜて、小判型あるいは丸型に。卵と小麦粉と水を混ぜたバッター液とパン粉をつける。冷めたら中温の油に入れ、片面ずつきつね色になるまで揚げる。

松本さん:
「じゃがいもが温かいうちに成形したほうが、丸めやすく具材も馴染みやすくなります。揚げるときは完全に冷ましたほうがパンクしにくいです。油の中に入れたら片面が色づくまではあまり触れないように。お好みでソースをかけてどうぞ」

photo:井手勇貴

松本朱希子

料理家。「かえる食堂」主宰。季節に寄り添った料理を雑誌や書籍で提案。夫と小学生の娘の3人暮らし。大学在学中に料理家、平山由香さんに師事。また、グラフィック工芸家、井上由季子さんのもとでものづくりに関わる。著書は『かえる食堂のおやつの本』(扶桑社)『かえる食堂のお弁当』(筑摩書房)など。

インスタグラム @matsumotoakiko_

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