本屋という仕事
【本屋という仕事】後編:わからないものと、自分との間に「本」を置く。(もくめ書店・酒井七海さん)

【本屋という仕事】後編:わからないものと、自分との間に「本」を置く。(もくめ書店・酒井七海さん)

山梨県道志村。人口1,500人の小さな村に、たった一軒の本屋があります。小川のほとり、木立の中に佇む、赤い屋根の「もくめ書店」。4年前に東京から移住した、酒井七海(さかい ななみ)さんが営む、本と喫茶の店です。

前編では彼女が本屋を始めた経緯と、仕事にして気づいた「本屋」という場所の力について聞きました。つづく後編は、本を届ける仕事の面白さを聞いていきます。

前編を読む

探すためではない、「出会うため」の書棚を作る

初めてもくめ書店を訪ねたとき、『柳宗民の雑草ノオト』というエッセイが目に留まりました。緑豊かな小道を歩き、ここに辿り着いたからでしょうか。まさに今の自分にぴったりの一冊に出会えた気がしたものです。

「この場所にあったらいいなと思うもの」。酒井さんが本を選ぶ基準は、そこにあると言います。

酒井さん
「大型書店で働いていた頃は、今とは違う棚の作り方をしていました。そもそも目当ての本があるお客さまが買いに来る前提でいたので、いかに探しやすい棚であるかが大事。著者別やジャンル別に分類して並べていたんです」

その後店を移り、より小さな本屋で働き始めたのをきっかけに、棚づくりの考え方が変わっていきます。

酒井さん
「次に勤めたのは、郊外の駅ビルにある本屋です。私が入った当時、そのお店には文芸書の担当者がいなくて、棚がほとんど手入れされていない状態でした。

日々入荷されるたくさんの新刊を、ただ並べていくだけの場所になっていて、結果、売れない本ばかりが残されていたんです」

日に数百点もの新刊が生まれる出版業界では、日々変わりゆく書棚をいかに良い状態に保つかが重要で、書店員の腕の見せ所でもあります。どの本を残し、どの本を替えるか。酒井さんは、棚に大きく手を入れていきました。

たとえば新刊だけでなく、古くとも繰り返し手に取りたくなるロングセラー本を並べたり。新刊の隣に、合わせて勧めたい既刊本を提案したり。ただ機械的に置くのではなく、文脈のある本棚作りを意識しました。

すると、店の売り上げが、少しずつ上向きになっていったと言います。


手紙を送るように、本を並べる

酒井さん:
「数字の変化が目に見えて、面白かったです。今までも置いてあったはずの本が、良い棚にあるだけで輝いて見え、動いていく。本はそれ単体の力だけでなく、届け方でこんなにも変わるんだと知りました」

同様に、当時まったく売れていなかった海外文学の棚も、少しずつ売り上げを伸ばしていきます。

酒井さん:
「海外文学はコアで、だからこそ、顧客がつきやすいジャンルでもあります。定期的に来てくれるお客さまのために、この間はあの本を買って行かれたから、次はこれはどうかなと。棚を常に動かすというよりは、少しずつ育てていくようなつもりで手を入れました」

それは、本棚を介して、顔も見ぬ誰かと文通をしているような体験だったと振り返ります。

酒井さん:
「本を手渡すということは、手紙を送ることに近い行為だと思います。あるいは、相手と私の間にクッションを置くようなこと。

好きな人に好きと伝えるよりも、その人らしいなと思う本を渡す方が、適切に思いを伝えられることがあって。本とは、そこに思いがのせられる道具のようなものだと思うからです。

自分の店を持った今は、すべての本をそんな気持ちで選んでいます。常連のお客さんには、次に勧めたい本をいつも揃えていますし。ここが『あなたの本屋だ』と思ってもらえたらといいなと思うんです」


わからない世の中と、自分の間に「本」がある

オープンして4年。今の書棚には、少しずつもくめ書店らしい色が出てきたと言います。自然をテーマにした本と、海外文学。そしてもうひとつ、店の一部を占めるのは、平和と戦争にまつわる本です。

酒井さん:
「戦争をテーマにした本を置くのは、もくめ書店としてのひとつの意思です。今、世界がどんどん不安な方に向かっている気がして。だからまずは本を手にとってみてほしい。それが本屋としてできることだと思っています」

酒井さん:
「何かを考えなくてもいいような時代になってきていると感じるんです。AIが答えをすぐに出してくれて。もちろん便利な面もありますが、それでも自分の頭で考え、自分の言葉で答えを出すことが、私はとても大事だと思っています」

誰かの拡散した言葉を借りることが容易になった世の中で、読書は、ごく個人的に自分の手の中で、自分だけの言葉を探す行為です。

手元に目を落とし、自分の頭で考えることの大切さを、酒井さんは本を通じて伝えようとしているのかもしれません。

酒井さん
「まだまだ地元のお客さんは少なくて、厳しさを感じることもあります。それでも、ここに本屋がある。それは、何かを読みたい、知りたいという気持ちを起こす大事な一歩なんじゃないかなと感じていて。

地方のこの村で、それでも続けていくことに意味があると思っています」

わからないものと、自分との間に「置く」もの。酒井さんのお話を聴き改めて意識したのは、知っているようで、実は知らなかった本の役割でした。

あの人の気持ちも、世界に起きている出来事も。世の中にはわからないことが沢山あります。

だから本を読むのだと。それはわかったふりをすることより、わからないと諦めることより、誠実な姿勢なのではないかと感じました。

そう思い辺りを見回せば、この場所には沢山の「わからなさ」と向き合うためのヒントが詰まっていて。本屋とはそんな場所なのだと気づかせてもらった気がします。

取材のあと、酒井さんに本を選んでいただきました。数時間の会話を経た今、私に「おすすめしたい本」をテーマに。書棚へ向かい、少しだけ考えた後、抜き取った3冊の本を手に彼女はこう言いました。

「もしかしたらずれている部分があるかもしれませんが、これが、あなたと私の間に置きたい本です」。

どんな言葉より、それは誠実に聴こえました。


【写真】吉田周平


もくじ

酒井七海

千葉県出身。大手書店で書店員として働いたのち、山梨県道志村に移住。本と喫茶の店「もくめ書店」を2022年にオープン。

Instagram:@mokume_books